和解
「……だって、エルはもう私に触れてほしくないと思ってる。リンツの村の別れ際のことも、気の迷いでしかないはず」
僕は頭を殴られたようなショックを受けた。
なんでヒアはそんな風に思ったんだ?
王都に招かれるエリートだから、僕みたいなのはいらないっていうことなのか?
ヒアまで、僕をそんなふうに見てたのか?
でも次のヒアの台詞で、それは間違いだとわかった。
「リンツの村を出るときに、キスをすぐ終わらせて『終わりにしよう』って」
「それは…… もう会えないと思ったから。未練をヒアに残すのは、嫌だったから」
ヒアの目から、涙が零れ落ちた。
「……じゃあ、嫌ってない?」
「当たり前だろ!」
今度は僕が強い口調になっていたけど、ヒアは怯える様子もなく、そっと僕の手に自分の白くて柔らかな手を添えてきた。
僕はそれを強く、だけど優しく、包み込む。
「それにドルトムントで初めで出会ったとき、帰らずにこっちで暮らすって」
「それは、帰ってもヒアがいないから、そう言っただけで……」
ヒアはそれを聞いて、泣きながら眉をしかめた。
「不器用すぎるよ…… バカ、バカ、バカ……」
ヒアはその小さな手で僕の胸をぽかぽかと叩く。
胸はちっとも痛くなくて、代わりに心が痛い。無数の刃で心臓を切り刻まれるように。ヒアの手から気持ちが痛いほど伝わってくる。
どれだけ不安に感じてきたのか、悲しかったのか、そんな気持ちが伝わってきて。
気がつくと、僕はヒアの小さな体を抱きしめていた。
「……」
ヒアの体は僕の腕の中に収まるくらいに小さくて、そして甘い匂いと、わずかに涙の潮の匂いがした。
ヒアが僕を見上げる。リンツの村でヒアを抱きしめた時よりも、顔が近い位置にあった。ヒアの透き通るような銀髪も、長いまつげも、宝石のような瞳も、全て僕の腕の中にある。
ヒアはそっと、その瞳を閉じた。
「ヒアさん、エルンストさん、いらっしゃいますかー?」
「何か機嫌を損ねるようなことをいたしましたでしょうか?」
部屋に入って同席したフリーダさんが、いつも以上に丁寧な口調でヒアに話しかける。
「……別に」
ヒアは言葉とは裏腹にそっぽを向き、すっかり冷めたコーヒーを流し込むように飲んでいる。
かくいう僕も激おこだ。
なんであのタイミングで……
「それでは用件だけお伝えします」
フリーダさんは眼鏡をかけ直し、おずおずといった感じで口を開いた。
「……何?」
ヒアがソーサーに、白磁のコーヒーカップを少し乱暴に置いた。
「おめでとうございます。エルンストさん。あなたも王都で勲章を授与されることになりました。こちらがその招待状です」
僕は半信半疑で、何かの紋が入った蝋で封をされた手紙を受け取った。
「……これ、本物だよ。蝋の紋は、私の所に来たボールシャイト家と一緒に押されていた王家の紋と同じ」
ヒアが震える手で手紙に触れた。彼女の緊張が伝わってきて、僕の手も震える。
精巧な意匠の蝋を剥がすことにためらいを覚えながらも丁寧にはがし、中身を確認する。
確かに今回の僕の功績と、勲功を認めるのが遅れたことへの謝罪、さらにヒアと一緒に王都へ来るように書かれていた。
「でも、なんで今になって……?」
「王都は権謀術数渦巻いてますからねー。何らかの力が働いたと見るべきでしょう」
フリーダさんは意味ありげに笑った。




