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フィッツインプロミス  作者: えれべ
第一章『激動の大森林』

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第一章5『戦う理由』

 ーー全身の細胞が無意識に震え上がった。恐怖と現実と敗北が全身を締め付ける。この敵はまずいと、本能が強打する。

 その理由の一つとして、常に威圧感を放ち続ける巨大な図体、そして雑兵ゾンビとは異なる青い瞳にもあるだろう。

 だが、おそらくそれだけではない。ーー奴の頭、そこからはゾンビの緑とは異なる黒い角が生えていたこと。それが、レックスに与える恐怖を一層強めていたのだろう。


「……誰だ、お前」


 震える気持ちを抑えながら、レックスは名を問う。抑えきれない本能の恐怖を、剣を強く握ることによって誤魔化した。


「ワレはアングリフ•ゴストン。ゾンビの指揮官である」


 アングリフ•ゴストン。それが大量のゾンビを統率し、レックスとロンに絶望を与えたゾンビの名だった。

 

「ロン! 戦うぞ!!」


「ーーーー」


「ロン!」


 だめだ、返事がない。見れば、ロンはショックでその場に立ち尽くしてしまっており、意識すらあるか危うい状況になっていた。こうなれば、レックス一人で戦うしかない。


(フランメ)!!」


「はぁぁっ!!」


 ゴストンの右手から真っ赤に染まる炎が放たれ、レックスを燃やし尽くさんと空気中を蛇のように走った。迫るそれにレックスは剣を振り翳し、炎を断ち切った。


「確かキサマの名を聞いていなかったな」


「ーー俺はレックス。ジュリアス•レックスだ」


「レックス。そうか、キサマの方がレックスか。では、もう少しワレの相手に付き合ってもらうぞ」


 まるでレックスの名前を知っていたかのような発言をしたゴストンは、突然拳同士をぶつけ合い、燃えたぎる村にその大きな音を響かせる。

 その瞬間レックスは見たゴストンの両手が炎に包まれるのを。それはまるでーー、


「ロンの技! お前も使えるのか」


「ロン? あー、そこで立ち尽くしている腰抜けのことか」


「何だとーー」


 ロンを侮辱され込み上げるものを発しようとした瞬間、それはできなかった。ーーレックスの目と鼻の先に、炎を纏った拳が迫っていたのだから。


「っ!」


 咄嗟のことで上手く反撃することはできなかったが、それでも迫り来る拳を剣で防ぐことはできた。だがその攻撃の威力は高く、思わず体を持っていかれかけた。

 レックスは後ろへ一回転し距離を取ると、そこから雷足(らいそく)を用いて地面を蹴り、その勢いに乗ってゴストンへ斬りかかった。だがーー、


「やるではないか。なかなか面白い」


 レックスの一撃は、ゴストンの炎を纏った拳で軽く受け止められてしまった。


「うっせぇ! ロンのことを腰抜けって言ったこと、後悔させてやる!!」


「フンッ。やってみろ」


 おそらく正面からでは、レックスはゴストンに勝てない。単純な力の差がありすぎる。

 ならば、巧みの高速移動を使って正面以外のところから斬りかかる。それが、今思いついた打開策だ。


「くらえ!!」


 レックスは少し距離を取ると、そこから右へと体を持っていき剣を振りかざす。だが、ゴストンの反応力も侮れず。レックスの剣はまたもや防がれた。


「まだまだ! とりゃ! せい! はぁぁっ!!」


 だがそれが何だ。一度や二度防がれたぐらいで、レックスの心は折れない。右へ、左へ、上へ、背後とあらゆる方向からレックスは剣を振るう。だが、そんな攻撃もゴストンの反応力には勝れない。


「どうした。その程度か?」


「っ!」


 あろうことか、ゴストンはレックスの振りかざした剣を強く握り、そのままレックスごと投げ飛ばす。投げ飛ばされたレックスは、地面に強く打ち付けられてしまった。


「がはっ」


 今の一撃はまずい。レックスの体は地面に倒れ、立ち上がるのに時間を要する。その間に、ゴストンが何もしないはずがないーー、


「終わりだ。ニンゲン!」


「くっ……!」


 仰向けのレックスに、ゴストンの容赦ない一撃が上から降り注ぐ。レックスはどうすることもできず、ただ剣でそれを防ぐことしかできなかった。

 上から降り注ぐ拳からは一切の容赦を感じられず、仰向けの状態で防ぐレックスもいつまで持つか分からない。まさに絶体絶命だ。

 

「どうしたら……。っ!」


 鈍る思考の中で打開策を模索する中、ふと一つの考えが脳裏を横切った。

 それは決して一撃必殺の必殺技などではなく、もしかするともっといい作戦があったのかもしれない。

 だが、それでもレックスはこれを実行する。思いつく様々な考えの中、レックスにとって一番の良策だと思えたから。

 だからーー、

 

「ーーロン!! 戦え!!」


 仲間を頼る。それが、一人じゃ何一つ成し遂げられないレックスが選んだ打開策だった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 取り返しのつかないことをしてしまったと、ロンは悔やんでいた。

 ゾンビに喧嘩を売り、その報復の火の手が村に回ってしまった。どれだけ泣いて謝っても、ロンはこの結末を変えることができない。この結末からは逃げられない。

 

「ーーロン!! 戦え!!」


 声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。ロンにとって、今一番頼れる仲間であり、そして尊敬できる少年だ。そんな少年が、戦場で戦いもしない自分の名前を呼んでいる。

 認めよう。ゴストンというゾンビの言う通り、ロンは腰抜けだ。そんな腰抜け野郎の名を、どうしてレックスは呼んでいるのだ?


「俺たちで、この村を守るんだろぉぉ!! 戦えぇぇぇ!!」


 もっと他の奴がいるだろ。どうして、どうしてロンなんだ。もっと、強くて頼れて、こんな絶望の中でも立ち上がれる他の誰かがいるだろ。


「まも、る……」


 守るものは全て失った。そんなロンに、一体戦う理由など残されていようか。


「俺たちには、まだ守るものが残ってんだろ!! まだ、戦わなきゃならねぇだろ!! まだ諦めたらだめだろぉぉぉ!!」


 ない。全てゾンビに焼き尽くされた。村も、家も、みんなも。全て火の海だ。自分たちが始めたゾンビとの戦争で。


「何故だ? 何故キサマはあの腰抜けにそこまで期待する?」


「そんなのーー」


 どうして? どうして腰抜けイストス•ロンに、ジュリアス•レックスはそこまで、何を、どうして期待する?」

 

 ーーオレに一体何ができるのだ。自分の住んでいた村すら守れず、挙げ句の果てには今こうして立ち尽くしている腰抜け野郎に、何ができるのだ。

 どうして、イストス•ロンにそこまで期待するんだ……。


「約束したからに、決まってんだろぉぉぉぉぉ!!!」


「ーーっ!」


 ーー約束。それがレックスの行動力の源であり、イストス•ロンに期待する最大の理由なのだということを、今この瞬間理解した。

 ようやく分かった。どうしてレックスがイストス•ロンに期待するのか。ようやく分かった。どうして今レックスが膝を折らずに戦い続けているのか。


「約束? そんなものでキサマは、あの腰抜けに期待しているのか?」


「あぁ、そうだ! 約束したからには、俺もロンも最後の勝利の瞬間まで戦い続けなきゃならねぇ! それが、俺とロンとじいさんの三人で交わした約束だ! 必ず守るって決めたから、最後まで戦い続けなきゃならねぇ。だからーー」


「もういい! キサマには幻滅した。死ね!!」


「俺は死なねぇ!!」


 これだけ仲間期待され、どうしてまだ膝を折って絶望していられよう。そんなこと、ロンにはできない。できるはずがない。


 今ならまだ間に合う。見たところ、レックスはゴストンに押されてまずい状況だ。横から思いっきり殴ってやれば、必ず渾身の一撃になる。


「ありがとよ、レックス。オレに大切なことを気づかせてくれて」


 焼ける大地を思いっきり蹴り、再び拳に炎を纏わせる。生きてきて一番の速さで駆け、一秒でも早くレックスを助け出す。走って、走って、走って、走って、そしてーー、


「ーー火拳(ファイヤーパンチ)!!」


「ーーッッ!!」


 ロンを腰抜けの戦力外として判断しレックスだけ意識を注いでいたそのゾンビの巨体に、生きていて一番の力と魔力を込めた最高の一撃をくらわせてやった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ーーッッ!!」


 目の前を覆い尽くしていた巨体が、突如として消え去った。違う、吹っ飛ばされていったのだ。龍の如く迫ったあの炎にーー、


「ロン!!」


「バカな真似して悪かった。レックス。でも、もう大丈夫だ!」


 ロンは手を差し伸べ、自信に満ち溢れた顔で微笑む。その顔を見れば、ロンが調子を取り戻したことも一目瞭然だ。

 レックスはその手を強く取り、立ち上がった。そして、ロンに吹き飛ばされた巨体ーーアングリフ•ゴストンに、拳を構えるロンと共に剣を構えた。


「ーー何を考えこの戦場に立っているのだ? 腰抜け」


「決まってる。オレは、オレの守りたいもののために戦う。それが、腰抜けなりに考えたオレの戦う理由だ」


「ロン……。って、だからロンは腰抜けじやねぇって!」


 レックスの思いも届かず。戦う理由を表明したロンはその場で拳を同士を打ちつけ、その拳に再び炎を灯した。そしてレックスの青瞳を覗き込むように見て頷き、


「レックス。オレたちであいつを倒すぞ!」


「おう。当たり前だ!」


 倒れていたゴストンは体を起こして立ち上がり、大きく深呼吸をした。それから不適な笑みを浮かべ、その青瞳に二人のニンゲンを映す。

 無論、それに動じることは少しもない。レックスは剣に雷魔力を纏わせ、深呼吸。ーー準備万端だ!

 

「いくぞ!」


 レックスの合図で二人は走り出し、左右に展開した。ケルベロス討伐の際に用いた戦法だ。こうすることにより、相手は真反対から迫る二つの攻撃に対応しなければならなくなる。


「はぁぁっ!!」

火拳(ファイヤーパンチ)!!」


 レックスは雷を纏った剣を雷足(らいそく)による高速移動を交えて、ロンは炎を纏った拳を正面から何発も打ち込む。本来なら、レックスかロンのどちらかの攻撃だけでも当たるはずだがーー、


「ーー極限集中(ゾーン)


 ゴストンがその言葉を口にした途端、戦場はガラッと変わった。違う、変わったのは戦場ではない。故に、レックスにもロンにも、そしてこの村にも変化は何一つ起きていない。

 ではこの違和感は何か。分からない。が、強いて言うならば、ゴストンの反応速度が異常に向上したということだろう。同時にに方向から迫る攻撃を捌くなど、普通なら到底無理だ。どんな仕掛けがあるのだ。


「くそっ、当たらねぇ!」


「無駄だ。キサマら二人では、本気を出したワレには敵わぬ」


「諦めんなレックス! 何か方法があるはずだ」


「おう!」


 一発だけでもいい。一発でもいいから必殺の一撃をくらわせたい。そうすれば、おそらくゴストンを倒せる。けめて、奴の注意を一瞬でも反らせたら……。


「ーー! ロン、一旦下がるぞ!」


「お、おう」


 突然のレックスの指示にロンは戸惑いつつも従い、レックスと共にゴストンから大きく距離をとった。ちろん無意味に指示したわけではなく、レックスにもちゃんとした意図があってのことだ。


「いきなりどうしたんだ、レックス。何かあったのか?」


「あぁ。とっておきの作戦を思いついた」


 レックスはふと思いついた作戦、それと技名をゴストンに聞かれぬように小さな声でロンに伝えた。

 意外だったのは、その間ゴストンが攻めて来なかったということだ。作戦会議をされても問題ないという強者の余裕なのか。いずれにせよ好都合だったのは確かだ。


「分かった。少しぶっ飛んでるが、面白そうだ」


「もう作戦会議は終わりか? それでは、ワレも本気を出して殺すとするか」


「いくぞ、ロン!!」


 ーーその瞬間、ゴストンの視界に雷に乗せられた鋼が迫った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 正直、無茶苦茶な作戦だと思う。確かに成功すれば、一発でゴストンを葬れるかもしれない。だが、レックスとロンはまだ会って間もない中。故に、その技の練習すらしていない。高度な連携が必要となりそうだが、果たしてできるのだろうか。


「いや、できるかできないかじゃない。やる、だよな」


 やってやろう。例えそれがどれだけ成功確率の低い高度な合技だとしても、それがロンの守るべきものを守ることにつながるのなら。


「はぁぁっ!!」


 作戦通り、レックスは雷魔力を帯びた鉄剣をゴストンの頭目掛けて思いっきり投げた。これにより、ゴストンはその剣を防がねばならず、そこに意識を削がれる。その間ーー、


「ロン、持ち上げるぞ」


「頼む」


 おそらく今ゴストンはこちらを見ていない。その間に、レックスはロンの体を持ち上げ、そしてロンを持ったまま雷足(らいそく)でゴストンの背後へと迫る。


「この程度で、ワレを倒せると思ったか! ーーっ、いない?」


「俺たちはここだ、ゴストン!!」


 わざわざ背後に回ったのに言うのか! ロンは心の中で言った。だが、どちらにせよこちらの準備は万全だ。

 始まる。レックスの無茶苦茶で子供みたいで、それでも最高の技が。


「ロン、いくぞ!」


「任せろ!」


「キサマら、何をする気でーー」


「「ーー合技(ごうぎ)火拳乗雷(ひけんじょうらい)!!」


 レックスの雷魔力による高速移動&ロンの炎魔力による超火力。それを組み合わせた二人の合技が、ゴストンの巨軀を貫いた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「やれやれ、キリがないのぉ。ワシももう歳じゃな」


 レックスとロンが森にゾンビ退治に行って間も無く、村にゾンビの軍勢が押し寄せてきた。レックスの実力は知らないが、ロンがいて負けたとは考えにくい。


 アイゼンが現役でハンマーを振るっていたのは随分前の話。それも何十年も前だ。今のこの老体にできることには限りがある。まったく、不便なものだ。どれだけ強い生物も、基本寿命には抗えないとはこのこと。


「「「ニンゲン。ワレラニアダナスソンザイ。ハイジョスル!」」」


「やれやれ、また出てきよった。そろそろ骨の一本や二本折れてしまいそうじゃ」


 まさか何十年も戦わず、最近では杖をついて歩くようになっていた弊害がここで出るとは。怠惰な過去の自分をハンマーで殴ってやりたい。無論、そんなことすれば今の自分はないわけだが。


「寄ってたかって一人の老人に襲いかかるとは。まったく、礼儀というものがなってないのぉ」


 迫った五人のゾンビに、アイゼンはその身丈に合わない大きなハンマーを薙ぎ払い、襲いかかったゾンビを全て吹き飛ばしてしまった。

 しかし、確かゾンビは死ぬと灰になったはずだ。そしてアイゼンが攻撃したゾンビは誰一人として灰になっておらず、その場で倒れている。ーーおそらく、老いたアイゼンの力ではトドメをさせないのだ。


 さて、老いぼれ老体のアイゼンがこれほど必死に戦うのには意味がある。

 当然、村をゾンビから守るという名目なのは確か。だがそれとは別に、アイゼンの後ろには守るものがある。


「君たち。誰も怪我しておらぬか?」


「はい! でも村長ばかり無理なさらないでください。僕たちだけでも、多少は戦えます!」


「できればそうしたいんじゃが、ここを突破されては後がないものでのぉ。ワシも、死ぬ気で戦わなくてはならないんじゃ」


「村長……」


 今村長と村の衛兵が守っているもの。それは、このシェイク村に住む全ての住民が避難している避難所の扉だ。衛兵も十分強いが、おそらくこの数に押されて負ける気がする。

 それに、そろそろ強い個体が出てくる気がするのだ。当然根拠はなく、アイゼンの経験から基づく勘であるーー、


「危ない!!」


「ーーぁ」


 一瞬。それも刹那。アイゼンは感じた。ーー後ろで槍を握っている衛兵に、何か鋼のようなものが迫るのを。

 深く考える前に、アイゼンは瞬時にその衛兵の前にその大きなハンマーを振り落とした。


「ーーチッ、バレたか。オレの迷いが出てたのか、それともオマエが強いのか。まぁ別にどっちでもいいがな」


 振り落としたハンマーが、地面についていない。空中で止められた。火花が散った。激しい金属音が響いた。突風が吹いた。体の芯が震えた。久しいこの感覚に、アイゼンは苦悩の表情を浮かべ、冷や汗をかいていた。

 衛兵を守るべく放った一撃は、敵意のこもった鋼によって防がれていた。そしてそれを握っていたのはーー、


「君。もしやゾンビの親玉か?」


「惜しいな。少し違う」


 ハンマーで隠れて、その姿は見えない。しかしここで敵対するのはゾンビだけだろう。それもかなりの実力者と見た。


「村長!!」


「教えてくれよ。本当にオレの戦う理由は正しいのか?」


「それは君自身が決めることじゃ。ワシに聞くでない」


「ーーそれもそうだ。悪かったよ」


 アイゼンが振り下ろしたハンマーは容易く跳ね返され、そのゾンビの苦悩と迷いに満ちた顔が見えーー。

次々と起こる予想外! このゾンビは誰なんだ!?

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