失明
敵指揮官の顔を目視でとらえられるくらいまで接近した。
馬は息も絶え絶え、フィーもかなり疲労してるけどハイになっているのと目標が見えてきたので僕たち四人は闘志旺盛、意気軒昂といった感じだ。
「左から回り込んで、ご主人様!」
馬首を少し動かして敵指揮官の左から回り込むようにして接近する。
正面から見てもそちらのほうが手薄なのがわかる。敵指揮官は前面に一個小隊ほどの兵を護衛につけて、馬上から戦場を俯瞰していた。指揮官の左手には平原に点在する小さな森が広がっていた。
馬が疾走するため全身が上下に揺れ、手綱をしっかり握って馬とリズムを合わせてないと振り落とされそうだ、
左にカーブしながら進むと遠心力で体が左に流されそうになり、ゴモリが馬に抱きつく。馬の背に胸がつぶされて形を変え、キモノの脇からはみ出しそうになっているのが後ろ
からも見えた。
だけどそれに見とれている暇はない。あと少しでこの戦いが終わるんだから。
「エル!」
でもヒアの鋭い叫びがして、指揮官だけを見据えていた視線を横にずらす。
森の中からティーアが湧いて出てきた。
その数は十棟近く、種類は以前も見た狼のティーア、ヴォルフだ。
ヴォルフは何かから追い立てられるような動きで森から逃げ、こっちに向かってきている。
すぐに逃げようと思ったけど疲労が激しい馬よりも狼のほうが動きが早い。
このままでは追いつかれるだろう。
ティーアは人間と違い士官の命令がなければ攻撃しないなんてことはないし、ゴモリの能力は目を合わせないといけないから複数は無理。
フィーも魔力をだいぶ切らしている。
ヒアは直接的な戦闘力はあまりない。
僕は覚悟を固めて、鉈とナイフを構えた。
でも馬の上からでは背の低いヴォルフは短くて届かない。馬を降りて切るしかない。
僕が手綱をひいて馬の速度を落とし、鐙に力を込めようとしたところでゴモリが止めた。
「ご主人様は馬から降りちゃダメ…… ご主人様しか送還術を使える人はいないんだから。それに数の違いからして、そんなに戦線が持ちこたえられない。こうしている間にも徐々に押され始めてる」
「でもこのままじゃ追いつかれる」
ゴモリにしては珍しく、判断を迷うような素振りを見せた。けどすぐに覚悟を決めた顔つきになる。
「とっておきを使うよー」
ゴモリの瞳の輝きが増す。いつもは小さな蝋燭程度の光だった輝きが急速に明るくなり、闇夜のカンテラを思わせるほどの輝きだ。
「コンプリツィ―アト(kompliziert)」
僕たちを追っていたヴォルフの群れが、まとめて倒れて地に伏した。勢いのまま地面を転がり、動かなくなる。
「今のは……?」
「コンプリツィ―アト(kompliziert)って言って、瞳の輝きで相手の網膜に魔力を浸透させ、至近にある脳に影響を及ぼすんだー」
ゴモリは気軽にそう言うけれど、いつもより疲労が激しく、今にも馬から転げ落ちそうにフラフラしていた。
まるで平衡感覚がなくなってしまったかのように。
「ふぎゃっ」
突如、ゴモリが鼻を馬首にぶつけた。普段は当たることがないのに……
「大丈夫?」
僕のほうを振りかえったゴモリと目が合うけれど、その瞳は僕を映していない。瞳孔には、ただ真黒な闇があるだけだった。
「これがこの技の代償…… 一定時間目が見えなくなるんだー。もちろん本来の魔力も使えない」
精霊がここまでしてくれているのに、僕はそれに頼るだけ。ヒアもフェアリーも兵隊さんたちも必死に戦っているのに。
自分が情けなくなった。
でもそんな僕の心中を察したかのように、ゴモリは見えない瞳に僕を映して、語りかける。
「ご主人様はご主人様のするべきことをして。人と自分を比べないで。そっちのほうがずっとつらくて、勇気がいることなんだよ」
僕は馬の腹を蹴った。馬がいななき、体を前傾させて更に速度を増す。
だけど走り続けた馬は疲労が激しく、速度が落ちる。
それに森から更に出てきたヴォルフの群れが、僕たちを追ってきた。
もう、すぐに追いつかれる。僕は馬首を巡らせてヴォルフと戦おうとする。
森の木々が蠢いているのが見える。更に別のティーアが出てくるのだろうか?




