ヒアの送還術
人を二人も乗せたので馬が大分疲れてきたので、僕とヒアは馬を降りて徒歩で移動していた。西に傾き始めた満月の下を歩くのはちょっとしたデートって感じだ。
小一時間ほども歩くと、さっきのグロレンの魔力を纏わせた兵士数人に見つかった。
街道を塞ぐように数人が小銃を構えて立っており、いくつかの銃口は僕たちに向けられていた。
心臓が跳ね上がるような感触。体中の血が冷たくなるほどの緊張。周囲は木がまばらな平原で、身を隠すところもない。
殺されるかと思い、鉈とナイフを構える。とにかく下っ腹に力を入れて肝を据える。ヒアもフェアリーを近くに寄せて魔力を集中させた。
「ご主人様―、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ―? よく見てー」
兵たちは小銃を構えているが、よく見ると銃口があっちへふらふら、こっちへふらふらとぶれて定まらず、何より目がうつろで焦点があっていない。
これなら兵力差があってもドルトムントの町の兵で倒せるんじゃないか? でも僕のそんな希望的観測をゴモリはあっさりと否定した。
「斥候かー。厄介だねー。グロレンの影響下にあってもこれだけのことをしてるとなると、結構厳しそー」
ゴモリは小さい下あごに人差し指を当てて考え込む。
「フェアリーちゃんとご主人様で倒せないこともないけど…… ここは小手調べも兼ねて『送還』しちゃおー」
送還…… ドゥンケル以来、二回目だ。
「できるかな? あのときよりずっと大きなグロレンだよ」
「大丈夫―。さっきより魔力がずっと小さいでしょ? 魔力の切れ端みたいなものだから。『分霊』っていって、本体から離されてるから大した影響はないよー」
僕はあの時の感触を思い出しながら掌を向かい合わせにして胸の前で構え、魔力を集中させようとする。後は分霊が掌の間にくるようにして……
今回は直接グロレンが見えてないからやりにくいけれど、集中すると魔力が濃密な箇所とそうでない箇所の違いが感じ取れる。
左から三番目の兵士の右の空間、あそこが分霊の中心だろう。
その空間が掌の間と僕の延直線上に来るようにして、魔力を集中させようとする。
けれど途中でヒアがおずおずと手を上げたので,僕は集中を途中でストップさせた。
「私がやってみて…… いい?」
ゴモリは一瞬だけ渋い顔をするが、すぐに親指を突き出してぐっと立てた。
「まあ、やってみよー」
それから送還術のレクチャーを軽くゴモリが行なった。
でもゴモリはどうしてあんな顔をしたんだろう? ヒアはフェアリーを幼くして召喚した天才だ。僕なんかよりずっと上手く出来そうなものだけど……
ヒアの送還術が始まった。僕とは違い、片手を突き出すようにして集中する。精霊使いによって魔力の集中の仕方は違う。ヒアがフェアリーを召喚した時も片手を突き出すようにして魔力を込めたら指先にフェアリーが出現していたのだ。
ヒアの指先に魔力が終息し始めた。僕とは違って繊細な魔力操作で、純粋な魔力が集まっていく。 バラの蔦のような文様を描く魔力はまるで一枚の絵のようだ。
ヒアの白磁のような額に大粒の汗が浮かんでいる。
僕は成功を確信しながら見ていた。
けれど、何も起きない。
それどころか魔力の文様はどんどん小さくなっていって、消えてしまった。グロレンに操られていた兵士たちには特に変わった様子は見られない。
ヒアは両手を地面について、荒い呼吸を繰り返す。地面に汗の滴が染みを作っていく。
「あなたは無理そうだねー、送還術にはまず莫大な魔力が必要だからー。場所に関係なく精霊郷とこの世界との扉を創り、開くことができる魔力が」
ゴモリは淡々と結果と理由を述べた。
「エルだけが、できるの……?」
「そうだよー。ご主人様は選ばれた人だから」
今度は僕が送還術を行なう。分霊だったせいかドゥンケルの時のように雲が吹き払われることもなく、粛々と終了した。
グロレンの分霊が送還されると、兵たちは糸が切れたように倒れ込んでしまった。
「大丈夫―。眠ってるだけだから。グロレンがついてた間、活動限界を超えて動かされてたみたいだからね、その反動が一気に来たんだと思うー。それよりご主人様―、今のうちだよー」
僕はぐったりしたヒアを抱きかかえ、フェアリーにゴモリを浮かせてもらうと馬の腹を蹴って、再びそこを離れた。
「……エル」
ヒアが僕の腕の中で呟いた。
「……あなたは、すごい人。もっと自信を持っていい」




