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07 第二次対仏大同盟

 ナポレオンは霧月(ブリュメール)十八日のクーデターでうまく立ち回り、シエイエスを押しのけ、新生フランス――統領政府の第一統領となった。


「今こそ、第二次対仏大同盟を突き崩す」


 クーデターの首謀者、シエイエスを出し抜いて第一統領となったこともあり、ナポレオンはみずからの支配体制を確立するためにも、軍事的成功を欲していた。

 かつ、そのナポレオン自身がエジプト・シリアにいたため、好機と見たオーストリアやイギリスなどの諸外国が結成した第二次対仏大同盟――これある限り、フランスは常に脅威にさらされる。


「ゆえにこそ、征く」


 例の芝居がかった動作と言葉で、ナポレオンは三万七千の軍を興した。

 その行き先は、イタリアである。


「アルプスを越えよ!」


 後世――ナポレオンの画(え)としてもっとも有名なもののひとつ、「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」で描かれる遠征がこれである。

 画の題(タイトル)にあるとおり、グラン・サン・ベルナールというアルプス山脈の峠を越えて、北イタリアに出た。

 この時、オーストリア軍はジェノヴァに籠もるフランス軍を包囲している最中であったため、ナポレオンに後背を衝かれるかたちになった。


「この隙にミラノとパヴィアを押さえよ」


 この時、ジェノヴァに籠もっていたのはアンドレ・マッセナで、ナポレオン麾下でも名将として名を馳せた男である。

 そのマッセナなら、「まだ耐えられる」と踏んで、ナポレオンはオーストリア軍の後背――ミラノとパヴィアを占領した。同時に、ジェノヴァを包囲するオーストリア軍にプレッシャーを与え、その包囲をやめさせる作戦である。

 しかし。


「マッセナが降伏した?」


 ここでマッセナが降伏してしまい、オーストリア軍はトリノへと集結した。

 この時、オーストリア軍を率いる将軍は、ミヒャエル・フォン・メラスという。

 メラスはこのままではオーストリアへ帰ることができないと判じ、東へ進んで蠢動するナポレオンを撃破し、そのままオーストリアへと戻ることにした。


「全軍、オーストリアに帰りたければ東へ進むぞ。ボナパルトと会えば、戦う!」


 かくしてオーストリア軍はトリノから東へ進み、アレッサンドリアという都市にまで進出した。

 ところがナポレオンはそれを知らず、オーストリア軍がまだトリノにいるものと思っていた。

 そのため、ミラノとパヴィアを押さえつつ、アレッサンドリアをも押さえ、徐々に、確実にトリノに至ろうと考えていた。


「アレッサンドリアを取る。一万四千の兵を残し、二万三千の兵を連れて進む。クロード・ヴィクトール=ペランは先鋒を務めよ。とりあえず、アレッサンドリアの南東にある、マレンゴまで出ろ。私も後を追う」


 クロード・ヴィクトール=ペランは、ナポレオンが革命戦争で最初に名を上げた、トゥーロン攻囲戦で抜群の働きを見せ、師団長に昇進した男で、あだ名は「華麗なる太陽」である。

 ただし、細かいことを気にしない為人(ひととなり)で、ナポレオンから嫌われていた。

 だが、こと軍事となると話は別で、ここで先鋒を任せたことから、それがわかる。


 ……かくして、一八〇〇年六月十四日早朝、クロード・ヴィクトール=ペランの部隊を捕捉したオーストリア軍は全軍をもってマレンゴに進出し、午前九時に総攻撃をかけた。

 世にいう、マレンゴの戦いの始まりである。


*


「しまった、見誤ったか」


 とは言わなかったが、オーストリアのこの攻勢に、ナポレオンはオーストリアはトリノではなく、ここマレンゴに来ていることを悟った。

 帰ることを目指しているからこそ、このように大胆に、苛烈な攻撃ができる。

 いわゆる国民軍としてのあり方のひとつであり、やはり国民軍であるフランス軍を率いるナポレオンにも、それがわかった。


「だが手をつかねているわけにもいかぬ。ランヌとミュラを先行させろ。私も出る」


 防御力のランヌと攻撃力のミュラ。

 この二人に行かせれば大丈夫、というナポレオン麾下の金看板である。


「しかし、これでは足りない」


 ナポレオンはその出動を遅らせた。

 遅らせてでも、今、どこで何をしているかを確認したい男がいたからだ。


「ドゼーはどこだ!?」


 エジプト遠征軍はまだエジプトにいる。

 だが、ナポレオンは第一執政となって、まず出した命令がある。

 ただ単に「帰れ」と言っただけでは、あの公正を絵にかいたような男は帰るまい。

 だから敢えて命令を出した。


「ドゼー師団長は疾くイタリア遠征に参加せよ」


 と。

 ドゼーはその口元を不機嫌そうにゆがませながら、イタリアに来た。

 ナポレオンはうれしそうに肩をたたいたりしたが、終始その口を開くことはなく、最後に二個歩兵師団の指揮を任されたときにだけ、「わかった(ウイ)」と答えた。

 だが、ナポレオンにとっては、その「わかった(ウイ)」だけで満足だった。


「あの男がわかった(ウイ)と言ってくれた。それだけで、価値がある」


 ナポレオンは参謀将校にドゼーへの命令書を託し、それから、午前十一時に戦場へと至った。

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