第二章:判断の瞬き、無に宿る矢
扉の向こう側に足を踏み入れた茜と桜の前に広がっていたのは、驚くほど広い演習場だった。中心に置かれた一体の人形を囲むように、数え切れないほどの武器が整然と並べられている。
係員の男が、無機質な声で二人に告げた。
「この中から好きな武器を選び、人形を攻撃してください。人形には魔法がかかっており、簡単に壊れることはありません。思い切りやってください。では、始めて」
茜は並んだ獲物を物色しながら、内心で首を傾げた。
(……何かおかしい。ただ人形を叩くだけの試験に、これほどの武器を準備する必要があるの?)
彼女は違和感を覚えながらも、自分の手に馴染む重さを探し始める。
一方、桜は緊張のあまり立ちすくんでいた。
(どうしよう……こんなにたくさんの中から、何を選べばいいの……?)
観戦室でモニターを見守るマルコスが、隣の夏に声をかけた。
「さて、二人をどう見ますかな?」
夏は画面から目を離さずに答えた。
「……これって、ただ武器を選んで攻撃するだけの試験じゃありませんよね?」
マルコスは面白そうに目を細める。
「ほう、どうしてそう思う?」
「武器が多すぎます。きっと、試験官の言葉が鍵なんです。『好きな武器で攻撃しろ』と言われ、目の前にこれだけの選択肢がある。……私なら、考えずに適当な武器を取って、すぐに攻撃します」
「何故かしら?」
「実戦で敵を追い詰めたとして、そこに武器がいくつか落ちていたとします。どれを使おうかゆっくり考えていたら、敵に逃げられてしまう。これは、咄嗟の『判断力』を見ているんじゃないですか?」
マルコスの内心に驚きが走った。
(内容は正解だ。実戦経験に基づいた冷静な観察眼……流石はハクレン様の修行を受けただけはある)
「へぇ、見ただけでそこまで分かるんやな」
背後から響いた軽やかな声に振り返ると、そこには二人の女性と一人の男性が立っていた。マルコスが深いため息をつく。
「何をしているの、君たちは。今は授業中でしょう?」
飴を舐めていた女性が、悪びれずに言った。
「マルコス先生だけこんな面白いの見てるの、ずるい! 私も見る!」
同行していた男女の二人は、一瞬だけ茜に鋭い視線を向けたが、すぐに先生へ向き直った。
「先生、こう言い始めたら聞かないのは分かってますよね。見学だけでも……」
「マルコス先生……すみません」
結局、飴の女性は夏の隣に陣取り、他の二人はマルコスの隣に腰を下ろして画面を注視し始めた。
その頃、会場の茜は、肌を刺すようなゾクゾクとした不快感に襲われていた。
(……何、この嫌な感じ。あの『刻印』を刻まれた時のような……)
耐えがたい感覚を振り払うように、彼女は目の前にあった武器を反射的に掴み、人形へと叩きつけた。
それを見た係員は、内心で舌を巻いた。
(中々に速い判断だ。これくらいでいいだろう……だが、もう一人の子は厳しいか?)
茜に「次の説明まで待機してなさい」と告げると、焦燥に駆られたのは桜だった。
(茜は全然迷ってなかった。もう攻撃を終えてる……私もやらないと!)
桜は、この世界へ来た時の記憶を呼び起こし、並んでいた「弓」を手に取った。しかし、周囲を見渡しても「矢」が一本も見当たらない。
彼女は意を決したように、矢を持たずに弓を引き絞った。
係員の目が興味深げに光る。
(弓を使うか。この試験にはあえて矢を用意していないのだが、どうするつもりだ?)
観戦室の夏や茜が固唾を呑んで見守る中、桜が集中を高める。
刹那、彼女の指先に突如として光り輝く矢が出現した。放たれた矢は凄まじい轟音と共に人形の胴体を完全に射抜き、そのまま背後の壁に深く突き刺さった。
「……あれが、桜殿の能力か。面白いものを見せてもらった」
マルコスが呟き、夏も驚きを隠せずにいた。
隣で飴を舐めていた女性は、鋭い洞察を走らせる。
(……あの大人気ないほど強い矢、あの子は間違いなく異世界人や。なら、もう一人は? ……隣の子(夏)も気を付けな、取り込まれてしまうかもな)
彼女は背後に座る二人の生徒を、一瞬だけ警戒するように見やった。
一方、その二人の生徒もそれぞれの思惑を抱いていた。
(面白いな。あの弓の子、僕らの『異世界人サークル』に勧誘するのもありかな……。残りの二人はどうだろう?)
(あの方は興味を持つかしら。面白い能力ね……)
弓を元の場所へ戻した桜が、申し訳なさそうに係員の元へ戻ってきた。
「あの、すみません……力加減を間違えました」
「大丈夫だ、気にするな。では、このまま次の『魔法』の試験に移る」
係員が指を鳴らすと、破壊された人形が瞬時に復元され、並んでいた武器が霧のように消え去った。
「消えた……?」
「えっ!?」
魔法による演出を目の当たりにし、茜と桜は驚きの声を上げるのであった。




