第六章:依存の鎖と、相容れぬ憎悪
「話を最後まで聞きなさい。私は残念だけど、あなたたち三人を『同じ寮の部屋』にすることはできない、と言おうとしたのよ」
ママス理事長の言葉に、マルコスがやれやれと肩をすくめた。
「理事長、その言い方は悪意があります。誰だって今の言い方なら、不合格だと思い込むでしょう。……全く、昔からお変わりになりませんね」
夏は呆気にとられながらも、身を乗り出した。
「……ってことは、茜も桜も合格で、一緒に入学できるってことですか?」
「ええ、そうよ」
ママスが頷いた瞬間、茜と桜が夏に飛びついた。
「主様! 私、本当にご迷惑をかけたと思って……でも、よかった、本当に……!」
「夏、ありがとう! 私、精一杯頑張るから!」
歓喜に沸く三人を見て、ママスは「コホン」と咳払いをした。
「まだ話の途中よ。……全く、羨ましい、いえ、何でもないわ。桜と茜は同じ部屋にできますが、夏は『特別寮』に入ってもらいます。あいにく相部屋の片方が空いていてね、そこへ入れる予定なの。それでいいかしら?」
「むぅ……主様と別の部屋なんて」
茜が不満げに頬を膨らませた。
「理事長、私は主様の部屋の窓の外に寝袋でも構いません。近くにいさせていただけないでしょうか?」
「茜!!」
夏の鋭い声が響き、部屋が静まり返った。
「理事長がせっかく寮を用意してくれているのに、何てこと言うの。それに、あなたがそんなことしたら桜が一人になっちゃうでしょう。私のことを思ってくれるのは嬉しいけど……あんまり我儘が過ぎるなら、もうあなたとは話さないし、顔も見たくない」
(こうでも言わなきゃ、茜は私に依存したままだから……)
夏の冷徹な突き放しに、茜は血の気が引いたように青ざめた。
「主様……それだけは嫌です。分かりました……分かったから……。これからも、今まで通りお話ししてください……見捨てないでください……」
「分かってくれればいいの」
夏は内心の痛みを隠し、強い口調を貫いた。
その様子を見守るママスとマルコスの胸中には、複雑な思いがよぎっていた。
(茜は夏に依存しすぎている。ここで突き放したことが、自立への一歩になればいいのだが……)
マルコスの案内で茜と桜が先に退室した後、夏はママスと向き合った。
「理事長。私に聞きたいことって、何ですか?」
「ハクレンのことはマルコスから聞いたわ。……あいつが死んだなんて、未だに信じたくないけれど」
「理事長は、師匠の知り合いなんですか? 私、師匠のこと、ほとんど何も知らなくて……」
ママスは遠い目をして、窓の外を眺めた。
「知り合い、と言えばそうね。私の我儘に付き合って、この学園を作るために尽力してくれた恩人よ。ハクレンは、魔族も人間も他種族も、全てのわだかまりを失くしたいという私の理想に賛同してくれたわ」
その言葉に、夏の表情が凍りついた。
「……無理よ。魔族となんて、絶対に無理! アイツらのせいで師匠は死に、桜も、茜も、異世界人のみんなが生きにくくなった! 絶対に許せない……!」
「……確かにそうかもしれない。けれど、魔族にだって良い奴はいる。現に、この学園には魔族も通っているわ」
「えっ……?」
「ここは『平和平等』を掲げる場所。夏、もう一度、魔族と共に過ごした上で考えてみて」
「無理です!」
夏が即座に拒絶すると、ママスはそれ以上追及せず、立ち上がった。
「私はこれから行く所があるわ。……案内人、夏に寮を案内してあげなさい」
影から現れた人物に後を任せ、ママスは消え際、独り言のように呟いた。
(夏……お前が道を逸れて危険な方へ行かぬよう、見守らねばならぬな……)
案内される道中、夏の頭は「魔族が通っている」という衝撃でいっぱいだった。周囲の景色も説明も何も頭に入らず、気づけば寮の部屋の前にいた。礼を言って案内人を帰し、重い足取りで中へ入る。
(……何も考えられない。一度寝て、それから考えよう)
疲れ果てて崩れ落ちようとしたその時、聞き慣れた陽気な声が聞こえた。
「うん? どうしたの夏、そんな険しい顔して。飴あげるから、話しなよ」
顔を上げると、そこにはベッドに寝そべって飴を転がすククリスの姿があった。
「えっ? ククリス!? ちょっと待って、貴方と同部屋なの!?」
「知らなかったの? 私は確信してたよ、夏と会った時にね。だから言ったでしょ、『また後で』って」
冬の情報も聞きたい。けれど、今の夏にはその気力さえ残っていなかった。
「ククリス……ごめん、だけど私、寝るわ」
「だーめ」
横になろうとした瞬間にククリスが飛び起き、夏の口をこじ開けて飴を放り込んだ。
「何をそんなに悩んでるの。飴舐めて、全部吐き出しちゃいなよ。私、こう見えてしつこいからね。話すまで寝かせないよ?」
(はぁ……何なのよ、もう……)
強引なルームメイトのペースに、夏は溜息をついた。だが、口の中に広がる甘さが、少しだけ張り詰めた心を緩めていく。
夏は観念したように、ポツリポツリと胸の内を話し始めるのであった。




