第七章:蹂躙の夜、裏切りの代償
運命の作戦決行を翌日に控えた、静まり返る深夜。
桜は胸をかきむしる痛みを堪え、屋敷を抜け出して巨大な正門へと向かっていた。門を守る見張りは一人。その他の兵士たちは、桜が朝のうちに届けた睡眠薬入りの酒によって、宿舎で深い眠りについていた。
「ハクレン様の家のメイドか。どうした、こんな夜更けに?」
不審に思った一人の兵士が近づいてくる。桜は震える声で、ただ一言、
「……ごめんなさい」
と呟いた。直後、兵士の背後からあの厳つい男が姿を現す。男は兵士の口を塞ぎ、無慈悲に刀を突き立てた。
「可哀想な兵士だな。屑奴隷がいなければ、死なずに済んだのになぁ。お前が殺したんだよ、桜」
男は息絶えた兵士を投げ捨て、残忍な笑みを浮かべた。
「さあ、門を制圧する。あの方々をお迎えする準備だ! お前ら、宿舎で寝ている奴らを一人残らず殺せ! ……屑奴隷、お前はもう邪魔だ。帰れ。バレるような真似をすればタダじゃ済まねえぞ」
桜は逃げるようにその場を去った。誰もいない場所まで来て、ようやく声を漏らして泣き崩れる。
「うぅ、ごめんなさい。私のせいだ……。夏様、ハクレン様、ごめんなさい……!」
ハクレンの屋敷に戻ると、入り口で夏が待っていた。
「桜、こんなに遅くどこに行ってたの? どうして泣いてるの? ……何があったのか話してよ!」
「……何でもないです。疲れているので、休みます」
桜が夏の横を通り抜けようとした瞬間、ハクレンが闇の中から姿を現した。
「桜。お前から微かに血の匂いがする。その服についた血は何だ? ……中で話を訊こうか」
その頃、門は完全に制圧されていた。
「旦那、開門の準備は整いましたぜ」
厳つい男が報告すると、虚空から不気味な声が響く。
(俺たちも着いた。予定を変更し、ハクレンの抹殺と虐殺を始める。夏を捕縛せよ。開門しろ)
「門を開けろ! 魔物と共に、ここにいる人間共を皆殺しにしろ!」
重々しい音を立てて門が開くと、飢えたケロベロスの群れが街へと雪崩れ込んだ。旦那と呼ばれた魔族は、冷徹な瞳でその惨状を見つめ、中へと侵入した。
屋敷の食堂で、桜は依然として無言を貫いていた。
「桜、話してほしいの。……このままじゃ分からないよ」
「何を隠している、桜。話せば助けられることもある」
二人が問い詰める中、外から激しい爆発音が轟いた。
ハクレンが外へ飛び出し、夏もその後に続く。そこには、血まみれの子供が倒れ込んでいた。
「は、ハクレンさん……魔物と魔族が……皆、殺されて……助けを、呼べと……」
子供はハクレンの腕の中で、安心したように息を引き取った。
「……何が起こっているのだ。だが、よく伝えてくれた。休め」
その直後、一匹の犬の魔物が襲いかかる。夏が応戦しようとした刹那、ハクレンの刀が魔物を一刀両断にした。
「夏はここに残り、生存者を保護してくれ。……これは学校へ行く時に渡すつもりだった刀だ。受け取れ!」
ハクレンが空間の隙間から、赤い鞘の刀を取り出し、夏へ投げた。
「了解しました、師匠。気をつけて!」
ハクレンを見送った後、背後で桜が呆然と呟いた。
「……ここまでするなんて、聞いてない」
彼女はそのまま裏口から街へと駆け出していった。
「桜! 待って!」
夏は師匠との約束を破り、桜を追いかけて火の海と化した街へ向かった。
そこには、無惨な死体を貪るケロベロスと、その前で泣き叫ぶ桜の姿があった。
「私のせいだ……私が、この惨劇を……ははは、私は、私はあぁぁぁぁ!」
空から黒い翼を持つ魔族が舞い降りる。
「屑奴隷よ、久しぶりだな」
桜が恐怖に震える中、魔族は彼女を掴み上げた。
「この惨劇はお前が『異世界人専用の刻印』を刻まれたから起こったこと。魔王様も良い刻印を広めたものだ、くくく!」
魔族が桜を投げ飛ばすと同時に、夏の刀が魔族に襲いかかる。魔族はそれを平然と受け止めた。
「お前か。異世界人、夏というのは」
夏は刀を手放し、投げ出された桜の元へ駆け寄った。
「桜に何をしたの! なんで私が異世界人だと知ってるのよ!」
魔族は冷笑しながら桜を見やる。
「何故知っているか? 自分の口から言ってみろ、屑奴隷。……でないとなぁ?」
夏が信じられない思いで桜を見つめる。
「……私が、私が……夏様のこと、話したの……」
「そういうことだ。この惨劇を引き起こしたのもこの女だ。……さあ屑奴隷、夏を拘束しろ!」
魔族の命令に逆らえず、桜は後ろから夏を突き倒し、その腕を組み伏せた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……こうするしかないの……!」
「よくやった! まずは動きを封じるぞ。――『バインド』」
魔族の呪文と共に、夏の四肢に黒い輪が出現し、彼女の自由は完全に奪われるのであった。




