【一、暗闘:合法的陥穽】
第3章です。
Geminiさん曰く、新幹線のプロトタイプがよかったのは事実だか、国鉄が結構な嘘のプレゼンしたのも概ね事実らしい。
昭和三十四年、秋。
東京オリンピックの開催が決定し、世間が歓喜の渦に沸くなか、新幹線計画への逆風は当初よりは弱まったとはいえ、依然として冷酷なままだった。
大手マスコミは
「オリンピックに便乗した国鉄の火事場泥棒だ」
と叩き、農林大臣・河野一郎派の代議士たちは
「贅沢なオモチャに予算を割くなら、地方のローカル線を敷け」
と国会で十河総裁を厳しく吊るし上げていた。
予算不足で新幹線が空中分解するのを防ぐため、大蔵大臣・佐藤栄作と十河信二が狙いを定めたのが、世界銀行からの八千万ドルの融資だった。
しかし、国鉄が独断で海外の銀行と条約を結ぶことなど法が許さない。
融資を実行するには、国会で「世界銀行からの借款(政府保証)に関する特別法案」を可決させる必要があった。
それは、反対派の政治家たちを合法的にハメ殺すための、佐藤栄作の恐るべき二重底の絵図だった。
赤坂の格式高い料亭「一力」の奥座敷。
部屋を満たすパイプの煙の向こう側で、佐藤栄作は、主流派の切り崩しを狙う河野一郎派の重鎮政治家、大野代議士と対峙していた。
その傍らには、鷹見遼が、一通の法律案の草案を抱えて影のように控えている。
「大野先生。国鉄の十河が勝手に進めている新幹線ですがね、私としても、これ以上我が国の血税をあのような無謀な計画につぎ込ませるわけにはいかないと考えているのですよ」
佐藤は完璧な被害者を演じる微笑を浮かべ、おちょこを大野に差し出した。
大野は怪訝そうな目で佐藤を見つめた。
「ほう、大蔵大臣もそう思われるか。
ならばなぜ、十河の首をはねん。
あいつは地方のローカル線予算をすべて凍結して東海道へ回しているんだぞ」
「十河は頑固ですからね。
そこで、私から一つ提案があるのです」
佐藤は顎で短く合図を送り、鷹見に法案の草案を差し出させた。
「世界銀行から八千万ドルを借りるための『政府保証法案』です。
これを今度の臨時国会で通していただきたい」
大野は顔を真っ赤にしてソファーを叩いた。
「馬鹿を言うな、佐藤! なぜ俺たちが新幹線を助けるような外資導入の法律に賛成せにゃならんのだ!
融資など白紙にして、計画ごと十河を圧殺すればいい!」
「大野先生、逆ですよ」
ここで、一歩前に進み出たのは鷹見だった。
その生真面目な顔に冷徹な官僚の鉄面皮を張り付け、澱みない声で大野へ肉薄した。
「世界銀行の融資査察は、世界一厳しいことで知られています。
もし、国鉄の技術や財政に一ミリでも不整合があれば、ワシントンの査察官たちは即座に首を横に振り、融資は不成立となります。
……つまり、この『政府保証の法律』を国会で通して世銀の査察団を日本に呼び寄せれば、彼らが国鉄の無能さと予算の杜撰さを、身内の身贔屓なしに世界へ暴露してくれるということです」
大野は、息を呑んだ。
「世界銀行の手によって、十河の嘘を暴かせる……ということか」
「その通りです」
と、佐藤がパイプの煙をくゆらせながら言葉を継いだ。
「我が国の政治家が身内で潰し合えば、泥仕合になる。
だが、世界銀行という『外圧』が新幹線にバツ印をつければ、池田総理も一発で十河を更迭せざるを得ない。
計画は完全に凍結、凍結された予算はすべて先生方の地方ローカル線へと還流することになります。
先生方はただ、国会の議場で『世界銀行の厳格な審査を仰ぐべし』と大義名分を掲げて、この法律に賛成の票を投じるだけでいいのです」
大野は、ふっと不敵な笑みを漏らした。
「なるほど……、外圧でハメ殺すか。
佐藤、大蔵省もなかなか悪辣な絵を描くな。
いいだろう。
その『政府保証法案』、我が派も国会で満場一致の可決に協力してやろう。
世界銀行が来る日を、楽しみに待っているぞ」
反対派を完全に納得させ、法案の可決を確約させた瞬間だった。
大野が満足げに料亭を去った後、静まり返った座敷で、鷹見は深く頭を下げた。
「……佐藤大臣。これで、国会からの正式な承認(外資法案の可決)が手に入りました。
野党も河野派も、自分たちが新幹線を潰すために投じた賛成票だとは、夢にも思っていないでしょう」
佐藤は静かにパイプを置き、冷酷な目で鷹見を見つめた。
「ああ。これで世界銀行からの融資が決まれば、新幹線は日本の『国際公約』となり、内閣が代わろうが、河野たちがどれほど怒り狂おうが、国は二度とこの工事を止めるのは困難になる。
国会は、自分たちの手で退路を断つ法律を通したのだよ。
……鷹見君、舞台は整った。
あとは君たち総裁室が、技術畑の『本物の技術と嘘』を使って、ワシントンの査察団を完璧にハメ殺す番だ」
「……御意」
国会への完璧な根回し、そして法律という名の巨大な合法的陥穽。
すべてを欺く騙し絵を抱え、ワシントンからの黒船を迎え撃つ。




