04 ピラミッドの戦い
「兵士諸君! あの遺跡の頂から、四千年の歴史が、諸君を見下ろしている!」
一七九八年七月二十一日。
ナポレオン・ボナパルト率いる五万のエジプト遠征軍は、七月三日にエジプトのアブキール湾から上陸し、二十一日には当時のエジプトを支配するマムルークたちの首府カイロまで迫っていた。
遥か十五キロメートル先にかろうじてピラミッドを見ることができる場所だったが、敢えてナポレオンはこの戦いに「ピラミッドの戦い」という名を付けた。
「……それもあの台詞を言いたいがためだな」
マムルークの攻撃を一身に受け止めるがごとく、ドゼー率いる師団はただひたすら受けつづけた。
攻撃と言っても、敵将ムラード・ベイが、逐次的に騎兵を繰り出してくるだけで、実はたいしたことはなかった。
「おのれ!」
顔を赤くして、ムラード・ベイがショールに着飾った自慢の騎兵を――近衛の騎兵を押し出す。
ドゼーはその首をわずかに傾けただけで、落ち着いて「撃て」と命じた。
師団長からの命令により、師団の将兵は、目の前のマムルーク騎兵たちを、あやまたずマスケット銃と大砲で撃った。
騎兵たちは続々と倒れ、そのショールが火薬で焼けるにおいが鼻に届くほどであった。
「よし! そのまま方陣を維持!」
……この時、フランス軍が採っていた陣形こそ、まさに方陣――密集して四角形を形成した陣形であり、そこへ突撃するマムルークの騎兵に対して、フランス軍は容赦なく集中砲火を浴びせた。
「見事だ、ドゼー」
「ボナパルト」
遠征軍司令官ナポレオン・ボナパルトは、勝負は決したと判じたのか、最前線の師団を指揮するドゼーのところまで、葦毛の愛馬に乗ってやって来た。
「このエジプトは、イギリスとそのインドの植民地のいわば結節点。ゆえに、ここを押さえれば、イギリスは音を上げる」
「……ほんとうにそう思っているのか」
ドゼーはこの気宇壮大な司令官のことをいけ好かない奴だと思っているが、その才幹はほんものだと思っている。
だから聞いた。
このエジプト遠征を、本気で完遂するつもりなのか――と。
「……君にはかなわんな、ドゼー」
一方のボナパルトは、この黒い髪をした美丈夫を相当気に入っており、愛馬にドゼーと名づけようとしたぐらいだ(ドゼーの猛烈の反対にあって止められたが)。
そのボナパルトが、なれなれしくもドゼーの肩に手を置いた。
あからさまに厭そうな顔をしたドゼーだが、手をどかすことはなかった。
「察しが良くて助かる」
密談だからそうしたのだ、とナポレオンは言い訳がましく言った。
あるいは、エジプト遠征の目的を類推したことへの賛辞なのかもしれない。
「聖王ルイの御世ならいざ知らず、フランスの兵がいつまでもエジプトにいられるか」
ナポレオンはそう答えた。
ちなみに聖王ルイとはカペー朝のルイ九世のことで、第七回十字軍でエジプトに攻め入ったことで知られる。
ルイは弟のロベールをエジプト王に擬していたが、そのエジプトのマムルークの長・バイバルスによって撃退されている。
つまりは聖王に率いられた十字軍ですら、そうやってエジプトから逃走したのに、今のフランス軍にそれ以上ができるか、というナポレオンの皮肉めいた本心が透けて見えた。
「ではどうするのか、ボナパルト」
「それはだな」
肩にかけた手を外さず、さらに耳に口寄せて来る。
これではまるで、口説かれているようだ。
そう思うドゼーを憂うように、ナポレオンの愛馬の葦毛の馬がいなないた。
「なるべくこの中東にいて、頃合いを見て、パリに戻る」
勝っている最中に。
今、将兵が必死に戦っている最中に。
こんなことを言い出すナポレオン・ボナパルトはほんとうに酷い奴だ。
ドゼーはそう思ったが、なぜだが、耳に口寄せるナポレオンから離れずにいる。
それどころか、ならばその時エジプトは任せろと言い出す。
ドゼーはみずからの裡に、そのような反応を示す自分に気づき、硬直した。
「ドゼー」
まるで恋人にささやくようだ。
ドゼーはそう思った。
「そうしてもらえると、ありがたい」
くちづけするぐらい、さらにくちびるを近づけて言われた。
……ああ、自分はこの男に惚れているのだな、と思った。
*
ピラミッドの戦いはフランスの圧勝に終わったものの、その十日後、アブキール湾にいたフランス艦隊が、ホレーショ・ネルソン率いるイギリス艦隊に撃破される(ナイルの海戦)。
かくしてナポレオンらフランス陸軍は帰国への手段を断たれてしまう。
「かくなれば、しかたなし」
あいかわらず芝居がかった所作でナポレオンはそう述べた。
かれは陸路、ヤッファやアッコをめざすことにして、ドゼーにはエジプトを託すと宣言した。
かつてドゼー自身がそう言ったとおりに。
……しかし、そこからは泥沼だった。
ドゼーそれ自体は「正義のスルタン」と呼ばれるほど高潔、公正な治政に終始したが、かれ以外の将兵はそうではなかった。
文化の違うフランス人によるエジプト支配はうまくいかないことが多く、「解放者」と自称しているが、その実、エジプト人からすると「圧制者」だった。
ナポレオン自身も戦況が思わしくなく、何より艦隊を沈められてしまったことが大きい。
頃合いを見てパリへ帰還し、イギリスと外交的な決着をつけるという目論見が潰されてしまった。
「くさくさしても、仕方ない」
なおこの際、ナポレオンは、妻のジョゼフィーヌが情人と浮気をしており、それを咎めた手紙をネルソンに入手されてしまい、さらに新聞に晒し上げにされてしまった。
将兵からは怨嗟の、市民からは嘲弄の声を浴びるナポレオン。
だが、かれはあきらめなかった。
戦いつづけた。
……しかし、そんなナポレオンに対し、イギリスは「とどめ」を刺すことにした。




