第一章6『中途半端なゾンビ』
成功した。レックスが一瞬で考えて一瞬でロンに説明し、一緒で行った技が。先まで一撃も与えられなかったゴストンに炸裂したのだ。
自分で言うのもあれだが、レックスの作戦は無茶苦茶である。ーー拳に炎を纏ったロンをレックスが持ち上げ雷魔力の力で高速移動することにより、ゴストンに雷の加速に乗った炎の一撃を与える。これが思いついた作戦だ。今思うと、よく成功したものだと思う。
雷の加速に乗った炎に貫かれたゴストンの体は、他のゾンビと同じように白い灰となってその場に崩れ朽ちた。おそらくこれが、ゾンビ共通の最期なのだろう。
「終わったな」
「そうだな。これでやっとーー」
「ーー何も終わっておらぬぞ。故に、ワレはここにいる」
おそらく「戦いが終わった」とロンは言おうとしたのだろう。だがそれは、凍りつくような焼けるような、そんな恐怖の一言によって遮られてしまった。
レックスも、おそらくロンもこの状況を理解できていなかった。
様々な可能性。倒したのに本当は生きていた説。実はさっき倒したのは偽物だった説。凍りついた脳で様々な可能性を考えるもの、いずれも確証を得られないものばかりだ。
ただ確かなのは、レックスたちが殺したアングリフ•ゴストンという人物が、森の奥から出てきたということだけだ。その目に狂いはない。
「ゴストン……」
「おい! なんでお前が生きてんだよ! さっき倒したじゃねぇか!」
「フンッ。そんなこと、キサマの頭で考えろ。わざわざ敵にタネを明かすようなマネはせぬわ」
レックスもロンも、連戦の影響で疲労が蓄積している。ここからさらにもう一度戦うのは厳しい。
だが相手はそれでも止まらない。ならば、もう一度剣を握るしかなかろう。
「ロン。もう一回だ。もう一回、ゴストンを倒すぞ」
「当たり前だ!」
「愚かなニンゲン共め。ーーだが、ワレらの目的は果たされた。今夜はこの辺で終わりにしておいてやる」
「は?」
目的が果たされた? どういうことだ。わけがわからない。目的ってなんだ。村人の殺戮か? でもそれではロンが生かされてることに矛盾が生じる。
ではなんだ。村に眠る秘宝を手に入れたとかか。いや、それならレックスにも情報が伝わっているはずだ。その秘宝のことすらも、レックスは知らない。知らされていない。
どうして? どうしてゾンビは撤退する?
「ーーって、逃すか!!」
「ロン、待て!」
背中を見せて森の奥へと歩いてゆくゴストンを目の前にロンは躊躇うことなく飛び出し、炎を纏った拳を振りかざすーー、
「少なくとも、今夜はこれで終わりだ。オマエたちも、その方がいいだろ?」
「はぁ?」
ロンの拳に、ゴストンは全く動じることなく振り返りもせず、ただ歩くという動作だけを行っていた。ではそれを手助けしたのは誰か。
レックスは何度も目を擦り、自分の瞳に映る目の前の光景を、これでもかというぐらい疑った。現実は変わらなかった。
ロンの拳を防いだ鋼。それを握り、ゴストンを守ったのは紛れもない、しかし絶対にここにいてはならない人物。それこそーー、
「嘘だ。なんでお前がここにいるんだ! チーフ!!」
「それは、オレがゾンビとしてこの世に生まれてきたからだ」
ゾルト•チーフ。ゾンビの副指揮官であり、レックスとロンが力を合わせて倒した元親玉候補である。トドメは確実にさした。なのに、どうして生きているんだ。無論、それを言うならゴストンもだが。
ゾンビとして生まれてきたから。それがチーフが言った理由だった。そのカラクリはなんだ? まだ分からないことが多すぎる。
「オマエ、ここでこんなことしていていいのか?」
「なに?」
「オマエたちの大切な村長は、今どうなっていることだろうな」
「なっ。どういう意味だ!!」
「さあな。その目で確かめてきたらどうだ」
分かりやすい挑発。流石のレックスでも分かる。
だが確かに、ゾンビたちが村を襲うのに村長に手を出さないとは考えずらい。それに、目的は果たされたとか言っていたようなーー、
「くそっ! レックス、アイゼンさんのとこへ行くぞ!」
「……おう」
「賢い判断だ。だが安心しろ、続きはまた明日だ」
ロンはチーフとの交戦をやめ、レックスを連れて村長の家へと進んだ。
「ーーオレのやってることは、本当に正しいのか……?」
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先まで先頭していたこともあり気づけなかったが、こう見ると酷い有様だ。
家という家は見れば見るほど焼け、あんなに綺麗だった草花は燃え尽き、人の気配は一切しない。ここは地獄か何かか? とても今日までロンが住んでいたとか思えない光景だ。
「アイゼンさんーーー!!」
ついた。ここ……のはずだ。この焼けた家屋が、おそらく村長の家だ。しかし扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「いない……」
「みんなどっかに避難してんじゃねぇか?」
「確かに……」
レックスの言う通りだ。よく考えてみれば、こんなに家が焼けているのに家の中にいるはずがない。無論、怪我などをして動けなくなっていれば話は別だが。
この火の手が回る村で唯一安全な建物。ーー一つだけ心当たりがある。
「レックス。一つ心当たりを思い出した。ついてきてくれ」
「おう」
この木造だらけの建物が並ぶ村で、唯一石造の建物といえば一つしかない。村の南端にあるあの建物。それはーー、
「なるほど、教会か。確かにここなら安全かもな」
レックスとロンがついた場所。それは、この村で一番大きな建物ーー教会だ。
石造で引火する可能性もなく、この村に住む村人全員が避難できるほどの広さもある。逆にここにいなければ、どこにいるのだというほどだ。
ロンは大きな扉を恐る恐る押し、開いた。
「ーー! みんな!!」
ロンの予想は的中し、多くの村人がそこに避難していた。
皆暗い表情だが、怪我をして倒れているものは見たところいなさそうだ。ーーただ一人を除いて。
「っ、アイゼンさん!」
「じいさん!」
教会の長椅子に横たわり、酷い怪我をしたアイゼンを、ロンとレックスは見た。
倒れたアイゼンに駆け寄り怪我の具合を見ると、ロンは目を疑った。
腹に、大きな切り傷がある。幸いなのは、既に治癒魔法がかけられた後であり、今は命に関わるほどのものではないということだった。
「レックス、ロン! 無事だったか」
「その声、ブモンか」
振り返ると、そこには見慣れた男がいた。それは、ロンがこの村に住み始めてから、自立できるまで世話してくれたブモンだった。確か、ブモンは治癒魔法が使えた気がする。
「この傷、ブモンが治療したのか?」
「あぁ。でも二日は安静にさせてやってくれ。村長は、私たちのために命をかけて戦ってくれた一人なんだ」
「アイゼンさんが……。なあブモン、オレたちがいない間、何があったんだ?」
アイゼンの傷も深い。きっと何か大きな問題があったに違いない。
ロンがそう聞くと、ブモンは少し黙り込んだ。それほどにまで事態は深刻であったのだろう。
「ロンたちがゾンビ退治に行って少しした後、森から大量のゾンビが現れた。おそらく百はいたはずだ」
「ひゃ、百!? 俺たちが行った洞窟でも、百はいなかったぞ!?」
「それで、その後はどうしたんだ?」
「村の衛兵だけじゃ手が回らなくて、でもそんな時に村長がハンマーを片手にゾンビを次々と蹴散らしていったんだ。流石にあの時は、私も驚いたよ。あの村長が戦えるなんて知らなかったからね」
フォーレ•アイゼン。ロンがこの村で目覚めた際、あの老人だけは何かが違うと本能が語りかけてきたのを今でも覚えているが、まさかそれが正しかったとは。
村長は小柄で、杖をついているような一人の老人だった。それが、自分よりもはるかに大きいハンマーを振り回していたとは。結構驚きだ。
「そこから劣勢だった状況は少しずつ優勢になっていって、誰もが勝利を信じていた。ーーあの男が来なければ」
「あの男? ……まさか!」
「他のゾンビとは、明らかに強さも、速さも、冷静さも違った。あの刀を持ったゾンビは、異質だ」
間違いない。ブモンが言い、アイゼンに深傷を負わせ、異質さを見せたそのゾンビというのはチーフのことだ。
「村長ももう歳だ。体力が底を尽きかけた時に現れたものだから、どうしようもなかったんだ」
「なぁロン。もしかしてゴストンたちの目的って」
「おそらく、アイゼンさんを戦闘不能にすること。だけどどうしてそんな回りくどいことを……」
「そういえば、あのゾンビは自分の戦う理由が正しいのか村長に聞いていた。きっと、迷ったんじゃないか? 村長の命を奪うべきか、そうではないか」
「まさか、そんなこと……」
ない、とは一概にはいえなかった。
ロンもチーフと戦った身だ。その強さは知ってるし、異質さも知っている。だが確かに、悩んでいると言っていた。何かあるのか?
「とにかく、レックス。今日は休んで、明日の戦いに備えるぞ」
「そうだな」
「村の消火は私たちに任せておいてくれ」
あのことを皆に任せ、レックスとロンは明日のゾンビのとの戦いに体を休ませることにした。それが、最善の行動と信じてーー。
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『もしキサマがワレを裏切り自分の道を自分で選んだとしても、ワレはキサマのことを攻めない。だからじっくり考え、そして答えを出してくれ。それが瘴気を取り込む前のワレにできる最後の頼みであり、約束だ』
チーフの友、アングリフ•ゴストンは、最後にそう言い残し姿を消した。
あれからもう一ヶ月が経ったが、その答えは今でも出ない。まだ、自分のこの行動が正しいのかを判断できていない。
チーフとゴストンの夢は、シェイク大森林にいる全てのゾンビが幸せになること。そのためにゴストンは自分の心を犠牲にし、シェイク村のニンゲンを皆殺しにする道を選んだ。
さて、チーフはどうだろう。ニンゲンと共存するために行動するわけでもなく、しかしニンゲンを殺したこともない。
今日だってそうだ。あの場でなら、確実にアイゼンを殺せた。でもやらなかった。分からなかった。それが正しいのか、それとも間違ってるのか。
チーフは中途半端なゾンビだ。
「チーフ。結局アイゼンを殺したのか?」
「ーーいや、深傷を負わせたが殺し損ねた」
「そうか。まあいい。奴が戦えぬ状態ならばなんでもよいわ」
「ゴストン。オマエの目的は、シェイク村に住むニンゲンの皆殺しだよな」
「そうだ」
「なんで、今日のうちにやらなかったんだ?」
チーフはずっと疑問だった。シェイク村の村人を皆殺しにすることを望むゴストンが、今日の機会を逃すわけがないと思ったからだ。今日ならば、もしかするといけたかもしれないのに。
「ワレは、ニンゲンが憎い。罪なきゾンビを迫害し、殺し、軽蔑し、石を投げるニンゲンが。あっさり殺しても、ワレのこの心は満たされぬ」
「……そうかよ」
チーフはしっている。ゴストンが瘴気に侵される前から、ニンゲンを憎んでいたことを。その気持ちを、瘴気が倍増させて力にしていることも。
だからこそ、チーフは複雑な気分になった。まるでゴストンの望みがゴストンの望みでないような気がして。
もし、誰かに命令され自分の道を定められたら、チーフはどれだけ楽だろう。そんな日は、来るのだろうか。
瘴気に侵されたゴストンですら、チーフに命令はしない。他のゾンビと違って、チーフだけには選ばせているのだ。ーーそれが、ゴストンとチーフが交わした約束なのだから。
『それは君自身が決めることじゃ。ワシに聞くでない』
ふとした時に脳裏を横切るその声がチーフの心に絡み、離れようとしなかった。
「なぁゴストン。オレは約束を果たせるのか?」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も言ってない。ただの、ちっぽけな独り言だ」
チーフは、中途半端なゾンビだ。




