第一章9『チーフの答え』
戦いの最中に戦うことを放棄して蹲っていたことを、ロンは昨日からずっと後悔していた。元々自分たちの戦いなのに、それをレックスに丸投げして自分は一時的といえど戦闘放棄。申し訳なさで胸が押しつぶされそうだった。
だからこそーー、
「この戦いは絶対に勝たなきゃいけない。じゃないと、オレは今度こそオレを保てない」
「……よく分からないが、オマエも苦労しているんだな」
片足で一回地面を蹴っただけ。それだけで、チーフは目にも止まらぬ速さで後ろへ下がり、気がつけばその距離は大きなものになっていた。その動きに警戒しても、まるで目で追えない。
「お前、速いな」
「まあ、オレの特技だからな」
「ーーっ!」
まずい、また来る。そんな予感がした時には既にチーフはそこにいて、鋼を振るう僅か刹那前であった。拳は間に合わないと悟り、とにかく深く考えずに上体を後ろに捻る。
刀が自分の上を通過したことを確認してから、ロンは拳に炎魔力を流して炎を纏う。相手は刀を振るった直後。だから、隙だらけだ。
「今度はオレの番だ。火拳!!」
ロンの炎を纏った拳はチーフの顔面に見事直撃ーー否、ロンがチーフだと思って殴ったのは、ただの空気だった。もうそこにチーフの姿はなかった。
上体を起こし前方を見ると、そこには刀を肩の上に乗せて立つチーフがいた。無論、その青瞳はロンだけを見つめている。
「今日は満月か。月が綺麗な日だな。オレたちにとったら最高の日だ」
「何言ってーー」
「つまり、ここでオマエらは負けるってことだ」
「っ!」
なんとなく来る気がして、ロンは咄嗟に体を横に投げ出した。そしてその判断が正解だったということを、後に知る。
先までロンがいた場所にあった空気は、チーフによって斬られていた。事実に息を呑むも、即座に状況を飲み込んでチーフへと殴りかかる。だがーー、
「火拳!! って、いない!?」
ロンが殴った場所には、もう誰もいなかった。ましてや、そこに誰かがいた後もない。まるで消滅してしまったような、そんな感じだ。
まさかと思い後ろを見ると、やはりそこにはチーフがいた。
「お前、いくらなんでもそりゃ速すぎるだろ。どんなカラクリを使ってんだ?」
「そうだな。強いて言えば、オレ自身がゾンビであるということを利用してる」
チーフがこちらを見たと思った瞬間、先までチーフがいた場所に砂埃が舞う。だが肝心のチーフの姿はそこにはない。だってそいつはーー、
「っ!」
もう既にロンの懐に潜り込み、刀を振るっていたのだから。
だがなぜか。ロンはなんとなくチーフがここに潜り込んでくることが予想できた。その証拠に、火花を散らしながら、振るわれた刀を拳で突いている。
「オマエ、反応できたのか? それも正確に」
「さあな。オレでも分からねえよ」
チーフが刀を振るってから、短くも長く感じられる一秒が経った時、チーフは砂埃だけを置いて、一瞬で大きく後ろへ下がって行った。
なぜ反応できたのか。自分に未来予知能力かあるわけでもなければ、あの瞬間を体験したのが二回目だってこともない。なぜだ?
「って、考える暇さえくれれば、どれだけ楽だろうな」
「当然だ。考える暇を与えるのは、敵に塩を送るのと同じ。オレは、そんな馬鹿なことをしない」
「そうかよ。ケチな野郎だ」
考えろ。一秒たりとも無駄にすな。脳を必死に動かせ。何があるはずだ。何もなしにこんな動きができるとは考えずらい。何かなかったか? チーフの言動の中に答えが。
無意識に答えを求めてチーフを見ると、奴は刀を頭上に高く掲げ、こちらに体を向け、そして右足を後ろにしてーー、
「瞬斬」
「はぁっ!」
迫るチーフの鋼に、炎を纏った拳が自然と伸びる。
「やはり、対応してきている」
「……オレが一番驚いてるぜ」
「ならば、これはどうだ」
チーフは大きく後ろに下がる。だがどういう意図か。その刀を鞘にしまった。それからロンの方向ではなく右を向き、
「瞬斬駆嵐!!」
文字通りその瞬間、チーフの体は大きく右に。かと思えば、今度は前に、左に、後ろに、斜めに……。次第にロンは、擬似瞬間移動を重ねるチーフがロンのことを取り囲むように走っているということに気がつく。
相手を鳥籠のように囲むチーフ。おそらくあいつのやろうとしていることはーー、
「オレのことを取り囲んで、隙を見つけ次第攻撃ってとこか。まずいな」
「オマエを倒してようやく、オレはオレの答えってやつを導き出せそうだ」
「ーーやっぱりな」
「なに?」
ロンはずっと気掛かりだった。チーフの力があれば、もう既にロンのことを倒せていたのではないかと。迷いを捨て全力で戦えば、ロン一人を倒すぐらい容易いのではないかと。
でもそうしない。それができるほど強くない可能性もあるが、その可能性は極めて低い。やはり、チーフは迷宮入りした答えに悩まされ、全力を出せていないのかもしれない。
「一つ聞くが、仮にオレを倒して答えを得たとして、それは本当にお前が掴み取った答えなのか?」
「ーーーー」
「戦いの結果に縋りついて答えを選ぶこと。それは結局、自分が見つけなきゃならない答えを他人に与えてもらうのと同じじゃないのか?」
ロンは、自分のことを本当に馬鹿だと思う。せっかくチーフが迷って弱体化していたというのに、それを敵である自分から直そうとしているのだ。下手しなくても自縄自縛になり得る行為だ。
ましてや、ロンは戦いを楽しむような武闘家でも、正々堂々勝負して熱くなれるような人間でもない。少なくとも、今はそうだ。
本当にどうかしてる。
「自分の答えぐらい、自分の意思で決めろ」
「それができないから、来る日も来る日もオレは、苦しんでんだろうがぁぁ!!」
凶暴な猛獣のような、しかしどこか泣き叫ぶ子供のようなチーフの叫びが、この村を超えて森中に響き渡る。
後ろから気配。ロンが振り返り、拳を放つ。殴ったのは何もない空気ではなく、今まさに振り下ろされそうだった刀だった。そしてその次に目に入ったのは、険しい表情をしたチーフの顔だ。
「オレは、どうすればいいんだよ……」
軽い。ロンが押し除けたチーフの刀は、あまりにも軽かった。刀そのものの話ではない。チーフが刀を握る力そのものの話だ。力が抜けていたのか? いずれにしてもチーフの手には何も握られていない。好機だ。
「火拳!!」
ーー悲しみに満ちたチーフの顔が、炎の拳に消し飛ばされた。
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倒した。最初に鉢合わせした時に確認したが、今のチーフは分身体ではなかった。となると、チーフは死んだのか?
「いや、そんなわけないよな。第一、そんな終わり方はオレが認めない」
ロンはその場でしばらく立ち尽くした。その間、ロンの頭はチーフのことでいっぱいになってしまった。ーーどうしてオレが敵であるチーフのことをそこまで……。ロンには不思議だった。
だがどれだけ時間が経っても、チーフらしき影は現れない。戦場であるはずの村を、突如として訪れた静寂が包み込んでいた。
それから少しの間ロンはその場に留まっていたが、それでもチーフの姿は一向に現れなかった。これ以上ここで留まるのはやめた方が良さそうだ。
今この瞬間も、教会のところで仲間がゾンビと戦っている。チーフを倒したのならば、ロンも急いでそこの援護に回らなければならない。
ロンは惜しみながらも北門前を後にし、教会へ走り去った。
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本当にまずいことになった。文字通り想定外の事態だ。
反撃保存の威力が大きすぎるあまり、発動した衝撃で剣が壊れ、そこに追い打ちをかけるように復活を遂げたゴストンがやってくる。どんな不幸だ。おまけにーー、
「炎! 炎! 炎!」
「なんであんな連射できんだよ!!」
レックスが知る焔の種類は二種類だけだ。一発威力の高いものを放つか、何発にも分けて威力の弱いものを連発するか。
そしてあろうことか、今ゴストンがやっているのはまさにその中間。そこそこ威力があるものを何発にも分けて、そこそこの頻度で放つ。聞くだけでは中途半端だと思ってしまうが、いざ実際見てみると非常に汎用性が高い技だーー、
「なんて呑気なこと言ってられねぇーーー!!」
今まさにいた場所が、後ろで炎によって燃やされているのが耳を伝って分かる。後ろを見ながら走るなどということはレックスにはできない。ただ当たらないように、できるだけ複雑な道を辿って逃げるのだ。
「逃すか!」
「剣さえあれば、少しは戦えるのによぉ!」
この木々が生い茂る森で複雑な道を辿って逃げるというのは至難の業だ。雷足を使っているとはいえ、正直この複雑な地形ではいつか限界が来る。
炎を連発して道を無理やり切り開きながら走ってくるゴストンから、小細工なしで逃げ切るのは無理だ。なんとかして撒く方法を探らなければ。例えば、新しい道を走るとか……。
「そんな道、どこにもねぇけどな!」
「さっさと諦めたらどうだ? 戦えぬキサマにもはや勝ち筋などない」
探せ。何か別の道を探せ。どれだけ頭にそう命令しても、肝心のそれは見つかりそうにない。
「この森でキサマが逃げ切るのは無理だろう。それに、ワレがただ炎を撃ってるだけだとは思うなよ?」
「何?」
「こういうこともできるのだ。フンッ!」
まさかと思い振り返ると、そこに走るゴストンの姿はなかった。
そういえば、先ゴストンがレックスを襲撃した時、ゴストンが現れたのは確かーー、
「いない……上か!!」
予想通り上を見ると、そこには炎を纏った足で地を蹴り空を蹴るゴストンの姿がーー空を蹴る!?
「なんでお前空飛んでんだよ!!」
「火足という技があるのだ。キサマの雷足と似たようなものだ」
「それで空飛ぶとかおかしいだろ!」
「まあ今夜は月が綺麗だからな。ワレらゾンビにとってはーーいや、やはりやめておこう」
仮に火足が雷足と同等の技だとするならば、レックスのアドバンテージはもうアドバンテージではなくなる。それに加えて空を飛べるとなれば、レックスには全く勝ち目がない。
「はっ!」
上から迫る炎の拳がどこに落ちるかを見極め、その拳がレックスに落ちる直前にレックスは横に避けた。
「今のうちに!」
「逃すか!」
幸運と言うべきか。拳を地面に叩きつけたゴストンには僅かながら隙ができた。この先に距離を稼がなければ。だがこの炎に包まれた森で、どうやってもっと距離を離すのだ。
その上、ゴストンはレックスの雷足よりも強力な火足を使える。仮に雷足で距離を離したとして、ゴストンがまた追いかけてきた時にはまた追いつかれるのではないかーー、
「って、それならなんであの時ゴストンは普通に走ってたんだ?」
先レックスは見た。ゴストンが火足を使わずに走っていたところを。なぜ普通に走っていたんだ? おそらく消費する体力が少ない技のはずだから、体力を温存するためとは考えにくい。
「もしかしてゴストンは火足を連発できないのか?」
レックスの考えはこうだ。ゴストンの火足は雷足よりも強力だが、その分一回発動するごとに時間を置かなければならない。それならば、火足をなかなか使わないゴストンの行動にも説明がつく。
仮にそうだとしよう。その場合、レックスは滞りなく雷足を使えればゴストンか逃げることができるのだが、この複雑な地形では難しい。どこか、別の道があればいいのだが。
「このまま逃げ続けるしかねぇな」
先の戦いで、少しだが両足を痛めている。あまり長時間雷足で逃げ回ることは厳しいだろう。早めに撒かなければならない。
「どうやって逃げれば……」
「炎!」
「って、また来る」
なるべく複雑な動き。それを頭に叩き込んだ上で、レックスは再び炎の追撃を避ける、避ける、避ける。
ここまで一発も被弾していないのは奇跡に内心驚きつつも、やはりこのまま何も状況が変わらなければ必然的にやられるという事実に緊張が走る。
ーー誰か、助けてくれ。
「ロン! 助けてくれーー!!」
静寂と荒ぶる炎が包み込む森に、レックスの叫びが響き渡る。ーーしかし、その声に応える者は誰もいなかった。
「打つ手がなくなれば、次は仲間に助けを求めるか。見るに耐えないな」
憎しみを込めてゴストンの方を見ると、奴はその場に立ち止まり両手の先に炎魔力を集中させていてーー、
「やべぇ……でかいのが来る!」
「もう遅いわ! 炎!!」
間に合わない。そう思った時にはレックスの目と鼻の先を猛烈な赤の爆炎が支配し、避けきれないレックスの体を焼き尽くしーー、
「ーーーー」
突如視界が横行した。
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誰かに体を掴まれ、そのまま横の茂みに投げ飛ばされた。だけど一体誰が?
「痛ってぇ……けど助かった。誰だか分かんねぇけどありがとう」
「ーーーー」
レックスは顔についた葉っぱを手でどかして、助けてくれた人物の顔を見ようとする。だが、その人物は顔全体を黒い布で覆っていて、どんな顔をしているか分からなかった。加えてこの夜の森では、視界も悪い。
「あっ、でも今ここにはゴストンっていうやべぇ奴がいて危ないから逃げろ!」
「オマエは本当にーー」
突如首に強い衝撃が走り、ただでさえ夜で暗かった視界が暗転を重ねる。やがてレックスの世界から音が消え、視界が黒く染まり……。
「レックス! 目が覚めたのか」
「あ、あぁ……」
目の前には、赤い瞳にレックス自身を映す赤髪の少年の姿があった。
第一章の前半戦終了!!




