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決着

ゲゼルシャフトの白い塊が形を変えていく。僕より少し小さかった塊が膨張していき、下に向かって四本の棒のようなものが伸びる。上に向かって太い棒が伸び、先端が曲がり更に太くなる。下の棒の先端には蹄が、上の棒は頭部と、背面に鬣が生えた。

僕は嫌な予感がして、腰の鉈とナイフを抜いて構える。

ゲゼルシャフトはその姿を一頭の白馬に変えていた。

「私は馬に踏み殺され死んダ。その思いを知レ」

「なんで、君と戦う必要がある?」

 僕は油断なく、体の前で鉈とナイフを交差させた構えを取りながら尋ねる。

「君をこの世から解き放ってあげたいだけなのに!」

 だがゲゼルシャフトは返答すらなく、突進してきた。

 いつもならよけられる動き。だけど、今の僕には迷いがあって。

 その迷いが動きを鈍らせた。

 僕は、馬の頭に突き飛ばされて無様に空間内を転がった。

 それほど痛くなかったのは、手加減してくれたのだろう。人間の十倍近い馬の体重がぶつかってきたのに骨折した感じもなく立ち上がることができた。

「構えロ」

 ゲゼルシャフトが再び告げた。

「貴様ヲ信用してよいのかがわからヌ。人の真の心トハ戦うことでしか見エヌ。我をかって召喚した者モ、初めは言葉巧みニ近寄ってきオッタ」

「今のお前からハ人のよい優柔不断としか伝わってこん、そんなものに身を預ける者がいると思うカ」

 僕は立ちあがって、鉈とナイフを構えなおした。

 さっきまでの防御重視の構えではなく、鉈を上段に構えて、ナイフの切っ先を相手に向けた攻撃的な構え。

「ホウ」

 ゲゼルシャフトが感心したような声をあげた。

「少しは腹を括ったヨウダナ」

 ゲゼルシャフトの一撃と言葉で、思い出した。目が覚めた。

 ドゥンケルのときもそうだった。

 まず戦って、ゴモリの力で意識に入って、それからだった。

 こっちの善意だけで救ってあげるなんていう、上から目線なやり方で相手が心を開くわけがない。そんなのは善意じゃなくて只のお節介だ。

 黒い空間の中を白馬が突進してくる。今度は本気のようで、さっきまでとは速さも力も段違いだ。ここに来るまでは馬に乗っていたからわからなかったけど、こうして徒歩の立場になると馬の強さがよくわかる。

馬蹄の響き、身の高さ、突進してくるその速さ。人間が突進してくるのとは比較にならない圧力が僕の身を襲う。

ナイフの切っ先を向けてはいるけれど、馬の巨体相手じゃ気休めにもならないだろう。咄嗟に空間内を転がるようにして難を避けた。

「少しはできるナ。だが甘イ」

僕を追い越したゲゼルシャフトは、方向転換する必要がある。その隙を狙おう。僕は転

がった姿勢のまま鉈を構える。

だが次に僕の視界に入ってきたのは、真下から上がってくる蹄の残像だった。

顔面に骨が粉々になったかと思うほどの衝撃が走り、僕は空を飛んだ時と同じ浮遊感を一瞬だけ味わうと、真っ暗な空間の下に叩き付けられた。

「体を咄嗟ニひねって直撃だけは避けたカ。なかなかの反応ダ」

 あおむけに、無様な姿勢で転がった僕の視界に入ったのは体を前傾させ、後ろ足を天に向かって高く上げたゲゼルシャフトだった。

ゲゼルシャフトは、方向転換せずに僕に背を向けたまま後ろ足で顔面を蹴ってきたのだ。

「いい気になるのは、早いと思うよ」

「何ヲ」

 ゲゼルシャフトの後ろ足から、血が流れている。

 僕の鉈にも、同じ色と臭いの血が付着していた。

「蹴り飛ばされながらも、すれ違いざまに切ったカ。かなりの反射神経ダ、褒めてやろうゾ。だが馬に対しては素人ダナ」

 見抜かれた。

 馬に乗って戦ったことも馬相手に戦ったこともない。

 戦ったのはヴォルフみたいに小型の魔獣か、人間との喧嘩くらいだ。

 勝手が違いすぎる。でも諦めるわけにはいかない。

 ここで諦めたら必死に戦っているドルトムントの将兵の思いはすべて無駄になる。

 ヒアも、ゴモリの頑張りも。

 ヴォルフの群れから助けてくれたマルティンさんも。イングリッドは…… まあいいか。

 とにかく、諦められない。

 両方の武器の切っ先を再び交差させ、ゲゼルシャフトに向ける。

 今までの経験からわかる。どんな時も、訓練通りの動きしかできない。

 なら訓練と経験で得たものを余すところなくぶつけるだけだ。

「今までで一番の気迫ダナ。気に入っタ、気に入っタゾ」

 ゲゼルシャフトが今まで以上の勢いで突進してくる。この真っ暗な空間が地震のように震える。振動が腹の底まで伝わってくる。

 僕は一歩も動かずにゲゼルシャフトを待ち構えた。

 構えも決して動かさない。

「正面から受け止めルカ!」

 ゲゼルシャフトが侮ったような声を出した。

 馬蹄の響きが大きくなり、巨体が視界を遮る。

 だけど僕は構えを決して崩さず、足を動かさない。重心だけを微妙にずらす。

 馬蹄が眼前で振り上げられ、僕を押しつぶす勢いで向かおうと「する」。

 だけどその拍子、ゲゼルシャフトが僕に狙いを定めた瞬間だけは心が攻撃に囚われ、「居つく」。

かって僕に剣術を教えてくれた父親が言っていたこと。攻撃しようとする瞬間には必ず心に隙ができる。

 その隙に僕は重心をずらしていた足のほうへ体を捌く。自身の巨体の陰に隠れる形になっていた僕を踏みつぶせるはずなのに踏みつぶせなかったことで、ゲゼルシャフトの体勢が大きく乱れる。

 その隙に前脚を鉈で切り付け、ナイフを前脚の付け根、人間で言う肩の骨に思いっきりさしこんだ。

 体を支える脚に一撃をくらったことでゲゼルシャフトは崩れ、走る勢いのまま地面に転がった。まるで山が崩れたような、雷が落ちたような衝撃が空間全体に走る。

「だ、大丈夫?」

 予想を遥かに上回る衝撃だったので、僕はあわててゲゼルシャフトに駆け寄った。

「問題ナイ」

 ゲゼルシャフトはダメージが無かったかのように起き上がり、再び僕にその巨体を向けた。だがさっきまでの険のある雰囲気が消え、どことなく穏やかな感じがしていた。

 だけど油断大敵だ。僕は鉈とナイフを構えなおしてゲゼルシャフトに向き直り、後ろに跳んで距離を取る。

「そう警戒すルナ。貴様が信頼するべき相手かドウカ、わかったつもりダ」」

 ゲゼルシャフトはそのまま前後の脚を横に崩して、座り込んだ。

「貴様の剣が教えてくれタ。貴様ハ卑怯な戦いはしないシ、決して諦めなカッタ。不器用で朴訥ダガ、誠実な人間のようダ。その性格では苦労することが多かっタダロウ」

 誉められてるのか、貶されてるんだか。複雑な気分だ。

「誉めておるのダ、人間」

 ゲゼルシャフトは僕の表情から察したように、言葉を付け加えた。

「精霊界には巧言令色少ナシ仁、という言葉がアル。貴様のような人間ト最後ニ戦エテ僥倖ダッタ。言葉に嘘はない様ダ、生まれ変わっテ奴らを見返してやるとシヨウ。では頼ム」

 僕は再び両掌を向き合わせ、ゲゼルシャフトの姿が両掌の中心に来るように構えなおす。この空間に来る前と同じくらいの魔力を込めるまでもなく、ゲゼルシャフトが送環に協力してくれたおかげか、あっさりと成功し、ゲゼルシャフトの体はうっすらと空間に溶け込むように消えていった。

 同時に黒い空間に壺が避けたようなひび割れが入り、そのひびから光が差し込んでくる。

 差しこんだ光はすぐに目もくらむようなまばゆさとなり、僕は自分がふたたび別の空間に飛ばされていくのを感じた。

「言い忘れたガ、私の分霊はすでに生まれ変わっているラシイ。運がよければ貴様トどこかで出会うこともあるだろう。もし出会ったラ、そいつを助けてやってクレ。馬鹿なことを仕出かそうとしてイタラ、それを止めてクレ。もう惨めな思いをセヌヨウニ」


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