第十一章:希望の継承、そして学園へ
マルコス・フライドがその場を去った後、テントの中には夏と桜の二人だけが残り、気まずい沈黙が流れていた。沈黙を破ったのは、迷いを瞳に宿した桜だった。
「夏……私、どうしたらいいかな? このまま、マルコス様が言っていた保護地域に行くべきなのかな……。私、どうしていいか本当に分からないの」
夏は真っ直ぐに桜を見つめ、静かに答えた。
「それは、桜が決めるべきだよ。桜はどうしたいの? 分からないなりに考えて、自分で決めるべきだと思う。私はその決心を尊重するわ。……けど、これだけは約束して。もう『死にたい』とか『殺して』なんて言わないで欲しいの」
再び訪れた静寂。やがて桜は、迷いを振り切った顔で顔を上げた。
「あの、私……夏について行こうと思います。夏と一緒にいれば、自分がどうするべきか分かる気がする。それに、ハクレン様もきっとそうしなさいって言う気がするから」
「そう。なら、桜。これからよろしくね」
そこへ、マルコスが一人の女性を連れて戻ってきた。その人物は長い髪がボサボサに荒れ、手枷と猿轡をされた異様な姿だった。
「この子の刻印を消して欲しい。彼女は5年前、最上位魔族に刻印を刻まれ、その魔族が死んだ後も刻印が消えずに暴れ続けていた。危険だと判断し、軟禁していた人物だ」
「……とりあえず、解呪してみます。離れていてください」
夏はボサボサの髪の女性の背後に回り、優しく声をかけた。
「辛かったでしょう。大丈夫、貴方の刻印は私が消し去ります。だから、暴れたりしないで」
その言葉に、女性の体がピクリと反応する。服をめくると、桜の時と同じく、禍々しく脈動する刻印が浮かび上がっていた。夏は胸から「黒い本」を出現させる。
「忌まわしき刻印よ。我が神聖なる刻印にて、その呪縛を打ち消さん」
なぞる指先から刻印が消えていく。しかし、それと同時に凄まじい反動が夏を襲う。全神経を焼くような激痛に顔を顰めながらも、夏は最後までやり遂げた。刻印が完全に消えた瞬間、夏は糸が切れたようにその場に崩れ落ち、意識を失った。
気絶した夏が別のテントへ運ばれた後、一人残されたボサボサの髪の女性は、自分の中に起きた変化を感じ取っていた。
(刻印が消えた……。あの上位魔族が死んでも消えず、絶望しかなかったこの世界を呪い、誰も信じられなかった。けれど、あの女は、不可能だと言われた呪いを消してくれた……)
突如、巻き起こった風が彼女の手枷と猿轡を両断した。驚いて踏み込んできた兵士たちを、彼女は冷徹な瞳で見据える。
「刻印が無くなり、能力が使えるようになった。……私を、あの女の元へ案内して。嘘をついたら、この場を破壊する」
兵士が差し出した魔法封じの手錠を甘んじて受け入れ、彼女は夏の眠る場所へと向かった。
広い白い空間の中で、夏は鈴の厳しい声を聞いていた。
「夏、解呪のしすぎよ。今の貴方が気絶で済んだのは私が肩代わりしたから。しばらく私とは会えないわよ。例の『アレ』も、使わないで済むなら使わないと約束しなさい」
「……ごめん。助けたかったから。約束するわ、気をつける」
意識が現実に戻ると、夏はベッドの上にいた。隣では桜が夏を枕にするように眠っている。
「目が覚めたのですか、主様」
近くの椅子に座っていた、あのボサボサの髪の女性が声をかけてきた。
「ええ。……って、主様って私のこと?」
「はい。貴女は私の尽くすべき人だ。消えないと言われた絶望に希望をくれた。私は貴女に忠義を尽くします」
戸惑う夏のもとへ、マルコスが入ってきた。
「ようやく目が覚めましたか。三日も眠ったままでしたので、心配しましたよ」
学園への出発は明日の午後。マルコスは、ボサボサの髪の女性――響茜と桜の二人も、学園へ入れるよう取り計らうことを約束してくれた。
「茜、って呼んでもいい? 私は夏」
「どうぞ、茜とお呼びください、主様」
(何を言っても主様呼びなんだろうな……)
苦笑しながらも、夏は茜を見つめた。
「茜、桜が起きたら、そのボサボサの髪を綺麗に整えましょう」
最愛の師を失った悲しみを胸に、夏は二人の仲間と共に、新たな場所へと歩みだそうとしていた。




