第八章:神聖なる解呪と、英雄の落日
拘束された私は、憎しみを込めて魔族を睨みつけた。しかし魔族は、奪い取っていた私の刀を無造作に放り捨て、桜へと言い放った。
「こっちに来い」
桜は震えながら私を抑える手を離し、ふらふらと魔族の元へ歩み寄る。
「よくやったな、屑奴隷よ。せっかくだからよ、見せてやれよ。何故おれに従うのかを」
「それだけは、嫌です……」
桜が拒絶した瞬間、彼女の胸に激痛が走り、その場に崩れ落ちた。
「うぐぁ、ひぐぅあぁっ!」
「桜に何をした!」
叫ぶ私に、魔族は嘲笑を浮かべる。
「何をしただと? 躾をしてんだよ! 見せてやれば納得するか」
魔族は苦しむ桜の服を引き裂いた。そこには、赤く血管のように脈動し、禍々しく光り輝く紋様があった。
「聞いたことはあるだろう、異世界人専用の刻印だ。これのせいでこの屑奴隷は言うことを聞いてるわけよ。躾とは刻印の発動、今は胸を押しつぶす感覚が桜を襲ってんだよ!」
「……そういうことだったんだ。あんた達は、私達異世界人を何だと思ってるのよ! 許さない!」
「怖い怖い。でお前に何ができる? お前にも同じ刻印を刻み、有効活用してやる。そして、その手で用済みになったこの屑奴隷を殺させてやるよ」
魔族がゆっくりとこちらへ迫ってきたその時、彼は翼を二枚広げ、宙へと飛び退いた。今しがた彼がいた場所に、血を流したハクレンが立っていた。
「遅くなったの、すまぬ。……桜は刻印を刻まれていたのか。夏、あの魔族はワシが始末する。桜を頼むぞ」
ハクレンは私の拘束を切り裂くと、空中へと駆け上がり、斬撃を放ちながら魔族を追い詰めていく。
私は倒れている桜に駆け寄った。
「桜、今助けるから。大丈夫、きっとできるから」
しかし、触れようとした瞬間、桜は苦痛に顔を歪めながら私を蹴り飛ばした。
「夏、やめて、身体が、勝手に! 夏……私はいいから、殺して。もう私を呪縛から解放して!」
「嫌だ! 桜を殺すなんてしない。……痛いけど、少し我慢して!」
走り寄る私に、桜は鋭い拳を放つ。
「遅いよ桜。ごめんね、起きた時、きっと良いことがあるから」
私は間一髪でそのパンチを避けると、彼女のお腹に掌底を打ち込み、意識を失わせた。
地面に寝かせた桜に、私は自らの胸へ手を当てる。
「鈴、例のアレを試したい。力を貸して」
出現した黒い本が輝き始める。私は桜の背中にある刻印に指を置いた。
「忌まわしき刻印よ。我が神聖なる刻印にて、その呪縛を打ち消さん」
なぞる端から刻印が消えていく。魔法の反動による激痛に顔を顰めながらも、私は最後までなぞり終えた。桜の肌から、あの血管のような紋様は綺麗さっぱり消え去っていた。
「ふぅ、あ……良かった、成功したみたい。けど、反動の痛みがヤバい……」
光を失った本が胸へ戻る。私は脱いだ上着を桜に着せ、彼女の目覚めを待つことにした。
一方で、ハクレンは空中での戦闘を有利に進めていた。魔族の体には無数の切り傷が刻まれていく。
「クソが! やっぱりお前は厄介だな、ハクレン!」
魔族が魔力の玉を連射するが、ハクレンはそれを受け流しながら肉薄する。
(おかしい……いつもより体が上手く動かぬ。奴の力か?)
(動きが悪くなってきたか。毒が効き始めたか……。だが、まだ殺せそうにない。何か手は……)
魔族の目に、泣き叫ぶ幼い男の子が留まった。彼は急行し、その子を人質に取る。
「おっと動くなよ、ハクレン。動けばこのガキが死ぬぞ?」
「ハクレン、ごめんなさい……」
ハクレンは地上に降り、魔族を睨みつけた。
「その子を離せ」
「黙れ! まずはその刀を捨てて地面に伏せろ!」
ハクレンが葛藤する中、子供が叫んだ。「後ろ!」
万全であれば気づいたであろう背後のケロベロス。しかし、ハクレンの反応は遅れた。左腕を食いちぎられ、彼は膝をつく。
「くくく、ざまぁないな。そのままケロベロスの餌となれ!」
その時、子供が頭突きで魔族を怯ませ、拘束を脱した。ハクレンは一瞬でケロベロスを両断し、そのまま魔族へ斬りかかる。しかし、突如として視界がぐらつき、狙いが逸れた。
魔族は後退しながら赤いレーザーのような魔法を放ち、子供を殺害した。
「くけけけ、どうしたハクレン? 毒が本格的に効き始めたようだな」
「毒じゃと……?」
「ああ、桜がお前の食事に二日前から入れていたのさ。もう俺のスピードにはついてこれまい。死ねよ!」
次の瞬間、魔族の腕が背後からハクレンの胸を突き刺した。
「がふぁあぁっ!」
大量の鮮血を吐き出し、ハクレンはその場に倒れ伏した。




