ゴモリの能力
「君が…… 僕の、精霊?」
「そうですよー!」
ゴモリと名乗った少女はつぶらな瞳を活発そうに動かしている。すべすべのほっぺたは生クリームのように白く柔らかそうで、思わず撫でてみたくなる。
僕はゴモリを見ながら、今まで見てきた精霊や文献に載っていたあらゆる精霊を記憶から掘り起こしてみた。
村長の白虎、ヒアのフェアリ―、ゲーリングのガイスト。
人間の形をとった精霊なんて一体もいない。伝承にも人型の精霊なんて聞いたことがない。となると、この小さい子は誰だろうか?
「むー、ご主人様私のこと疑ってるー」
ゴモリと名乗った少女は生クリームみたいに白くて柔らかそうなほっぺたを丸く膨らませながら拗ねる。
「ごめん、でも人型の精霊なんて聞いたことないからさ」
「何事にも初めてはあるよー。そして初めては大切なんだよ」
初めてって連呼しないでほしい。というか、このままだと議論がいつまでたっても平行線だ。
というか二人で横になりながらする会話じゃないよね、これ。
「じゃー私がご主人様のモノだって証拠を見せるよー。私の体のどこでも良いから触れて見て、ご主人様」
そう言われて僕は取り敢えず手を握った。
ヘタレと言うなかれ。というかヒアと昨日キスしたばかりなのに他の子に手を出すとか鬼畜すぎる。
握った手からゴモリの魔力が流れ込んでくる。普通の少女がこんな魔力を持っているはずがないし、ただ者じゃないのは間違いなさそうだ。どんな感じの魔力だろうかと、僕は神経を研ぎ澄ませる。
詳細を感じ取った時、僕は驚愕の念を禁じえなかった。
「君は…… 本当に?」
「さっきからそう言ってるじゃないー」
ゴモリはますます拗ねてしまったが僕はそれどころじゃない。精霊は自身の魔力と精霊使いの魔力が混じりあうことでこの世界で形あるものとして生きることができる。精霊使いが生を終えるとき、精霊もまたこの世での生を終えて元の世界に帰る。
ゴモリの魔力は、半分が僕の魔力だった。つまり間違いなく僕が召喚した精霊だ。
僕は思わず天を仰いで拳を突き上げてしまった。
やった。これまでの努力がやっと報われたんだ。
天にも昇る心地って、こういうのを言うんだろう。胸の奥から気持ちいいがあふれ出てきて、止められない。どこまででも走っていきたくなるような、踊りだしたくなるような、そんな気持ちだ。
でも興奮が冷めてくると、いくつか疑問がわいてきた。
「君が僕の精霊なら、なんで村の召喚の儀式の際に出てこなかったの?」
そうすれば、その場でみんなを見返すこともできたし、村を追い出されることもなかった。
「召喚は成功していたよー? でもあの村、ご主人様に悪口言う人ばっかりだったんだもん。だから一時的に、精霊の世界でご主人様が外に出るのを待ってたんだー」
そこまで言い終わると突然、ゴモリがきょろきょろとあたりを見回した。
「どうしたの?」
「なんだか誰かに見られてる気がしてー、でも気のせいだったみたい!」
「わかった。でもとりあえず、何かを着てくれないかな?」
「はーいっ! クライト(Kleid)!」
ゴモリの体が光る粒子に包まれ、それがゆっくりと衣装に変わっていく。
麻でも毛皮でもない光沢のある生地に、見たこともない花の模様があしらわれ、胸の前で斜めに交差させる形の襟元。下はゆったりとしている長いスカートだが、縦に独特の線が何本か刻まれている。
全体的に露出は少ないのだけどうなじから首元にかけてのラインが色っぽい。
さらにデコルテラインが結構きわどいので胸の谷間が襟元からちらちらと見える。
「その衣装は? 精霊の国の衣装?」
「はるか東の島国の衣装だよー。『キモノ』『ハカマ』っていうの。気にいったから普段着にしてるんだー」
ゴモリが服を整え終わった所で、僕は改めて聞いた。
「ところでゴモリ、君の能力を教えてくれない? 火や風を起こせたりする? それとも物体を通り抜けたりできるとか?」
やっと召喚に成功した精霊だ。それに召喚時に感じたあの莫大な魔力の奔流、きっとガイストやフェアリーみたいなすごい精霊なんだろう。
ゴモリを従えて村へ戻れば、きっと僕をバカにした奴らの鼻をあかせるだろう。ヒアもきっと喜んでくれるだろう。
今からその時の情景を想像して、胸が高鳴る。
でもゴモリの返答は、僕の予想とはだいぶ違っていた。
「私は火も風も起こせないし、物体も通り抜けられないよ? そもそも物体に干渉するのは得意じゃないし。武器はこの拳くらいだねえ」
そう言いながらゴモリはシュッシュと空に向かってパンチを繰り出して見せる。中々キレのあるパンチだ。拳が空気を切る音がする。
「ものすごいパワーやスピードがあるとかは?」
「精霊としては強くも弱くもないっていう程度かな? 白い道着を着た格闘家みたいに板とか自然石を割ったりするのは無理―」
僕はorzのポーズをとりたくなった。
いやはやどーしてこうなった。
レアかと思ったらコモン以下か!
それに、ゴモリはとても精霊には見えない。ゴモリを従えて帰った所で幼女誘拐の嫌疑をかけられるのがオチだろう。そうなれば落ちこぼれからペドフィリアになる。魔力が自分のものかわかるのは召喚した本人だけだから、他の精霊使いにゴモリが僕の精霊だと証明することもできない。能力を見せれば別だけど彼女には目立った能力がないらしいし、それもできない。
やっぱり村には帰れそうにない。
それにヒア以外の村人と会いたくもないし、かえって好都合だったのかもしれない。
そこまで考えた時、森の茂みが風もないのに音を立てた。
そこには、狼を一回り大きくして目が赤く光っている、狼のティーア(Tier)、ヴォルフ(Wolf)がいた。
獣や蟲などの動物が森や湖、海など自然の魔力を浴びて変化したのをティーア(Tier)と呼ぶ。ティーアはしばしば人を襲い、駆除のために軍や傭兵、腕に覚えのある冒険者が狩りだされることも珍しくはない。
「さがってて」
僕はゴモリにそう言って、腰に差しておいた鉈とナイフを抜いて構える。山を歩くときに必需品である二振りが、いつしか僕の武器になっていた。
精霊が召喚できなかったので、それ以外のことで村の役に立って少しでも白い目で見られることを少なくしたいと必死に努力した。
それでも結局は白い目で見られることの方が多かったけど。
「私もたたかうよー」
ゴモリは拳を構えてファイティングポーズをとった。
ゴモリみたいに見た目が小さい女の子を戦わせるのは気が進まないけれど、実際に戦っているところを見れば何かが掴めるかもしれない。狼のティーアは村近くの山を歩いているときに何度も戦ったことがあるから慣れているし、いざとなれば僕がゴモリを守ればいい。
ヴォルフは背中を反らせてバネを作り、大きく跳躍して跳びかかってきた。その速度も力も通常の狼とは比較にならない。
僕はかわそうと思ったが足場が悪くてかわしきれず、鉈とナイフを交差させて突進を受け止めた。
ヴォルフの牙と僕の持つ刃がぶつかり合って鋭い音を立てる。ヴォルフはそれでもひるまずに鉈に牙を食いこませてくる。
すかさず下からヴォルフに蹴りを入れるが、ヴォルフは空中で体勢を変えて衝撃を吸収し、柔らかく地面に着地する。
ダメージはほとんどないようだ。
僕は地面を蹴って素早く距離を詰め、鉈で上段からの一撃を浴びせようとする。
狙うはヴォルフの頭。
だがヴォルフは横に跳んで鉈の一撃をかわすと、爪を立てて僕の懐へ潜り込もうとした。このままでは爪で脇腹をえぐられるだろう。
「ふんっ!」
だが僕はもう片方の手に持ったナイフで懐に潜り込んできたヴォルフにカウンターの一撃を喰らわせる。ナイフは鉈よりも小回りが利くので間合いが近付いたときの攻防で非常に役に立つ。
ナイフはヴォルフの肩を浅く貫き、灰色の毛皮が赤く染まった。片脚でけんけんするような動きになり、動作が大分鈍る。
これなら次の攻撃で片づけられるだろう。
そう思ったのがいけなかったのだろうか、ヴォルフは狙いを変えてゴモリの方に襲いかかってきた。
ゴモリは不意を突かれたのか攻撃する様子も回避する様子も見せない。
「危ない!」
だがヴォルフの牙があと一歩でゴモリに届く、その地点で異常は起きた。
ゴモリの目が一瞬金色に輝いたかと思うと、ヴォルフがその動きを止めたのだ。
顎も動かず、爪も動かず、力が入らなくなったかのようにその場に座り込んでしまう。
「ご主人様、何してるの? 早くやっちゃってー」
ゴモリの声にはっと気がついた僕は、ヴォルフの頭に鉈を振り下ろしてとどめを刺した。
頭に鉈がめり込むように入っていくが骨を砕いて血が飛び散ることもなく、光の粒となって消えていく。後には毛皮と牙だけが残った。
獣などの動物と違い、ティーアは死んでも死体を残さずに素材として使える部分だけを残して消滅する。原因ははっきりとはしていないが、肉体よりも思念体としての割合が大きいからと言われている。と言っても肉体の部分がゼロというわけではないので物理攻撃も可能だし毛皮などのアイテムをドロップするのだ。
「ほら、ご主人様。せっかくドロップしたんだし、ゲットしよーよ」
僕は慌ててザックにヴォルフの毛皮と牙を詰めた。これでいくらかはまとまったお金になるだろう。
ティーアのアイテムは一般の獣から取れるものよりも品質が良いことが多い。
「ゴモリ、さっきのは?」
ヴォルフが動きを止めたことからすると、麻痺の力だろうか?
「私の能力。でもお腹すいちゃった! ご主人様、町まで急ごーよ。着いたら話してあげる」




