第五章:変貌の理事長と、非情な宣告
模擬戦を終え、戻ってきた夏のもとへ茜と桜が駆け寄った。茜は夏を守るように立ち塞がると、不敵な笑みを浮かべるククリスを鋭く睨みつけた。
「主様によくも……! 模擬武器であろうと、その喉元に刃を突きつけるなど万死に値する!」
「……ねえ夏、この子はどうしてあんたを『主様』なんて呼んでるの? まさか奴隷契約とか?」
ククリスは茜の殺気などどこ吹く風で、面白そうに首を傾げた。夏は慌てて茜の肩を叩く。
「これには深い理由があるの。茜、そんなに睨まないで。私は大丈夫だから」
「……ですが、主様」
「『ですが』じゃないの。ほら、失礼な態度をとったのは謝って」
夏が軽く頭をポンと叩くと、茜は渋々と毒気を抜かれたように頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「いいよ、気にしてないし。それより気になるなぁ、その『深い理由』ってやつ!」
ククリスがさらに踏み込もうとした時、背後からマルコスの怒声が飛んだ。
「ククリス! それにそこの二人も、いい加減に教室に戻りなさい! これ以上は先生、本気で怒りますよ!」
「……ちぇ、わかったわよマルコス先生。じゃあね、また後でね、夏」
ククリスは意味深な笑みを残し、風のように走り去った。付き従っていた二人の生徒も、その背を追って姿を消す。
夏は去りゆく背中に手を伸ばした。
「待って! まだ情報を聞いてないよ!」
「……夏殿、今はこれで正解です」
マルコスが真剣な面持ちで遮った。
「あなたの『刻印を消す力』は、あまりに特殊すぎる。大勢の前で根掘り葉掘り聞かれるのは、今の段階では厄介な火種になりかねません」
「確かに……でも、冬の手がかりが……」
「夏、ククリスさんは最後に『また後で』って言っていました。きっと、また会える機会があるはずです」
桜の言葉に、夏は少しだけ心を落ち着かせ、「そうね……」と頷いた。
三人はマルコスの案内で、重厚な装飾が施された理事長室の前へと導かれた。
「ここで桜殿、茜殿の合否が言い渡される。理事長から直接だ」
不安げに肩を震わせる桜の手を、夏が優しく握る。
「大丈夫よ、桜」
「あの……主様。私には、何か言ってくださらないのですか?」
茜が少し寂しげに尋ねると、夏は苦笑した。
「茜は……心配いらないかなって。でも、そうね。茜もきっと大丈夫」
その言葉に茜が満足げに頷いたのを確認し、マルコスが扉をノックした。
「入りなさい」
部屋の中から響いたのは、どこか聞き覚えのある落ち着いた声だった。
室内に入った三人は、デスクに座る人物を見て目を見開いた。そこにいたのは、先ほどまで試験会場で淡々と指示を出していた、あの係員だった。
(あの時の試験官……? この人が合格発表を?)
(理事長からって聞いてたけど、どういうこと?)
三人が困惑する中、マルコスが一歩前に出て、呆れたように溜息をついた。
「理事長……お戯れはやめていただきたい。本来、貴方様が試験監督などを務めることなどあり得ないのですから」
その言葉に、三人の驚愕が重なった。
「「「えっ!?(待ってください?/うぇえ!?)」」」
係員が指を鳴らすと、陽炎のように姿が揺らぎ、中年の男性から若々しくも威厳のある美しい女性へと変貌を遂げた。
「初めまして。この平和平等学園へようこそ。私が理事長の『ママス』よ。……びっくりさせてごめんなさいね。どうしても、直接あなたたちを見ておきたかったの」
ママスは優雅に微笑み、椅子を勧めた。
「とりあえず、合格発表から始めましょうか。座ってちょうだい」
三人が硬い表情で着席すると、ママスはまず茜を真っ直ぐに見据えた。
「茜。あなたは本当に、この学園で学びたいと思っているのかしら?」
「……ご存じかもしれませんが、刻印を刻まれた私に絶望以外の選択肢はありませんでした。その私を救ってくださった主様が行く場所へ、私は行くと決めています。主様にお仕えするためなら、どこへでも行くつもりです」
次にママスは桜へ視線を移す。
「では、桜。あなたは?」
桜は一度夏を見て、勇気を振り絞るように口を開いた。
「……私は、これからどう生きればいいのかまだ分かりません。でも、夏と一緒にいれば、それが見つかると思うんです。だから、ここで学ぶことには大きな意味があると思っています」
沈黙が部屋を支配した。ママスはゆっくりと目を閉じ、そして静かに告げた。
「……そうですか。……誠に残念ですが」
その言葉の響きを、夏は聞き逃さなかった。椅子から立ち上がり、理事長を真っ向から睨みつける。
「……理事長。もし二人が不合格なら、私もここには入学しません」
「主様……すみません、私の力不足で主様の邪魔を……」
「夏……ごめんなさい……」
謝る二人を背に、夏は退かなかった。しかし、ママスの瞳には、揺るぎない理性が宿っていた。




