信じてもらうには
宿に入ると、女将さんから来客を告げられた。立派な馬車に乗った客人が僕を尋ねて来たということで宿の応接室に通したらしい。
僕は部屋の前に立ってドアノブに手をかけた。
ゲーリングかもしれないと思うとドアノブをなかなか開ける気になれないけれど、待たせても問題が先延ばしになるだけだ。
僕は意を決してドアを開く。
部屋の中の人物を見た途端、僕の胸は甘酸っぱい感触で満たされた。
ヒアだった。
部屋に入ると、プラチナ色の瞳が僕を出迎える。
「エル」
ヒアは半袖のシャツの上から赤いチョッキを着て、下は麻のズボンという旅用の服装をしていた。ただ麻は僕のものと違って上質な生地で、染められているタイプだ。
チョッキはウエストの部分を紐で縛っており、ウエストの細さとヒップラインへのつながりがわかる。
全体的に露出は少ないけれど動きやすさのためかズボンの太もも部分にスリットが入っており、横から赤さの中に真白い脚が見えてすごく…… なんというか、かわいくてセクシーでドキドキする。
ヒアらしく露出は少ないんだけど、その中に色気もある理想的なデザインだ。
「エル…… どうしたの?」
僕の視線に気づいたヒアが首を傾げる。
「なんでもない、なんでもないよ!」
僕はいやらしい目で見ていたのがばれたかと思ってあわてて否定する。
でもそう言うと、ヒアは傍目に見てもがっかりした様子を見せた。
これは…… 言わなくちゃいけないんだろうな。恥ずかしいけど。
「なんでもないわけじゃなくて…… その服がすっごく似合ってて、でもかわいくて、色気もあって…… 正直、目を奪われて、」
恥ずかしくて、うまくまとまらない。
「……エルにそう言ってもらえると、すごくうれしい」
でもヒアもチョッキ以上に顔を赤くして、お礼を言った。
応接室には来客用の上等なソファーと机、湯気の立ち上るお茶が置かれていた。
「なんでここに……?」
僕はドアを閉めながら呟く。ヒアはリンツの村にいるはずなのに。
「私もゲーリングが村を出た直後に話が出た。エルがいなくなって辛かったから…… 気分を変える意味もあってすぐに出発した。元々よく精霊使いが派遣される貴族だったこともあって話がスムーズに行った」
「なんていう貴族?」
「……ボールシャイト家」
「この国有数の大貴族じゃないか! さすがヒアだね」
ヒアが仕えることになった貴族の名にも驚いたけれど、とにかくヒアにこうして出会えたことが嬉しい。
「エルのことを聞いたのはまったくの偶然。このドルトムントに立ち寄った時、エルとよく似た特徴の男子が最近入って来たって聞いたから、もしかしたらと思って…… 」
でもヒアはそんなに嬉しそうな顔をしていなかった。悲しそうというか、僕とあまり目を合わせようとしない。
「ありがとう。ところで…… そっちの小さい子は? 宿のお手伝いさん? 変わった格好してるけど」
それまで部屋の中をうろうろと歩き回っていたゴモリが、自分の名前を耳ざとく聞きつけてヒアの方へ駆け寄り、その勢いでキモノとハカマの裾がヒラヒラと舞った。
「ご主人様の友達? 私はゴモリっていう精霊。よろしくね!」
「……これが、精霊?」
ヒアはゴモリを疑わしそうに見つめている。
……ああ、やっぱりそういう反応になるよね。
「これ扱いとは失礼な人間だなー、私は正真正銘の精霊だよ」
「……人型の精霊なんて聞いたことがない。その言葉は、精霊を侮辱する発言に取られても仕方がない」
「どうやったら信じてくれるかなー?」
ゴモリが可愛らしく首を傾げて考え込む。
精霊が自分の魔力と同じなのが分かるのは召喚した本人だけだから、僕と同じ手は使えないしフリーダさんみたいに精霊と人間の魔力の違いがわかる人なんてそういないだろう。
迷っていると、ヒアの周りを飛び回っていたフェアリーがゴモリの肩に止まった。
「可愛い子だねー。なんていうの?」
「……フェアリー」
「じゃあフェアリーちゃん。あなたのご主人様にわたしの能力を使っていい?ー? 大丈夫、痛くないから」
フェアリーは少し考え込むようにひらひらと空中を飛んだ後、ヒアの周りに優しい風を吹かせた。ヒアの黒髪が風にたなびいて甘い香りを運んでくる。
いいよ、っていうフェアリーなりの返事なんだろう。
「わかったー。じゃあヒアさん、私の目を見てー」
ヒアはいぶかしげな顔をしたが、子供の頼みをむげに断るのも大人げないと思ったのか、大人しく従った。
ゴモリの目が金色に輝き、能力を発動させた。




