【六、宿命の理解】
「……お前だな、遼」
深夜、有楽町のうらぶれたガード下の赤提灯。香坂は、呼び出しに応じた鷹見の大きな身体を、正面から見据えた。
鷹見は何も言わず、武骨な手で冷えたコップの麦酒を煽った。
その生真面目な横顔には、かつての焼け跡で「誰もが腹一杯に食えて、どこへでも行ける国にしよう」と笑い合っていた優しい男の面影は消え失せ、冷徹な国家の番人の影が張り付いていた。
「大蔵省の四千億の偽数字も、川崎で陣内が流している血も、すべてお前が裏で手綱を握っている。そうだろ」
香坂の静かな、しかし確信に満ちた追及に、鷹見はグラスを見つめたまま、低く地響きのような声で答えた。
「潤。新幹線が走らなければ、この国の戦後は終わらない。
東海道本線はすでにパンクしかけている。
物流が死ねば、日本経済は這い上がれないんだ。
……正直に四千億かかると言えば、永田町の利権政治家どもがローカル線に予算を切り分け、この壮大な夢をバラバラに解体して圧殺する。
だから、オヤジ(十河)と俺は、世界を相手に大嘘を吐いた」
鷹見は初めて香坂を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、親友を脅すためではなく、自らがすべての悪名を背負って地獄へ落ちる覚悟を決めた男の、凄絶な孤独が宿っていた。
「俺は悪魔に魂を売った。この計画を完成させるためなら、俺の人生も、名誉も、いくらでも泥水に沈めてやる。
以前にも言った……潤、ペンを引け。
お前の正義感は、この国の未来を遅らせるだけだ」
香坂は、深く、深く息を吐き出した。
分かっていた。
幼馴染として、鷹見がどれほど真面目で、どれほど仲間思いで、どれほど強固な「漢の決意」をもってこの泥をすすっているかなど、香坂には痛いほど理解できていた。
鷹見は、私利私欲で動いているのではない。
ただ不器用なまでに、日本の未来を前に進めるために、自ら進んで生贄の祭壇に登ったのだ。
「……分かっているさ、遼。お前の覚悟も、その目的の崇高さもな」
香坂はトレンチコートの襟を立て、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、親友への激しい哀れみと、それを遥かに凌駕する言論人としての絶対の矜持が漲っていた。
「お前は日本の未来のために、すべての泥をかぶって悪魔になった。
見事な漢の引き際だ。
……だがな、遼。
どれほど高潔な目的があろうとも、大嘘の上に築かれ、弱者の血で固められた鉄路など、果てしなく冷たい『虚構の鉄路』だ。
そんな歪んだ方法でしか走れない未来なら、俺はジャーナリストとして、お前の正義を真っ向から叩き潰してやる。
お前が命を懸けて悪魔の道を進むなら、俺は命を懸けて、お前のペンを、お前の喉元を刺しに行く。
……それが、お前の覚悟をすべて理解した、俺の最後の友情だ」
「潤……」
二人の間に、二度と埋まることのない断絶の汽笛が鳴り響いた。
お互いの魂を誰よりも理解し合っているからこそ、一歩も引くことができない宿命の暗闘。
香坂は、背後に佇む親友の切ない沈黙を置き去りにし、深夜の雨のなか、決戦の原稿を書き上げるために新聞社へと走るのだった。




