精霊使いの闇の部分
「ずっと昔、リンツみたいな精霊使いの里は無かったんだ。だから精霊使いは各自で精霊を召喚して、行使してた。今みたいに術の系統もしっかりしてなかったし、ちゃんとしたところで召喚もしなかったから今より失敗も多かったんだよ」
「そこで、もし召喚できた精霊が自分の望む精霊じゃなかったら? 自分の目的と合致していなかったら?」
「精霊郷に送り返そうとするよね? でもその時代は精霊を送り返す術なんてまだ存在していなかった。おまけに一度に召喚できる精霊は一人一体までだから追加で召喚することもできない。となると、邪魔になった精霊は殺されることがあった」
「そんな…… 勝手に召喚して、邪魔になったら殺すなんて、そんなの絶対許されない」
そんな家畜以下の存在みたいに扱うなんて…… ゲーリングでさえもガイストに対しては手厚く扱っていた。
「召喚した精霊使いに殺された精霊は、精霊郷に帰ることもできずに魂だけがこの世を彷徨うことになる。グロレン(grollen)っていうけど、それがあの姿」
ドゥンケルはゴモリが話している最中、攻撃を仕掛けるのでもなく逃げ出すのでもなく、ずっと湖の中心にたたずんでいた。
こうしてみるとその姿は何かを憎んだり怒ったりするのではなく、ただ一言訴えているように見えた。
言葉が通じなくても、魔力を集中させると伝わってくる。
『帰りたい』
もう目もなく口もない、ただの影の塊。元はどんな姿だったのかさえ分からない。
でも魔力の波動が感情として伝わってくる。
殺されたことへの無念。
身勝手な召喚者への怒り。
はるか遠い精霊郷への思い。
感情がごちゃ混ぜになって、魔力の波動になって僕の心に届く。
僕はドゥンケルを見ながら、固く拳を握りしめた。
勝手に召喚されて勝手に殺されて、死後はこの世を彷徨い続けるだけの存在。そんなの絶対許されない。
ゴモリやフェアリーが同じような姿になってしまったら、そう考えるだけで胸をかきむしりたいほどに苦しくなる。
「ごめんなさい」
ゴモリが急に謝った。それもドゥンケルに対してではなく、僕に対してだ。
「なんでゴモリが謝るの?」
「精霊使いであるご主人様に、精霊使いの悪口みたいなことを知らせてしまったから」
「いや、本当なら精霊使いみんなが知っておかないといけないことなんだ。それを教えなかった、いや疑問に思わなかった僕たちの責任だ。ゴモリは何も悪くない」
僕は首を横に振った。同時に腹に力を込めて決意を新たにする。
「絶対に、なんとかしてあげるから」
僕は鉈とナイフを構え直し、深く腰を落とした。
「ゴモリ! どうすればいいかもっと詳しく教えて! ティーアみたいに倒せばいいの?」
「召喚術があるように、死した精霊の魂をこの世から精霊郷へ還す『送還術』っていうのがある。でもそれを使うには精霊の魂が送還術に協力しないといけないから。私が意識に入り込んで事情を聞いてみないと」
そう言うと、ゴモリも湖の中に入ってきた。裾の長いハカマが水に濡れて、ゴモリの細い脚にぴったりと張り付く。
「ゴモリ! 危ない!」
ゴモリの素早さはそれほどではないのは、これまでの戦闘でわかった。僕と同じ距離ではドゥンケルの攻撃をかわしきれないだろう。
「ご主人様…… ごめん、私が間違ってた。安全な後方から指示ばっかり出して、ご主人様を危険な場所で戦わせて」
ゴモリは若干の怯えと悲壮な決意をその目にたぎらせていた。
「ご主人様はもともとこの精霊とは関係がないのに。おんなじ精霊だって言う私のワガママに付き合ってくれただけなのに」
「だから、私がやる」
ゴモリが目を金色に輝かせながら、ドゥンケルに突っ込んでいく。僕の膝まである深さでもゴモリには太股の高さくらいまであって、走るというよりも泳いでいるという感じだ。
ドゥンケルが黒い影の塊をゴモリに放つ。
あの塊に当たれば影ごと消滅してしまう。だけどゴモリは避けようともせずに突っ込んだ。
「ゴモリっ!」
「ごめんね…… 辛かったよね、苦しかったよね、長い間そんな姿で帰ることもできずに…… 寂しかったよね?」
ゴモリはまるで自分がああなってしまったかのように呟き、悲しみに顔をゆがめながら突進する。
ゴモリの表情を見ながら、ヒアがいつか僕に言った台詞を思い出す。
『……エル。あなたは優しすぎる。人の悲しみを全部受け止めて、自分の悲しみにしてしまう。いつかあなたが壊れてしまわないか、心配になる……』
この時、僕はゴモリがなぜ僕の所に召喚されたのか分かった気がした。僕たちは多分、似たもの同士なんだ。人が悲しんでると自分も同じだけ悲しんでしまう、世渡り下手で損な性格。
ゴモリの目の前にまで黒い塊が迫ってきていた。
だけどゴモリは避けるモーションを一切見せず、ただ距離を詰めようとする。
体を前傾させて、目とドゥンケルの位置が少しでも近付くようにして。
ゴモリに影の塊が触れた。
影が触れた黒髪の一部が飲み込まれ、消失していく。
だが影はそれ以上ゴモリを飲みこむことはなく、動きを止めた。
「この距離なら通じたか…… ギリギリセーフだったね」
ゴモリが片手を軽く掲げてVサインをする。
ドゥンケルの体の、人間なら目に当たる部分が金色に輝いていた。




