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ドゥンケルの過去

「事情はわかったよー」

 疲労感からか、浅瀬まで一度上がってきたゴモリは濡れるのにもかまわず湖の中にへたり込んでしまった。

 湖に肩までつかったせいかキモノはずぶぬれで、体にぴったりと張り付いてラインが浮き上がっている。身長では考えられないほどに大きい双丘の形も、ハカマが貼りついた腰のラインもはっきりとわかる。上から見下ろす形になっているから、裾の間の谷間の奥まで見えそうになった。ゴモリの肌は胸元まで艶めかしいほどに白い。

 それに黒髪がぴったりと肌に張り付いて、すごく色っぽくてまるで別人になったみたいだった。

「? ご主人様、どこ見てるのー?」

 ゴモリに指摘されて僕は慌てて目を反らす。というか、自分の姿を気にしてない感じだ。

「思ったとおり、召喚した主人に殺されてる」

 ドゥンケルがまた攻撃してこないかと思ったが、もう黒い影の塊を打ち出してくる様子はなかった。

「相当悔しかったのが伝わってきたよ…… あんなに働いたのに、って」

 ゴモリが拳を握りしめる。ぽたぽたと滴が垂れて湖に落ちた。

 鳥の鳴き声一つしないこの場所では、滴の垂れる音さえもはっきりと聞こえる。

「でも話を聞いてもらえて、大分すっきりしたみたい。それに帰れるかもしれない、ってわかって大分穏やかになった。私の能力が役に立って良かった」

 ドゥンケルからは、さっきまでの全てを飲みこもうとする闇ではなく静かな夜の暗さのような穏やかな雰囲気が感じられた。

「とりあえずこれでこっちのいうこと受け入れてくれるようになったから、後はご主人様が送還してー」

「でも送還術なんて習ったことがないから、上手くいくか……」

 そう思いながらも僕はゴモリに言われたとおり、浅瀬まで上がってきたドゥンケルの頭上に両手をかざす。

「ご主人様の魔力量なら問題ないと思うよー。基本は召喚術と同じで、掌を向かい合わせるように構えて足を肩幅にそろえて立つのー。あとはリラックスして魔力を集中させるだけ。違いは両掌の間に返したい精霊の魂が来るようにすることかな」

 僕は言われたとおりにドゥンケルの前に立つ。

 さっきまで危うく消されそうになった相手だけれど、さっきとは雰囲気が全然違うせいか至近距離に立ってもさっきまでの恐怖は感じられなかった。

 でも目の前でまた影の塊ができたら一目散に距離をとるだろう。

 さっきまでの緊張が残っているのか、なかなか魔力を収束できない。

 向かい合わせにした掌になかなか魔力が集まらない。

 魔力の制御に一番必要なのは、「この世に自分の感覚だけしかない」と思えるほどの集中力なのに今の僕にはドゥンケルが身じろぎしただけでびくつくほどの集中力しかない。

「心配いらないよー、ご主人様―」

 ゴモリが僕と目を合わせ、目を金色に輝かせた。



 一瞬だけ意識が遠のいたかと思うと、僕は水か空に浮かんでいるような状態になっていた。球体のような空間の中心を僕が漂っていて、その周囲を景色を切り取ったかのような四角い絵が何千何万と並んでいる。

「ここは……?」

 さっきまではドゥンケルの目の前にいたはずなのに。まるでさっきまでの出来事が夢の中だったかのような感覚に陥る。

 いや、こちらが現実で僕が今までいた世界が夢だったのかもしれない。

「ここは私の意識の中だよー。浮かんでいるのは私や私が意識を共有した生き物が見てきた記憶や経験―」

 空間全体が響くようにゴモリの声が聞こえてきた。

「ゴモリ? どこにいるの?」

 空間内部や周囲を漂う四角い絵を探すが、ゴモリの姿はどこにも見えない。

「この空間全体が私の能力だからねー。いってみればこの空間そのものが私。普通はこの空間は見えないんだけど、ご主人様の魔力がけた外れに強いせいかな、私の空間すら把握した人は初めてだよー」

 ゴモリはさっきのぞいたドゥンケルの思いを見せてくれた。

 僕は吐き気をこらえきれなかった。

 召喚されるや否や、主人に足蹴にされて踏みつけられる。

 ドゥンケルも元々は人型で、見た目が好みじゃなかったという理由だけで女の子なのに顔を蹴られて口に血をあふれさせ、顔を腫らしていた。

 はじめは丁重に扱っていたのに、強い精霊じゃなかったとわかると態度を一変させた。

「役立たず」

「ノロマはいらねえんだよ」

「主人の役に立たねえ屑は帰れ」

 毎日毎日、虐待されて、しかも主人からの魔力供給が途切れると死んでしまうから逃げることもできない。

 痛みと屈辱に耐えるだけの毎日だったらしい。

 それでも気にいられようと、精一杯尽くした。

 雑用から子供にでもできる仕事まで、なんだってやった。

 でも虐待は止むことはなく、最後は雪の日に虐待されたまま手当もされず外に放り出されて凍死した。

「やっと死んだか」

 それが主人の最後の言葉だった。


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