第一章8『反撃の一撃』
どこを見ても満面の星空。それはまるで、星々がこの戦いーー否、それだけでない。この世界の成り行きを神の如く観察しているようだった。
「それじゃあ行ってくる。村を頼んだ!」
「おうよ。レックスも気をつけて行ってこいよ! 村はオレたちに任せておけ」
レックスなロンとグータッチを交わし、北門を通って暗闇が支配するシェイク大森林へと入った。
森に入って五分ほど経った頃だろうか。それとも十分ほどだろうか。詳しくは分からないが、レックスは一切足止めをくらうとなく森を走っていた。
意外にも魔獣の姿はなく、そこには木々のざわめきと静けさだけが残されていた。それが逆に不安を煽っているようで、レックスにはとても居心地の良いものだとは思えなかった。
「とにかく先を急がなきゃな」
ゾンビの洞窟までの道は覚えている。それを辿るだけだ。奇襲してくる魔獣やゾンビにさえ気をつけていれば、それほど危険な道のりではないーー、
「っ、来る!」
一瞬、森の空気が変わった気がした。何か巨大なものがこちらへ迫る感覚、それがレックスの体を取り巻いたような、そんな気がした。
咄嗟に走るのをやめて後ろへ下がり、腰の剣を抜く。だが前後左右どこを見渡してもそれらしい姿は見当たらない。ーー上か!
「そっちから、現れてくれるのかよ……っ!」
「こちらで戦う方が、キサマにとっては不利であろう」
「確かに、な!」
敵の来る方向が気がついた頃には、レックスは剣を上に振りかざしていた。振りかざした剣は空中で炎とぶつかり合い、火花を散らしながら衝突し合う。
ロン以外の炎。その正体は、もう一つしかなかろう。
「昨日ぶりだな。ゴストン」
「フンッ。やはり来るのはキサマの方か」
友人同士の再会のような言葉を交わすも、当然両者の言葉には明確な敵意が込められている。確かな決意を刻み込んだ互いの瞳は、その姿を写し合っていた。心臓の鼓動がより早くなり、鼓膜を震わしているのを感じる。
やがてゴストンは地面に降り、再びその拳に炎を纏い直した。
「それでは始めようか。今日からワレは本気でやらせてもらうぞ」
「んなこと当たり前だろ。もちろん、俺もだ」
昨日は使う場面がなかったから使わなかったが、今日ならば使える。レックスの本気技をーー必殺技をゴストンに身をもって体験してもらう時だ。
「ーー対象登録完了。保存開始!!」
「……なんだ。なにをした?」
「何にもしてねぇよ。今んところはな」
「フンッ、まあいい。それも叩き潰せば分かることだ」
そう言うと同時に、ゴストンは炎を纏った拳を射程範囲内にいるレックスへと真っ直ぐ振りかざした。放たれた炎の一撃に対し、レックスは避けるーーことはせず、手に持っている剣でその拳を受け止める。
その次も、その次も、次も、次も、次も、次も、次も、レックスは迫り来るそれを一発たりとも避けることなく剣で防ぐ。
「どうした。一向に反撃をしてこないではないか。防いでいるだけではワレには勝てぬぞ? それとも、これもその妙な技に関係するとでも言うのか?」
「さあな。自分で考えろ」
もちろんゴストンの言う通り、ただ何もできず押されているわけではない。着々と準備は整ってきている。はずだ。
「そうか。なら死ね!」
ゴストンの拳の雨が止まったかと思いきや、今度は両拳を上から振りかざす。レックスは右手の剣を頭上へ掲げ、左手を添えてその思い一撃を受け止めた。
重い一撃の衝撃が、剣を伝い腕を伝い、やがて骨を伝って全身に響くのを感じる。あまりの衝撃に、レックスの足が地面に少し食い込んだ。
「何度も言わせんな! 俺は、死なねぇ!!」
少しでも気を緩めればあっという間にやられてしまいそうなその一撃を、レックスは気合いの叫びと共に押し返す。それから後ろへ雷足で下がり、大きく距離をとった。
「フンッ。なかなかやるではないか」
「当たり前だ。こんなところで負けてられねぇからな」
「ーーワレの勘違いかもしれぬが、その言い種だとまるでキサマにはワレを倒すことよりも大きな目標があるように聞こえるな」
「あぁ、間違ってねぇぜ。俺の旅の目標は、魔王を倒すこと。そーー」
「何を言うかと思えば、そんなくだらない妄想か。はっきり教えてやろう。キサマでは魔王を倒すことはおろか、このワレを倒すことすらも叶わぬわ。そんな目標、死ぬ前にさっさと捨ててしまえ」
高笑いしてレックスを嗤うゴストンに、「そんなこと」と言葉を綴り、
「お前が勝手に決めんな。誰が何を言おうと俺は俺の夢を果たすために戦うし、そのためならなんだってーーこの命だって捧げる。俺はその覚悟でやってんだ。だから、お前が勝手に決めんな!」
「せっかく助言してやったというのに。まあいい。どの道キサマはここで死ぬのだから」
「どうだかな。俺は死なねぇし、それがお前ってこともあり得る。復活の原理がどうであれ、俺がお前を倒すのは変わらねぇよ」
さっきロンに教えてもらった魔力を可視化する技。危く忘れるところだった。倒す前に、これが魔力によって作られた分身体かということを調べなければならない。
瞳に魔力を送るイメージを頭の中で想像して刻み込み、呼吸を整える。ーーレックスの視界に映る限り、魔力の反応は一切ない。ということは、
「分身体……じゃねぇ。ってことは、お前は本物か」
「ん。キサマ何を言ってーー」
これが偽物なら使う価値はなかった。だがこれが本物なら、今レックスができる全身全霊超全力をぶつける価値がある。なにせそれでゴストンを倒せるかも知れないのだから。
正直何回やっても慣れないし怖い。どんな痛みが襲ってくるか予想はできても、やはり外れることがある。その場合、レックスは確実にこの場で死ぬ。ある種の賭けだ。
「ーー解放!!」
発動したら最後、生きるか死ぬかの二択となる。それを選べるのはレックスであり、しかしそれを選べないのもレックス。言うならば、諸刃の剣というやつだーー、
「くっ、ああああぁぁぁぁぁ!!!」
ーー痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
体中を焼けるような痛みが伝う。無傷だった体は次々と傷つき、その心は逃げ場のない痛みに悶え苦しむ。
何の前触れなくやってくる痛みの感覚は泊まることを知らず。レックスの足を、腰を、腕を、手を、頭を、下手したら体の内部さえも含めた体中の全てを凌駕する。
心の臓が早くなるのを身をもって感じる。痛みに邪魔され思考が鈍って回らない。いっそ死んでしまった方が楽なのではというつまらない考えを、体の本能が何度も叫ぶ。それでもーー、
「俺は、負け、ねぇ……!!」
「先から何をしているのだ? これがお前の全力というやつか? 滑稽な技だ」
立ち上がれ、立ち上がれ、立ち上がれ! これぐらいの痛みに屈していては、レックスはダメだ。あのゾンビをぶった斬ると決めたのだから。だからーー、
「はぁぁぁぁああーーーっ!! 俺はまだ、立てるぞ!」
まだ立ち上がれるのなら、剣を握れるのなら立って、そして戦え。それがジュリアス•レックスが『ジュリアス•レックスに』与える命令であり、そして約束だから。
一瞬、空間が歪んだ気がした。ーーその途端、レックスの剣が眩く青白い光に包まれた。その光景にはゴストンも驚きを隠せず、
「キサマ、それはなんだ?」
「これは俺の全力ーーていうか、どっちかというとお前の全力だ」
「……なるほど。キサマのそれは、相手の攻撃をそのまま力にして返す技。つまりカウンター攻撃というわけか」
ご名答だ、ゴストン。
この力の源は、レックスがこの戦いで剣を使って受け止め防いで保存したゴストンの攻撃である。ーー保存を終え、発動した途端にその半分のダメージを自分が負ってしまうのは最大の弱点であるが。
だがいずれにしても、レックスは耐えた。耐えて、そして今その全力を放てる。
生憎ゴストンまでの距離を大きくとったせいで、攻撃の範囲内まで詰めなければならい。そして詰め寄る間にゴストンが何もしないはずがない。
だが剣に何かの衝撃を与えれば、攻撃は放たれレックスの努力は全て水の泡となる。それこそ魔法などに当ててみろ。レックスには抗う術など一つも残らない。
「全部避けなきゃいけねぇのか。まぁやるしかねぇな……」
「キサマのその攻撃、少しでも衝撃を与えれば壊せそうだな」
げっ、バレた。勘が鋭すぎるだろ!
「そうと分かれば、やることは単純だ」
「な、何をする気だ!」
「こうする」
魔力がゴストンの手あたりに流れるのが、一瞬見えた気がした。それもそのはず。ゴストンの両手からは赤色の炎魔力が放たれ、それらは一箇所に集中させられていた。やがてそれは、一つの球体となる。
この構え。間違いない。焔だ。しかし、あの魔法をこの距離でレックスに防がせるというのは無理ではないかーー、
「って、そういうことかよ……」
ゴストンが行ったのはその火の玉を放つことでもなく、それを拳に纏うわけでもない。生み出された火の玉。それは、ゴストンの右手の中でボールのように握られていた。
「一発でもキサマの剣に攻撃を当てれば良いのだろう? ならば簡単なことだ」
あの攻撃方法を、レックスは知っている。あれは一発の強力な炎を放つ焔ではなく、あまり威力のない炎を何に発も分けて放つ焔だ。
普通ならそれを使うことはほとんどなく、使うとしても広範囲に炎を撒き散らしたい時だけだ。だが今回はそれがレックスにとって一番厄介な攻撃となる。
一発でも剣に当たればたちまち貯めたダメージは解放され、ゴストンに対しての決定打がなくなる。つまり、レックスがやらなければいけないことは、
「雨みたいに飛んでくる攻撃を剣を使わずに避けまくって、ゴストンのとこまで辿り着く。めっちゃ難しいじゃねぇか!」
「キサマはここで終わりよ。諦めてその首を差し出すのが賢明な判断だ」
多少なら被弾してもいいが、流石に全弾被弾して突撃というのは無理な話だ。いくら一発の威力が低くなったとはいえ、腐っても魔法攻撃。できれば、被弾は三発以内に抑えたいところだ。
幸い、レックスには雷足という技がある。その速度を用いれば、迫りくる炎の雨を避けることも可能だろう。
「行くぞ!!」
「愚かな選択だ。炎!!」
ゴストンの右手から、数えきれないほどの炎の雨が放たれる。
だがよく集中して見れば、炎同士に人が通れるような隙間があるのが見える。ーーまるで、そこを通れば安全だという道のように。
左を通って、まっすぐ走り、その次は右でその次は左。くそっ、一発当たった。熱い! これを何発もくらえば、流石にまずいというのが身に沁みて分かる。
左、右、左、左、まっすぐ、右、まっすぐ、左、左、左、右、まっすぐ、からの超高く上! ……しまった、つい飛びすぎた。
「やべっ、飛びすぎた……」
「ーー! キサマ、もしや見えているのか!? 道が」
そこらじゅうに生えている高い木々よりも高い空中に飛び出して下を見ると、そこには今だに誰もいない場所に炎を放つゴストンが見えた。レックスの速度に反応しきれていないのだろう。ちょうど今、ゴストンが上に向けて手を動かしているところだ。だがもう遅い。
「はっ!」
空中で体を捻ってゴストンの方へ向き、雷を纏った足で空気を蹴る。その瞬間、レックスの体は弓から放たれた矢の如く飛び出し、目にも負えぬ速度で落下していく。
普通に落ちれば十秒ほどのところを、レックスは五秒で落ちる。それすなわち、空中で炎に被弾する確率を下げることとなる。
下でゴストンの右手からまたもや無数の炎が放たれているのが見える。先は地上で避け、今度は空で避ける。難易度は高くなる一方だ。
右、右、左、前、前、後ろ、右、前、前、後ろ、後ろ、前右、熱い! 後ろ左、直進!!
全て避け切りレックスは地面、それもゴストンの目の前で見事に着地した。
「キサマ、もうここにーー」
「くらえゴストン。これが俺の全力必殺技! 反撃保存ーーー!!」
ーー眩い光を灯すレックスの剣がゴストンに触れた瞬間、全てを覆い尽くすような青の豪光と、鼓膜を震わす爆音。そして全てを破壊し尽くすような暴波を生んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
レックスは大丈夫だろうか。そんな心配事が脳裏を横切った時、暗闇の森の奥から茂みがざわめく音がした。
落ち葉を踏む音がどんどん近づいていき、それはやがて姿を現した。
月光に照らされその容姿が見えるようになると、まず最初に分かったのは、それが青い瞳を持った男だということだった。そしてその次に、ニンゲンとは異なる緑色の肌、やがてその腰に刀を差していることも分かった。ーーゾルト•チーフの登場というわけだ。
「よりによってお前の方が来るのかよ。チーフ」
「ーーオレのやってることは正しいのか?」
投げかけられた疑問に、ロンは唖然とする。そういえば、ブモンからチーフが迷っているような感じのことを言っていたと聞いた気がする。
「お前が何をしたくてこんなことをしてるのかは知らないが、一旦考え直してみたらどうだ?」
「何度も何度も、来る日も来る日も待ったさ。それでも結局、答えってやつはやって来てくれなかったさ」
「そうか。それは気の毒だな」
一言一言に緊張が走る。ーーいつ攻撃を仕掛けてくるかわからないからだ。少しでも反応が遅れれば、ロンの体はたちまち切り裂かれることとなろう。
「一ついいことを教えてやるよ。多分、お前にとって一番ためになるいいことをだ」
「……聞こう」
「答えってのは待つものじゃない。自分から掴み取るものだ。だから、いくら待ってたってお前の望む答えってやつはやって来てくれないぜ」
場に長い沈黙が流れる。警戒心をより一層強めた。
「自分から掴み取るもの、か。あのじいさんと似たようなことを言うのだな」
もしかすると本当に戦わなくても良くなるのでは、と少し期待するも虚しく、チーフの手は腰の刀に伸びていた。
「瞬斬」
「ーーっ!」
その時、ロンが生きてきてこれまで見たことがないような速度でチーフは動き、刀を振るっていた。
それにいち早く気づけたのは必然か、それとも偶然か。ロンは斬られる直前に迫る刀にむけて拳を放っていた。自分でも反応できたことに驚く。おそらく反射的反応というやつだ。
だかもし次にこの攻撃をされれば、今度こそ防げる自信はない。
「助言には感謝する。が、ここでオマエを始末する。それがオレのすべきことだ」
「ーーっ」
拳で防いでいる刀の感覚に恐怖を覚えつつも、ロンは再びチーフと戦うことを決意した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
崩れゆく巨軀を前に、剣を鞘に収めたレックスはただ立ち尽くしていた。
「倒した、のか?」
手応えはある。レックスの全力がゴストンに命中したのを、この目で見たのだから。しかしそれと同時に、昨日のこともあってレックスの警戒心は今だに解けていなかった。
もしロンの仮説が正しくて、昨日のゾンビが全て分身体だったのなら、ゴストンは確実に死んだ。ーーしかし、本当に倒し切ったのか。昔レックスのじいちゃんに、戦闘において希望的観測はよせ、と何度も言われたこともあり、その疑念はより一層解けないーー、
「ーー今の技、なかなか見事だったぞ」
鼓膜に共鳴するように心臓が震える。恐怖ではない。絶望だ。
その声を今聞くことがおかしい。ありえない話だ。それは、確実にレックスが殺した相手の声だ。なのに、
「なんで……なんでお前が生きてるんだよ! ゴストン!!」
そこにいたのは、鬼のような角に大きな巨体を持つゾンビ。見間違えるはずがない。そこにいるのは今まさに灰となって消え去ったはずのゴストン本人だ。
「何でも答えを求めるな、と言いたいところだが、無理もないだろうな。せいぜい死ぬまで考えるがいい」
まずい。ゴストンの両腕に魔力が流れ始めている。魔法が放たれる兆しだ。
全身は傷つき、決して万全の状態とはいえないが、ここで逃げては勝気などそもそもない。たとえ無謀でも挑むしかーー、
「って、嘘だろ!?」
剣が再び鞘抜かれると、あろうことか刃は全て崩れ落ち、それはもう剣としての役割など到底果たせるものではなかった。言うなれば、それはただの刃のない棒でしかない。これでは戦うどころの話ではない。
『戦わず村に逃げてくれ』
ロンの言葉が脳裏を掠め、『撤退』という選択肢がレックスに突きつけられる。
「なかなか楽しめたぞ。ニンゲン。炎!」
「くっっそぉぉぉ!!」
ーー迫り来る炎を避け、レックスは森の奥への撤退を強いられた。




