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ハインリヒ将軍

「もう一度聞く。これは本当に君が書いたのか?」

「疑り深いなー」

 バウマン連隊長の指摘に対し、ゴモリは少しだけ不快そうだった。

 僕たちも差し出された羊皮紙を見るが、正直わけのわからない記号と矢印が地図に所狭しと書いてあることくらいしかわからない。


「これは士官学校で教育を受けた者でもなかなか書けないレベルだ」

「それほどのものなのですか」

 同席していたギルド長が感嘆の声を漏らす。


「まあねー。二百年くらい前に軍人に召喚されたことがあったからね、その時に戦争については一通り勉強させてもらったかな」

「貴殿は…… 精霊だと?]

「勿論だよー。証拠を見せようかー?」

 ゴモリの魔力の流れが変わったのを感じた、けれど……


「ちょっと」

 僕はそれを止めた。

 ゴモリはホイホイと力を見せすぎる。ティーアやグロレン相手ならともかく、人間にあまり広く知られたら悪用されかねない。


「でも力を見せないと信用されないよー。経験上、物質に干渉するのが苦手で見た目もちんまい私はね、力を見せない限りまともに話を聞いてもらえないんだ」


 ギルド長とバウマン連隊長を見る。

 信用できるのか? でもゴモリの言うことにも一理ある。それにフリーダさんから夜間に城の外に出たことがばれたらスパイ容疑で投獄される恐れも……


 どうする?

 どうすればいい?

「そこまで考えなくともよい」

 バウマン連隊長はこちらを安心させようとするかのように、穏やかに笑って言った。双眸と口元が柔らかく曲がる。


「言いたくないことを無理に言うものではない。時期が来たら話してもらえるとうれしいがね。今は第十一連隊の情報をよく知ること、そして君たちが貴重な情報を持ちかえってくれたこと。こちらを今は優先させるべきだ」

 姿勢を正し、改めて僕たちに向き直る。


「君が書いたということは信じよう。そしてこの地図の完成度に免じて城外に出たことは不問とする」

「よろしいのですか? 軍紀に厳しいことで有名な連隊長が自ら規則を破るなど」

「まあ場合が場合だ。この件は『精霊使いとその一行に極秘裏に偵察を頼んだ』としておこう。後で命令書を作っておく」

「それって公文書偽造じゃ……」


「命令書を書くのが間に合わんことなど忙しい戦場ではよくあることだ。銃弾の方がペンよりも早いからな。違法ではない」


 何でもありだな、戦場って。

「ただの『状況判断』だよ。そうすることが最良と判断したまで」

 バウマン連隊長ははっはっはと軽く笑った。ガチガチの軍人かと思っていたら意外と融通がきく人のようだ。しかし僕たちが城外に出たことはばれていたのか……


「状況判断…… 便利な言葉だねー」

 ゴモリが少し皮肉を利かせて呟いた。


「しかし符号が微妙に古い…… それにこの書き方の癖、まるで」

「ああ、それハインの書き方をまねたからねー」

「ハイン?」

「ハインリヒっていう子だよ」


 ハインリヒ、という名前を聞いたとたんバウマン連隊長は柔らかくしていた目元を刃物のように鋭くした。

 殺気が部屋に満ちているようで、呼吸すら苦しくなる。ヒアも顔色を悪くしたがゴモリは平然としていた。

「百七十年前に死した名将、ハインリヒ様の名を騙るとは…… 子どもとはいえ、許せん」

 尊敬というより崇拝しているのか、彼は名前を聞いたとたんに気色ばんで顔を赤くした。


「これが証拠だよー」

 ゴモリはキモノの中から勲章を一つとりだした。花弁の細かい花のような形をした銀色の勲章だ。それを見たバウマン連隊長の目の色が変わる。


「これは…… ハインリヒ将軍の勲章! 百八十年前、将軍が北方の大国から国境を守った時に送られた物…… 死後遺体とともに埋葬されたと聞くが」

「精霊は喚びだした精霊使いが死ねば自動的に精霊郷に送還されるから、思い出の品にってもらったんだー」


「士官学校では目立たない子だったけどね。まじめにやって順調に出世して、最後は大将まで行ったかな。まあ私のサポートもあったけどねー」

「ハインリヒ将軍は、将兵の報告を正確無比に把握することができたというが」

 ゴモリが側にいれば、それくらいは余裕だろうね。意識を共有できるんだから。


「というか、ハインリヒ将軍って精霊使いだったの?」

 今でも王都に派遣されるヒアのような精霊使いはいるから、不自然じゃないけれど。でも湘軍になった精霊使いなら名前くらいは精霊使いの里であるリンツの村で聞いてもよさそうなのに。


「まあねー。リンツの村ができる前の子だから」

 それからゴモリはハインリヒ将軍のエピソードを次々と語る。バウマン連隊長は、ある時は驚いたように、ある時は知らなかったことを知ったかのように耳を傾けていた。


「ハインリヒ将軍はいつまでも見た目の変わらぬ、妙な服を着た少女を従者にしていたと聞くが……」

 連隊長はそう言いながら、ゴモリの顔をじっと食い入るように見つめた。壮年の連隊長に見つめられて、ゴモリは虫料理でも目の前に出されたような顔になる。


「おじさん…… あいにくおじさんは私好みじゃないから。というかヒゲがキモいー」

 だがゴモリの罵倒にも連隊長は動じなかった。革のように強靭で、鋼のように堅固な精神力だ。


「この少女、確かに将軍の肖像画に描かれていた少女と瓜二つだ。士官学校内でしか知りえない情報。そしてこの地図の書き方の癖。勲章。あの方のエピソードについての詳細。間違いない、この子はハインリヒ将軍の従者だ」


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