第一章10『瘴気と剣』
「ど、どういうことだ? なんでロンがここに……」
レックスは森の中で謎の人物に助けられて、ここから離れた方がいいと忠告して、そして……首に強い衝撃が走った。
ここは、教会の中?
「それはこっちが聞きたいことだ。レックス。お前は村の南門のところで倒れてたんだよ」
「え、俺が?」
「そうだ」と首を縦に振るロンに、レックスはただ唖然とするしかなかった。だって、レックスさっきまで森の中でゴストンから逃走していた。村で倒れていたなどありえない、はずなのだ。それなのに、
「ロン。今は朝か?」
「そりゃそうだろ。もう太陽も昇ってるぜ」
夜ではない。ということは、レックスが気を失ってから大きく時間が経過していたということか。
ようやく理解した気がする。レックスは窮地を謎の人物に助けられ、気を失わされた状態で村の安全な場所に避難させられた。少なくとも今は、事態をそう見るのが妥当だろう。
「なあレックス。森で何があった?」
「……ゴストンを一回倒した。けどその時に剣が壊れちまって、そしたらまたゴストンが現れて。そこからしばらく森中を逃げ回ってた。そしたら、顔を黒い布で覆ったやつが助けてくれて、それで今こうしてる」
「顔を黒い布で覆った、か。まあ何にせよ、無事に帰ってきてくれてよかった。ちなみに、傷はブモンが治してくれたから大丈夫だ」
「そうか。後で礼を言わなきゃだな」
何はともあれ、とりあえずレックスは窮地を脱したというわけだ。まずはその事実に安堵するとしよう。
混乱していたレックスも少し落ち着き、レックスは森であったことを先より詳しくロンに伝えた。
「なるほど。ゴストンは分身体じゃないのに復活したのか」
「あぁ。ほんと大変だったんだぜ」
「そりゃお疲れ様だ。ちなみにオレのとこは、チーフを一回倒したきり現れなかった。でももちろん本物だ」
「それって……」
「いや、多分死んでない。根拠はないけどな。にしても、あいつらの復活するカラクリは一体なんだ?」
影分身でもない本物を倒したのであれば、それこそ死者蘇生ができるとしか考えられない。が、そんなことが実際にできるなど聞いたことがない。
「そういえばチーフが『今日は満月か。月が綺麗な日だな。オレたちにとったら最高の日だ』とか言ってたぞ」
「月か。何か関係があるんじゃねぇか?」
「かもな。もしかすると、復活のカラクリにが分かるかもしれない」
「ーーそれは少し違うと思うぞ」
当然レックスの声でもない。ロンの声でもない。その二人のどれでもない声が、二人の会話に突如として加わってきた。
声のした方に二人が振り向くと、そこには木の杖をついた温な老人ーーフォーレ•アイゼンが立っていた。
もう寝てなくても大丈夫なのかという疑問が浮かび上がるも、レックスの頭の中ではその一言によって浮かび上がった疑問が塗り替えられてしまった。
「アイゼンさん。もう寝てなくても大丈夫なのか?」
その質問を聞くことを忘れてしまったレックスの代わりに、レックスとは反対に聞くことを忘れなかったロンが聞く。
「心配には及ばんことじゃ。それよりも、大事な話を思い出した。レックス、それにロン。今時間はあるか?」
「おう。どうしたんだーー」
その時、レックスの体のくせにその主人の言うことを無視したように、レックスの腹の虫の唸りが響いた。そんなレックスにアイゼンは「はっはっは!」と大きく笑い、
「そういえば、レックスは今目覚めたばかりじゃったな。それじゃあ、朝ごはんを食べた後、ワシの家に来てくれ」
「……なんか悪りぃな」
「気にするでない。若者は食べるのが仕事じゃ」
「それじゃあ、オレはレックスの朝ごはんを作ってくるから、そこで待っててくれ」
「分かった。ありがとう」
そうしてロンは教会の台所に、アイゼンは教会の扉を開けて彼自身の家へと向かって行った。ーーそういえば、アイゼンの家ってもう壊れてしまっていたのでは?
伝えるべきか悩んでる間にも時間は流れ、レックスは伝えられなかったことを少し悔やんだ。
「できたぞ。レックス」
椅子に座って待つこと数分。予想よりもはるかに早く、ロンはレックスの朝ごはんを片手に台所から出てきた。いや早すぎるだろ。
しかし見たところその料理の出来具合は申し分なく、レックスが目覚める前にある程度作られていたことが窺える。
皿に盛り付けられていたのは、卵や肉、米に野菜と、体に良い物ばかりだ。そしてもちろん、全てレックス自身の好物でもある。無論、レックスが好まない食べ物などおそらくこの世にないのだが。
「美味そうだな。いただきます!」
「よく味わって食えよ。なにせオレなりに自信のある朝ごはんだ」
「おう! もちろんだ」
とは言ったもののお腹が空いて仕方がなかったレックスは、朝ごはんをあっという間に平らげてしまった。そんなレックスにロンは少しだけ呆れつつも、
「どうだ、美味かったか?」
「おう。めっちゃ美味かったぜ!」
レックスの顔を見て、どこか嬉しそうにするのだった。
「よし。レックスも食べ終わったんだしアイゼンさんの家へ向かおうぜ」
「でもじいさんの家ってもう……」
「まあきっと何かあるんだろ」
「そ、そうだよな」
自分の家が崩壊しているのを見て、悲しそうにしているアイゼンの姿など見たくない。そんな願いを込めて、レックスは教会を出た。
「来たんじゃな。二人とも」
「悪いな、遅くなって」
「気にせんで良いぞ。ワシも少し片付けをしておったところじゃ」
教会を出て、ロンの案内の下道に迷うことなくアイゼンの元に辿り着いたレックス、そしてロン。二人は崩れ切ったアイゼンの家の前で、中から出てきたアイゼンと話していた。
「立ち話もなんじゃ。上がってくれ」
「けどじいさんの家はもう……」
「壊れて入れないと。実は、一つ無事な部屋があったんじゃよ。そこで話でもどうじゃ?」
「そうだったのか。それじゃ、そうさせてもらうぜ」
「遠慮せず上がってくれ」
だがそれはもう家と呼ぶには相応しい代物ではなかった。壁や床のあらゆる部位が壊れ、それはもうただの崩れ落ちた木片としか表現できない。悲しいがそれほど酷い有様なのだ。
だからこそ、こんな家の中に一つ無事な部屋があるなんてレックスには信じられなかった。多分、ロンも同じことを考えていることだろう。
「こっちじゃ」
そこら中に落ちている瓦礫や木片を軽々と跨ぎながら、レックスとロンは軽々と突き進むアイゼンについていく。
そして辿り着いたのは、もともと書斎のがあったであろう場所にある一つの不自然な床の前だった。
アイゼンがその床を取り外すと、そこには下へ通ずる穴と、そこを移動するための梯子があった。いわゆる隠し部屋というやつだ。
「こんなところに隠し部屋が……」
長くここに住んでいるであろうロンがこれほど驚いているのだ。おそらく、誰もこの部屋のことを知らないことなのだろう。
「ほれ、行くぞ」
アイゼンは、杖をついた老人とは思えない手際で梯子を降り始めた。一日目の戦いでアイゼンが戦っていたという話を踏まえても、やはりこの老人には何か秘密がある。絶対、杖をついて歩くような普通の老人ではない。
そんなことを考えつつも、レックスはアイゼンに続いて梯子を下る。
下に着くと、そこは多くの本棚や棚、そして机や椅子、そして大きなガラスケースが一つある部屋がだった。ここは、書斎なのか?
「今まで隠して悪かったな、ロン」
「他の人は、誰も知らないのか?」
「そうじゃ。ワシはここに住み始めてから数十年間、この部屋のことをこの村の誰にも話しておらぬ」
「でもいいのか? そんな重要そうなことをオレたちに話して」
「構わん。もう隠す必要は無くなったんじゃよ。というか、元々隠す意味もあまりなかったんじゃが」
そう言いながら笑うアイゼンだが、やはりなぜ今言うのだろうという疑問が生じる。
そしてもうはっきりした。アイゼンがただの老人ではないということが。
「まあなんじゃ。椅子にでもかけてくれ」
「そうさせてもらうよ」
アイゼンの提案に快く頷き、レックスとロンは部屋の真ん中にあるソファに座る。そしてアイゼンも、机を挟んで向かいにあるソファに腰掛けた。
「少なくとも今はあまり詳しく話すつもりはないが、若い頃ワシは冒険者をやっておった。その時に団長が言っておったんじゃよ。『ゾンビと戦う時は全方位を警戒しろ』とな」
「どういう意味なんだ? それ」
「言葉の通りじゃ。油断しておったら、倒したと思ったゾンビが後ろから背中を刺してくる。恐ろしい話じゃ」
倒したと思ったら後ろから現れる。それってもしかして、ゾンビが復活したといつ話なのではないか?
「じいさん。やっぱゾンビは殺しても生き返るのか?」
恐る恐る、この二日間苦しめられてきた疑問の核心に迫る。
「ーー生き返る、と言うのが正しいじゃろうな」
「ゾンビを確実に殺す方法はないのか?」
「当然ある。それも、とても単純な話じゃ」
長らく苦しめられていたゾンビの仕留め方。それが単純? それは一体ーー、
「覚えておくと良い。ゾンビはーー」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
話し合いが終わり、アイゼンの家を出たレックスは、ロンにとある場所へと連れていかれていた。
「なぁロン。どこに向かってるんだ?」
「まあそう焦るな。もう時期分かる」
そうして荒廃した村を見ながら歩いているうちに、ロンの足が一つの家の前で止まった。
村のはずれに位置するからか、ゾンビ襲撃による被害を全く被っていないその家は、他の家とは違い全面石で造られていた。屋根には煙突があり、そこからモクモクと煙が立ち上っていた。
「アインー! いるか?」
ロンがその家の扉の前に立ち、扉を何回も叩きながら叫ぶ。おそらくアインというのは、この家の住人なのだろう。しかし煙突がある家とは、どんな家なのだ? 間違いなく普通の家ではないだろう。
扉が開いた。
「へいらっしゃい……って、なんだロンじゃねえか。俺ァてっきり、この村に立ち寄った美女の冒険者かと思ったぜ」
中から出てきたのは、大人らしく黒い髭を生やし、汚れた茶色いエプロンを見にまとった男だった。見た感じ、歳はだいたい四十くらいだろうか。
「それ、前例あるのか?」
「一度もねえよ。でも、それでも諦めないのが、漢ってやつじゃねえか?」
「オレにはよく分からないな。あ、紹介するよ。こいつはレックス。オレと一緒にゾンビ問題を解決しようとしてる仲間だ」
「俺はレックス。ジュリアス•レックスだ。よろしく」
ようやく自己紹介ができたレックスのことを、アインは髭をいじりながらしばらく見つめる。そして、
「へー、ゾンビ問題を、か。俺ァカージ•アインだ。この村の鍛冶屋をやってる。してお前ェ、ここに何の用だ?」
「鍛冶屋……そういうことか。実は俺、剣を壊しちまって。だから新しい剣が欲しいんだ」
やっと納得がいった。ここは鍛冶屋だったのだ。そして、レックスはロンに剣が壊れてしまったことを話した。だから、ロンはレックスを鍛冶屋に連れてきた。でもまずい……。
「そりゃ構わねえが、金は高くつくぜ。いくら持ってる?」
そう、なんとレックス金がない! アフェル武力国家を出て、ここアジャ王国に着いてからも一文無しなのだ。我ながら迂闊だった。
そうして焦っていると、アインがため息をつき、
「悪いが、一文無しに売れる剣はここにはねえな。どっかで金を稼ぐか、タダで剣を売ってくれる心優しい店にでも行くんだな」
完全に門前払いされた。当然といえば当然だ。アインもその商品を売った金で飯を食って生きている。そんな貴重な商品をタダでは渡さないだろう。残念だが諦めるしかーー、
「なあアイン。あの剣はダメなのか?」
「あの剣……確かに扱いには困ってたが、あんな剣欲しがる奴いるのか? 俺でもいらねえぞ」
「あの剣?」
「一年ぐらい前、森に突然黒い剣が飛んできたんだ。結構いい感じの剣なんだが、なぜかその剣は異常な量の瘴気を纏ってたんだ。だから、当然誰も欲しがらないって話だ」
「なるほど。瘴気か」
瘴気。詳しく知っているわけではないが、確か取り込んだ者の負の感情を糧にして力を増強させる。その代わり、瘴気を取り込めば取り込むほど、平常心が損なわれていく。そんな感じのものだったはずだ。
そしてその瘴気の源は、魔王だ。だから基本、魔王軍の連中はみんな揃って瘴気を体に取り込んでいる。そりゃ、そんな瘴気を纏った剣は誰からも欲しがられないわけだ。
でもーー、
「なぁ、その剣見てみてもいいか?」
「なっ、お前ェまじか。瘴気が何かは知ってるだろ!?」
「あぁ、知ってるぜ。でも、それでも俺はこの村守るためにその剣が欲しい」
そうだ。レックスは瘴気がどうとか言ってられる状況にない。ーー今夜、おそらくゾンビとの決戦が始まる。ならば、多少瘴気を纏った不気味な剣でも躊躇はしない。
この村を守りたい。たとえその剣が自分に害をなすとしても、それでゾンビを倒せるのなら。約束を果たせるのなら。
「お前ェ、この村に何か大恩でもあるのか? じゃなきゃ、そんな剣を使ってまでこの村のために戦おうなんざ思わないはずだ」
「大恩? なもんねぇよ」
「じゃあ何のために?」
「俺はロンとアイゼンに約束した。必ずこの村を救おうって。それだけだ。それ以外の理由なんかいらねぇ」
「アイン。レックスはこういうやつだ。だから、多分これ以上止めても無駄だと思うぜ」
「……分かった。案内してやるよ。けど、後悔しても知らねぇぞ!?」
「いいさ。俺が選んだ道だ」
アインは諦めがついたような表情で頭を掻きながらため息をつき、
「剣はこの鍛冶屋の裏にある。ついてこい」
レックスとロンは、アインの案内の下鍛冶屋の裏に周り、少しだけ森の中を進んだ。鍛冶屋に運んでいないということは、よほどその剣が不気味だったのだろう。
しかし魔獣だらけの、増してやゾンビもいる森の中に放置しておいていいのだろうか。
そんなことを考えてるうちに、やがて少し開けた場所に辿り着いたーー、
「って、なんじゃこりゃ!?」
剣だ。刀身から柄に至る全身が黒で染め上げられ、日の光に反射して刀身が輝く様は、まさに禍々しさと不気味さを解き放っていた。
だが驚いたのはそこだけではない。剣が突き刺さっている地面が、そこを中心に大きな亀裂が生まれていたのだ。
さらに言うと、ここ周辺の空気がとても悪い。これはやはり、
「この剣がここに突き刺さってから、ここ周辺の空気が瘴気に汚染されたのか……」
ここから剣までそこそこ距離がある。にも関わらず、レックスたちが立っている場所でさえ瘴気に汚染されている。あの剣の影響力は計り知れない。
「そういうことだ。だから、この辺りには動物の一匹も近づかなくなった。魔獣は別だがな」
確かに、何となく魔獣は瘴気への耐性があるように思える。
「俺も最初は抜こうとした。けど、周りの瘴気が濃すぎて長居できなかった。だから、結局誰もこの剣を抜けてねえんだ」
「ーー決めた。あの剣を抜いて、俺の剣にする」
何故か。この剣との出会いは、レックスにとって二度目の大きな邂逅な気がした。まるで、この体があの剣を渇望しているかのような、そんな気もした。
一歩。また一歩と、その剣との距離を縮める。近づくたびに、周りの音が緊張で昂る鼓動に打ち消されていくのが分かった。その上、剣に近づくにつれ空気が悪くなっていくのも分かる。瘴気が濃くなっているのだろう。
手に汗握る中レックスは剣の前で深呼吸し、柄を両手で握る。そしてひび割れた大地からその剣を抜こうと力を込め、
「うっ……」
何か、大きなものが体中を伝う感じがした。いや、体中どころか魂すらも伝っている。このまま気を緩めれば、自分が自分でなくなってしまう気がする。
鼓動が高まり、意識が世界から遠ざかっていく。これか、ロンたちが長居できなかったのは。全身が脈打って、この剣を拒絶している。ーーもしくは、この剣を歓迎している?
「はぁぁぁあっーーー!! 抜けろ!」
力を込めればこめるほど、空気が揺れていくのが飲み込まれかけている意識の中でも分かる。剣が上に動くにつれて、魂が削られるような感覚に囚われる。これ以上はまずい……
ーー一瞬、レックスの中に何かが入り込んだ気がした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『それは君自身が決めることじゃ。ワシに聞くでない』
『自分の答えぐらい、自分の意思で決めろ』
あの二人のニンゲンは、揃いも揃って同じようなことをチーフに言ってきた。だが悔しくも、二人の言うことは理解できる。というか、おそらく正解だ。
それなのに、チーフはそれを受け入れられない。ーー否、その言葉の意味を理解しつつも、それを行うことができない。
認めよう。チーフはずっと逃げていたと。本当はずっと、答えに辿り着くのが怖かった。自分が見つけた答えが、どんな結果をもたらすか分からないから。だから考えることから逃げていた。
だけど、もうこの永遠の一瞬が最後の時になる。今ここで考える事から逃げてしまえば、今度こそチーフは変われない。もうこれ以上、自分を嫌いになりたくない。
向き合おう。答えを掴み取ることに。
向き合おう。相棒と交わした約束に。たとえそれが、相棒を裏切ることになったとしてもーー、
「やべぇ……でかいのが来る!」
「もう遅いわ! 焔!!」
微睡の中で答えを見つけ、再び現世に舞い戻ったチーフは、迫る炎の前に立つ。そして、
「ーーーー」
火の手から、ジュリアス•レックスを逃した。
「痛ってぇ……けど助かった。誰だか分かんねぇけどありがとう。あっ、でも今ここにはゴストンっていうやべぇ奴がいて危ないから逃げろ!」
「オマエは本当にーー」
ーーいい奴だな。
手刀で首を叩いてレックスを気絶させ、背中に背負ってこの場を高速で離れる。そして村に辿り着き、入り口付近に気絶したレックスをそっと置いた。ここならば、魔獣にも襲われないだろう。それに、もう少しすれば誰かが見つけてくれるはずだ。
ーーそれが、ゴストンと対立することを決意した『刀屍』ゾルト•チーフが初めて動いた日のことである。




