グロレンの強さ
3日間18時に連続投稿します。
蹄が地面を蹴り、土を巻きあげて走っていく。上下に大きく揺れる馬上で、腕の中のヒアの感触はとても暖かかった。
ヒアは僕にもたれかかるようにして身を預けている。
柔らかくて、暖かくて、ヒアに触れていると幸せな気持ちがこみ上げてくる。この温もりを護りたいって言う気持ちが溢れてきて、とにかく愛おしい。
でも宿屋で、なぜすぐに別れようとしたのかを聞く勇気が出なかった。
休憩をはさみつつ馬を走らせ、満月が中天に昇ったころにウェルス駐屯の軍、第十一連隊が見えてきた。満月の光に照らされて街道沿いのあちこちに天幕が張られ、ドルトムントと違って緑を基調にした軍服を纏った兵士たちがその間を動いているのが見える。
「やっぱりおかしいねー、ご主人様」
「おかしいって、何が?」
ざっと見ただけでも数千人の兵士がいる。この兵士たちがいつ僕たちを見つけて襲いかかってくるかと思うと、気が気じゃない。
いつもクールなヒアでさえも若干震えていた。
「そんなにおびえなくても大丈夫だよ。夜だし、こっちが迂闊に動かない限り滅多なことじゃ見つからない。闇夜で小人数を見つけるのは想像以上に難しいからねー」
なんというか、歴戦の兵士という感じの台詞に僕は違和感を持った。
「ゴモリは戦争に出たことがあるの?」
「うん。二百年前くらいかなー」
ドルトムントに入った時に兵器について語っていたし、元々軍事に明るいのかもしれない。
そう言いながらもヒアは木立の隙間など敵に発見されにくい場所を縫うように進みつつ、街道の走る平原の中の小高い丘に到着した。
ここからなら敵兵を一望できる。
ゴモリはフェアリーに下ろしてもらうと、発見されにくい位置に伏せて第十一連隊の配置を凝視し始めた。兵の位置、周囲の地形、全てを克明に暗記しようとするかのように。
「ご主人様、わかる? あそこ」
ヒアが指さした先、第十一連隊の中央。満月に照らされて盾に二振りの剣が描かれた旗が見えた。他の天幕より一際大きく、おそらくあれが指揮官の居場所だろう。
「指揮官がいると思うんだけど…… それ以外に何か?」
「すぐにわかるよ」
ヒアは何かをこらえるかのように唇を噛んでいた。
やがて天幕の入り口の布が開かれ、勲章が左胸にいくつもつけられた、一際立派な軍装をまとった壮年の男性が出てきた。いかにも軍の指揮官といった精悍な顔立ち、腰に吊った指揮用のサーベル。
でもなんというか、目に生気がない。
どことなくふらふらしているというか、自分の意志で動けていないというか……
「まさか?」
兵たちも注視してみると、皆虚ろというか、何かに操られているかのように不自然な動き方をしていた。
「さっきは兵士しか見られなかったからわからなかったけれど、みんなグロレン(grollen)に操られてるっぽい。あの指揮官にとりついて、兵を動かしてる」
「でもあんなに大勢を操れるなんて……」
「よっぽど強い未練を抱いて死んでいったんだろうと思う。グロレンの強さは思いの強さだからね」
集中して、魔力を感じ取ってみる。
隣のヒアも同じように精神を集中し始めた。
「……っ!」
「うっ……」
汗が全身の汗腺と言う汗腺からどっと噴き出す。
気持ち悪くなるくらいのけた外れの魔力。
たった一種類の魔力で、これほどまでに広範囲に展開できるのか。
ドゥンケルの時がまるで児戯に感じられるような、集中したことを後悔するほどの淀んだ魔力の靄のようなものが第十一連隊全体を覆っているのを感じ取れた。
ゴモリの能力で心をのぞかなくても伝わってくる。
怒り、悲しみ、憎しみ、未練、後悔。
あらゆる負の感情をミックスしたような魔力の波が離れていても伝わってきた。
「ご主人様たち、集中を止めた方がいいよー。人間がまともに浴びたら耐えられない」
ゴモリの声に、即集中を解除した。隣のヒアも解除したらしいけど汗びっしょりで呼吸も荒く、僕よりも状態が悪そうだ。
「距離が離れていたからこれくらいで済んだけど…… 近付いたらあの将兵のように意識を乗っ取られただろうねー。まずは撤退するよー」




