第一章7『二日目作戦会議』
「あれから少し考えてみたんだが、ゾンビは影分身を作ってオレたちに戦わせていたんじゃないか?」
教会の長椅子で目を覚ましロンの作った美味しい朝食を食べ、少しくつろいでいたところにロンが話しかけてきた。
ロンの朝の様子を見るに、昨日のショックからは多少なり立ち直れたようだ。少し安心である。
「影分身? シノビが使う闇魔法のやつか?」
「そうだ」
影分身なら、レックスでも知っている。というか、アフェル武力国家では有名な部類の魔法ーー忍術だ。
原理としては単純で、闇魔力を用いて自身の分身体を作成し、それを思うように動かす。だがその単純さに反して扱う難易度は高い。幼少期から訓練を積んでいるようなシノビでなくては基本扱えないものだ。
そんな高度な技を、果たしてゾンビが扱えるというのか? それもゴストンはチーフだけでなく、全てのゾンビが。とても考えにくい。
「んー。でも、それを全部のゾンビが扱えるとは思えねぇけどな。だってあれめっちゃ難しいぞ?」
「それはそうだ。だけど、レックスも見ただろ。あいつらは、ただのモンスターじゃねぇことを。組織性も計画性も技術もある。だったら、それくらいできてもおかしくねぇよ」
「確かに……」
だがもし仮にロンの考えが正しいのだとしたら、レックスたちはそれをどうするのだろう。そんな疑問がふと頭をよぎった。
「そこでだ。レックス、空気中を流れる魔力の流れを見ることはできるか? それができたら、影分身を見破れるんだが」
「できねぇよ。そんなことができるのか!?」
「意外と簡単だぞ。この際だから後で教えてやるよ」
「そりゃ楽しみだ」
魔力の流れ。まずまずそんなことを考えもしなかったし、それを見ようとも思わなかった。確かにそれを使えるようになれば、分身体か否かを判断できそうだ。
「それで、魔力の流れを見えるようになったら、ゾンビとの交戦時に試してみてほしい。それでそいつが強く反応したら、そいつが影分身ってことだ」
「なるほどな。分かった、やってみるよ」
それにしても闇魔法の影分身か。いつか使ってみたいものだ。
「それで、多分ゾンビは村にも攻めてくるはずだ。だから、オレたち二人が一緒に森へ攻めたら村の防御がガラ空きになる」
「確かに、じいさんも戦えねぇもんな」
確かにロンの言う通りだ。
昨日は初戦だったこともあり、レックスとロン、そしてアイゼンが村に戻った時に戦闘となった。ので、村への被害も少なくすることができた。
だが今夜はどうだ。アイゼンは戦闘不能に。そしておそらく今日からはゾンビも始めから村に攻めてくる可能性が高い。となれば、村を放って森には行けない。となると、やはりどちらかが村に残らなければならないだろう。
「だから、今夜オレは村に残ろうと思う。だから、レックス一人でどうにかしてほしい」
「おう、分かった」
「その代わり、もしチーフとゴストンの二人が揃ってそこにいたら、戦わず村に逃げてくれ。流石にレックスでも、一人で二人の相手は厳しいだろ」
「だな。ロンの言う通りだ」
というわけで、最終的に今夜の戦いはレックスが森に行き、ロンが村に残って戦うということが決まった。
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「それじゃあ、さっそく教えていくぞ」
「おう! 頼む」
会議から時間が少し経ち、レックスたちは村の外れにある開けた場所にいた。理由はもちろん、レックスが魔力の流れを見れるようになるための特訓である。この場所なら、多少魔法を放っても問題ないだろう。
「まず前提として、これは無属性魔力を用いた魔法だ。だから、わざわざ他の属性に魔力を変換する必要がない」
「……すまん。無属性魔力ってなんだ? てかそもそも、他の属性に魔力を変換するってのもよく分からねぇ。そこんとこから説明頼む」
「お前、それを知らずに今まで冒険してきたのか……?」
「冒険し始めたの最近なんだよ! それで、なんなんだ? それ」
恥ずかしながら、レックスはそういう細かいことに関して全く無知なのだ。全ての戦いは感覚に身を任せて戦ってきた感じなのだから。
「まずオレたちの体内には、魔力が漂ってる。その量は人それぞれで、多い奴もいれば少ない奴もいる」
「ほうほう。それで?」
「それで、その変換してない魔力は無属性の魔力。ーーつまり、雷魔法や火魔法とかは使えないんだ。このままじゃ、使えるのは無属性魔法だけってわけだ」
「なるほど。そこで、変換するんだよな?」
「そういうことだ。魔力を体内で他の属性に変換し、そしてようやくオレたちは魔法を使うことができる。ちなみに、その変換できる魔力の種類は、生まれ持ったその体質によって決まる。そんなところだ」
ロンの説明により、レックスは完全に理解した。というか、今までこの基礎中の基礎のようなことを知らなかったこと自体、冒険者としてダメだと思うが。
いずれにせよ、これでレックスは初めて魔力の仕組みを理解することができたというわけだ。
「それで、今回の魔法だと確か無属性魔力を使うんだったよな。だから、他の属性に変換しなくていいってわけか」
「そういうことだ。そこから、その魔力を目に込める感じだ」
「魔力を目に込める……」
どういうことだ、魔力を目に込めるって。理屈では分かっていても、やるのとでは全然違う。全くもって、魔力の流れなど見えない。
「そのままやっててくれ。今からオレか魔力を使うから、それでできてるか否かが分かるはずだ」
「あ、そっか。まだ魔法使ってないから見えねぇのは当然か」
自分の勘違いを自笑しつつも、レックスはロンに目を凝らした。結局、魔力を目に込めるというのはまだイマイチ分からないが。
そうしてロンが炎魔力を拳に纏った途端、超一瞬のことだったが見えた気がした。ーー魔力かロンの拳に流れ込んだのが。
どう説明したらいいのか分からない。上手く言語化できない。が、それでもレックスは見た。おそらく、確実に。
「どうだ? 何か見えたか?」
「めっちゃ一瞬だったけどな。けど、その一瞬、確かに見えた。ロンの拳に、魔力が伝わってるのが」
「初めてやったにしては、上出来だな。正直今回の戦いに関しては、一瞬見えただけでも十分だ。まあけど、まだ時間はある。もう少し特訓しておこうぜ」
「おう!」
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「調子はどうだ、チーフ」
相棒ーー否ーーいや、否ではない。間違いなく、今チーフに声をかけたのはチーフの相棒であるゴストンだ。だがどう言えばいいのだろう。そこにいるのはゴストンであり『ゴストン』ではない、というのが正しいのか。チーフにも分からない。
チーフの知るゴストンは、一週間前のあの日でいなくなってしまった。それも、自らその道を望んで。
「悪くはない。まあ、良くもないけどな」
「フンッ。そうか」
今だにチーフはそれを心から受け入れられてはない。もうあの日常は戻らない。例え、この戦いが終わったとしても。そこにいるゴストンは、もうあの頃のゴストンには戻れないのだから。
分からない。もしかするとこのチーフに対する気遣いも、チーフのことを一つの大きな戦力としてではなく唯一無二の相棒として思ってのことなのかもしれない。だがそれでも、チーフにはこれが単なる純粋な優しさだとは到底感じられなかった。
「今夜はまた戦だ。ワレは、奴らニンゲンをできるだけ絶望に叩き落とせるように戦う。キサマはどうだ?」
「オレか……。どうなんだろうな。まだ、ゾンビを幸せにするためにここにいるのに、そのくせどうすべきかの答えが見つけられていない。中途半端なゾンビってところだ」
「あまり悩みすぎるなよ。時はもうすぐそこまで迫っているぞ」
「ーーそのつもりだ」
おそらく、まだゾンビの秘密ーー倒してもまた現れることの仕組みはまだニンゲンたちにはバレていない。ニンゲンを殺すと決めたのなら、カラクリに気づかれる前に殺すのが得策だ。
悩みに悩んで結局何もしないということが一番ダメなことを、チーフは知っている。ので、それをするつもりないし、多分しないと思う。そう願ってる。
「とりあえず、次の戦いは今夜。それまでに、多少なり考えないとな」
まるで、出口のない迷路に取り残されたような気分だ。
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夢を見ている。そんな気がした。懐かしい旅の記憶や、戦いの数々。仲間と馬鹿みたいに笑い合い、時には敗北に心を乱され、それでも立ち上がった冒険の日々。全部丸ごとひっくるめて、アイゼンにとっては人生の宝物だ。
その中でも特に際立っていた記憶が一つあった。那由多の星々が輝く星空の中で眩く光る一等星のように。絶望の微睡で見えた一筋の光のように。
それはなんてことない普通の戦いの記憶だった。そういう戦いはしょっちゅうあり、何故これなのかは分からない。ただ、この記憶によって形作られたアイゼンという人物が、この記憶を欲しているような、そんな感じがした。
『いいか、ゾンビと戦う時は全方位を警戒しろ。それが鉄則だ。弱いからといって侮っていたら、あっという間に背中を刺されるぞ』
懐かしい、団長の声だ。今頃どうしているだろう。だけどどうして今この声が?
『そりゃー分かるが、どうしてなんだ? だって今倒したじゃねえか』
『いいことを教えてやろう。ゾンビはーー』
そうだ、思い出した。ゾンビとの戦闘で鉄則だったことを。どうして今まで忘れていたのだろう。そこまで脳が老化してしまったのかと自分を憎みたい気分だ。早くレックスとロンにこのことを伝えねばーー。
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オレンジの光が、慌ただしい村中を容赦なく照らす夕方となった。
「とにかく、境界を突破されたら終わりだ。だから、みんなは教会の守りに徹してくれ」
ロンの頼みに、十人ほどの槍を持った衛兵たちは快く応じてくれた。
アイゼンが戦線離脱した今、本格的に指揮を取れるのはロンしかいない。というわけで、今ロンはシェイク村にいる戦える状態の衛兵たちを集め、配置につかせていた。
とは言っても、ロンが行っている仕事は少ない、なにせ衛兵に守ってもらいたい場所は、皆が避難する教会のみなのだから。そこ以外には戦力を注いでいない。
あとは、シェイク村の番人であるロンがどうにかしてみせる。
「なあロン。本当に俺たちは全員教会にいていいのか?」
案の定、衛兵の一人がロンに疑念を示した。
「大丈夫だ。というか、むしろゾンビが執拗に狙う場所がそこだからな。正直そこさえ守れればオレたちの勝利だ」
「じゃあ、ロンはどうするんだ? 俺たちと一緒に戦うのか?」
「ーーいや、オレにはやることがある。だから、そっちには行けない。頼んだぜ!」
「そういうことなら、任せておけ!」
ロンのやりたいこと。それはもちろん一つしかない。
倒そうとしているゾンビに抱いたたった一つの疑問、疑念、心残り。その答えを知りたいのだ。
「チーフ。お前は一体、何がしたいんだ?」
ゾンビの副指揮官ゾルト•チーフ。アイゼン火に深傷を負わせた張本人であり、ロンたちが最初に対峙した大物ゾンビである。そんな彼は、ブモンによると変なことを言っていたらしい。
『そういえば、あのゾンビは自分の戦う理由が正しいのか村長に聞いていた。きっと、迷ったんじゃないか? 村長の命を奪うべきか、そうではないか』
よくよく考えるとおかしな発言だ。もしこの発言が正しいのなら、チーフはまだ完全に敵というわけではないのかもしれない。
無論、チーフが村への襲撃組としてこない可能性もある。だが、なぜか来る気がするのだ。いわゆる勘というやつだ。当たったらいいのだが。
「待ってろよ、チーフ。オレがお前を倒して、この真相を暴いてやる」
「調子はどうだ? ロン」
固い決意を小さな独り言に乗せて呟いていたところ、そこにレックスが現れた。昨日と同じように戦いの前にロンの調子を伺ってきたのだ。
いや、少し違うな。どうやら今日レックスは、その気遣いをロンだけでなく他の衛兵たち全員にもしている。仲間の士気を少しでも上げようと頑張っているのか、それとも何も考えていないのか。どちらにせよありがたいことである。
「いい感じだ。準備万端ってところだな」
「そうか。そりゃいいな」
「レックスはどうだ?」
「俺も問題ねぇ。いつでも戦えるぜ!」
だと思ったよ。その顔を見たらわかる。というか、二日一緒に過ごしてきたら多少なり性格も分かってくるものだ。
親指を立てて自信満々の笑みを浮かべるレックスに、ロンは少し気持ちが楽になった気がした。
「レックス。言い始めたのはオレなんだけどよ、本当に一人で大丈夫か? 昨日だって、二人でやっと一人を倒せたのに、今回は一人でやるんだぞ?」
「おう! 全く問題ねぇ。ーーそれに、いざとなりゃとっておきの必殺技があるしな」
「必殺技?」
その存在を知らなかったロンが尋ねると、「そうだ」と言い、
「昨日は使う場面がなかったけどよ、今回は多分使えるはずだ。だから心配すんな」
「分かった。信じる」
その自信に満ちた顔を見るに、ロンは信じられないはずがなかった。
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「ワレはここで森に来るニンゲンを迎え撃つ。チーフは他のゾンビを連れて村に攻め込め」
「ゾンビ百人を全てか? ゴストン一人で残ることになるぞ?」
「構わない。ワレならば問題ない」
そのキッパリとした言葉に、チーフはそれ以上何も言えなかった。
分かる。ずっと一緒に過ごしてきた仲だから、ゴストンが強いことも重々承知している。だけどそれとこれとでは話が違う。それが心配しない理由には到底なり得ない。
「そういうチーフはどうなのだ? 準備は万端か?」
「オレか。おそらく大丈夫だ」
「心は?」
嫌なところを聞かれた。
「……あんまりだ」
「迷うのはいいが、その間に背中を刺されるようなことはするなよ。それが一番、ワレにとってもキサマにとっても最悪の結末だ」
「最悪の結末か。そうだな。それだけはないようにする」
それに万が一刺されても、また刺し返すだけだ。




