第七章:割れた鏡と、残酷な真実
夏は口の中に広がる飴の甘さを噛み締めながら、絞り出すように言葉を紡いだ。
「……私、魔族を心の底から憎んでるの。なのに、この学園に魔族が通ってるなんて、さっき知らされて……。もう、頭がいっぱいいっぱいで」
その告白に対し、ククリスは「ふーん、そうなんだ」と、どこか他人事のように素っ気なく返した。
その態度が、夏の張り詰めた糸を切った。
「何その態度……! 人が勇気を出して話してるのに、聞く気がないなら言わなきゃよかった。……バカみたい、あんたを頼ろうとした私が!」
激昂して怒鳴る夏を、ククリスは冷めた瞳で見据えた。
「なら聞くけど。仮に私が魔族だとしたらどうするの? 殺す? ……言っとくけど、今のあんたじゃ私には勝てないよ。さあ、答えてよ夏」
「意味が分からない……! なんでそんなこと聞くのよ。……まさか、あんたが魔族なの?」
警戒し、身構える夏。ククリスはふっと息を吐いた。
「『仮に』って言ったでしょ。夏、あんたは考え方が狭すぎる。何があったかは知らないけど、悪いと思えば全員が悪い奴だと決めつけてる。魔族の中にだって、良い奴はいるよ」
「いないよ、そんな魔族……!」
「なんで言い切れるの? 人間にだって悪い奴はいる。違う?」
「それは……」
「そこだよ。……確信したわ、あんた異世界人だね。だから魔族を憎んでる。同胞が刻印を打たれるのを見たり、魔族に襲われたりして、そう思い込むようになったんでしょ?」
夏の沈黙が、肯定を意味していた。
ククリスは静かに、一枚の写真を取り出した。
「図星みたいね。確かにそこだけを見れば魔族は悪だ。けど、昔は魔族と人間が和睦を結ぼうとしていた時代もあったらしい。……これを見せれば、少しは信じるかな」
差し出された写真を一目見た瞬間、夏の息が止まった。
「……っ、冬? それに、隣にいるのは、魔族……?」
後ろ姿ではあったが、見間違えるはずがない。そこには、夏の双子の妹・冬が写っていた。そしてその冬に、親密そうに横から抱きついている「角のある女」の姿も。
「冬って誰? 知り合い? ……すごく仲良く話しているように見えたから、たまたま隠し撮りしたんだ。このカメラ、魔力を感知して自動でピントを合わせる特注品でね」
「冬は私の双子の妹なの! ……でも信じられない。魔族とあんなに楽しそうにしてるなんて! ククリス、これいつ撮ったの、場所はどこ!?」
慌てて立ち上がろうとする夏の肩を、ククリスが力強く抑え込んだ。
「待ちきなさい。それは三週間前、港町で見かけた時のもの。今から行ったって、もうそこにはいない。冷静になりなさい」
「けど冬が生きてる! ずっと探してたの、心配してたの……! あの魔族に何かされるかもしれない、奴隷の刻印を刻まれる前に助けなきゃ!」
――乾いた音が、部屋に響いた。
ククリスの平手打ちが夏の頬を打つ。
「少しは頭を冷やせ!!」
ククリスの叫びに、夏は凍りついた。
「あんたにとって大切な人だってことは分かった。でも、今のあんたは何も見えてない。そんな状態で妹に会ってみなよ、間違いなく破滅する。会うまでにこの学園で魔族と関わりな。その凝り固まった考えを変えない限り、あんたは妹を救えない」
「だけど……やっと、やっと手がかりを見つけたの……冬に何かあったら、嫌なの、嫌なのぉ……!」
夏は崩れ落ち、子供のように泣きじゃくった。ククリスはその震える体を、優しく、けれど力強く抱きしめた。
「辛いのは分かる。けど、今会って亀裂が入ったら、生きてることを知るより辛い思いをする。……大丈夫。あの魔族からは悪い感じはしなかった。むしろ、底知れないほどヤバい気配がした。あんな怪物と一緒にいて無事なら、妹さんはきっと大丈夫だから。……今は、泣けるだけ泣きなよ。この部屋の防音は完璧だから、誰にも聞こえない」
夏はククリスの胸に顔を埋め、声を上げて泣き続けた。
ククリスはその背中を撫でながら、心の中で独りごちた。
(……妹さんは大丈夫。だって、あの隣にいた女……あれは死んだはずの魔王、エリーズ・クレアだったんだから。なんであんな怪物と笑い合っていたのかは、今はまだ話さない方がいいだろうね)
同じ頃、王城の奥深くで瞑想していた最上級魔族チルチットの脳内に、念話が届いた。
『チルチット様。学園に新たな異世界人が転入してまいりました。いかがいたしますか?』
チルチットは、禍々しい笑みを浮かべて目を開いた。
「ほう……。だいぶ力も戻ってきた。そろそろ、かつて刻印を刻んだあの女の元へ向かうとするか。ちょうど、学園の方向から私の魔力の残滓を感じていたところだ」
チルチットの瞳が冷酷に光る。
「潜入している者たちを使え。奴隷たちの中から『刻印を消せる能力者』を見つけ出せ。見つけ次第連絡しろ。……その時、私が直接、その学園を蹂躙しに行ってやろう」
平穏を願う学園の裏側で、最悪の再会へのカウントダウンが始まろうとしていた。




