第十ニ章:胎動する闇、学園への旅路
午後になり、私は部屋で準備を整えていた。隣には、桜と、そしてボサボサだった髪を切り揃えてショートヘアになった茜がいた。茜は新しい髪形が落ち着かないのか、ソワソワと頭を触っている。
「茜、大丈夫だって。その髪形、すごく似合ってるよ!」
「主様……ありがとうございます」
そこへ、マルコスが部屋に入ってきた。茜の変貌ぶりに一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに教師らしい顔に戻る。
「準備はできているようだな。桜殿と茜殿の件だが、編入試験の結果次第で今後の扱いを決めるとのことだ。夏殿は、ハクレン様の推薦により入学が確定している」
不安げな桜と、気合を入れ直す茜。私はマルコスに尋ねた。
「学園まではどれくらいかかるんでしょうか? あと……もし可能なら、途中の街に寄ってもらえませんか?」
「馬車で一週間ほどだ。街に寄るとなると少し遅くなるが、理由を聞いても?」
「……私と同じ顔をした、双子の妹を探したいんです。彼女もこの世界に飛ばされているはずだから」
「なるほど、それは心配ですね。了解しました、街に寄りましょう」
私は少し複雑な気持ちで付け加えた。
「心配なのは本当ですけど……冬なら、私より上手くやってるかもって思ってる自分もいるんです。あの子は私よりずっと出来る子ですし、いつもやる気なさそうにしてて本当は……。いえ、何でもないです」
私たちはそれぞれの想いを乗せ、マルコスと共に学園へ向かう馬車に乗り込んだ。
一方その頃、絶えず雷鳴が轟く不気味な城に、魔族たちが集結していた。
「あの方が復活されるというのは本当か?」
「分からん。だが、集合の命が下った。事実かもしれんぞ」
ざわつく魔族たちの前に、一人の幼い少女の姿をした魔族が現れた。
「わざわざご苦労様。……そして、ごめんなさいね。死んでくれるかしら?」
彼女が禍々しい瓶の蓋を開けた瞬間、その場にいた魔族たちは悲鳴を上げる間もなく吸い込まれ、全滅した。少女は無造作に瓶を閉じると、自らの指を切り、地面に血で魔法陣を描いた。
「準備完了。死ぬ間際に言われた通り、雑魚の魂を瓶いっぱいに満たしましたよ。――さあ、復活の時です!」
魔法陣の中央に棺桶を置き、その上に魂の詰まった瓶を乗せる。
「偉大なる最上級魔族、チルチット様。お目覚めを」
発動した魔法陣から放たれた光の柱が、城の天井を貫いた。光が収束すると、そこには背中に六枚の翼を湛えた人物が浮遊していた。少女はその場に膝をつく。
「復活おめでとうございます。時間がかかり申し訳ありません、チルチット様」
チルチットは自らの手の感覚を確かめながら、静かに問いかけた。
「許そう。して、俺が死んでいる間に、異世界人専用の刻印を解呪する方法は見つかったのか?」
「いいえ。魔王様が作り上げたあの術式を解くなど、あり得ません。……何故そのようなことを?」
「今しがた確認したが、俺が刻印を刻んでいた者との感覚が消失している。解呪以外にあり得んことだ」
「まさか……。もう一度駒を使い、探させますか?」
「今はよい。刻印とは別にマーキングしてある、いつでも捕縛できる。今は全盛期の力を取り戻すことが先決だ」
チルチットは地上に降り立ち、不気味に微笑んだ。
「解呪を成す『何者か』がいる。それが一人か複数かを知る必要があるな。もし一人ならば……捕縛せねばなるまい」
また別の場所。窓の外を眺める赤髪の魔族が、鼻で笑った。
「復活の秘技の気配か。最上級魔族が戻ったようだが、アタイからすれば雑魚だね」
傍らに立つ魔族が、恭しく答える。
「貴方様だからこそ、そう呼べるのです」
「どうでもいいさ。アタイが興味あるのは、亡き魔王エリーズ・クレア様と、行方不明の雷撃のサンボルト・マミー様だけ。あの二人こそが本物だよ」
その時、窓の外から巨大な火の矢が飛来した。
「不届き者が。対処します」
控えていた魔族が動こうとするが、赤髪の魔族がそれを制した。
「アタイに任せな。アタイに手を出すのがどういうことか、教えてやる」
彼女が指を鳴らした瞬間、火の矢を放った者たちがその矢の真正面へと転移させられた。動揺する彼らを、赤髪の魔族は冷たく見下ろす。
「自らの魔法で消え去りな」
言葉通り、火の矢は魔族たちを飲み込み、一瞬で灰に変えた。それでも勢いを失わぬ火の矢に対し、彼女は窓から飛び出すと、人差し指一本でそれを受け止めた。次の瞬間、巨大な業火は跡形もなく消滅した。
「ふわぁ……眠い。寝るよ。何かあった時だけ起こして。それ以外は……分かってるね?」
立ち去る背中を見送り、残された魔族は畏怖と共に呟いた。
「……流石は、最上級魔族最強の一角、シルコブ・カタリネス様」
世界は、夏たちの知らないところで、より深く、より激しい混沌へと突き進もうとしていた。




