第一章11『覚悟』
「レックス、行くぞ!」
「おう!」
夜。それも満月の夜だ。見渡す限りの星々がそれぞれの光を放ち、暗闇の森を微かに照らす。
レックスとロンは、村の北門を出てシェイク大森林を駆けていた。正直、ロンが村に残らずレックスと共に行くというのは不安があるが、それもアイゼンの話ーーゾンビ復活のカラクリをさ踏まえれば妥当かもしれない。
それに先日のようにチーフが村に乗り込んできたとしても、怪我が完治したアイゼンが迎撃すると約束してくれた。アイゼンの強さを踏まえれば、あまり心配はない。無論、アイゼンの強さをよく知っているわけではないが。
「って、魔獣か。しかも結構多いな」
「今までが少なすぎただけだ。さっさと片付けるぞ」
茂みから現れたのは五匹のウルファー。黒い全身の毛を振るわせながら、血肉に飢えた赤い瞳でレックスたちのことを睨みつけてくる。
レックスは剣を、ロンは炎を纏った拳を構えた。
「はぁぁぁっ!!」
「火拳!」
剣の斬撃と炎の一閃が、襲いかかるウルファーを次々と蹴散らす。そしてあっという間に、襲ってきたウルファーは全滅した。
こんな魔獣たちでは自分たちの相手は務まらない。ロンにそう言おうとした瞬間だった。ーー巨大な地響きが近づいてくるのが分かったのは。
「な、なんだ!?」
「まさかゴストンか?」
「いや、それは違うはずだ。もっとでっけぇ何かだ」
後ろだ。後ろから豪快に木々を薙ぎ倒しながら迫る何かがやってきている。来る!
「お前、まだいたのかよ!」
そこにいたのはウルファーと同じく体全体を黒い毛に包まれ、赤い瞳で獲物を睨みつけながら低い唸り声を上げる魔獣。しかし体の大きさは他とは比べ物にならず、なによりその頭は一つではなく三つ。
そう。そこにいたのは、前にレックスとロンが力を合わせて倒した魔獣、ケルベロスだった。
「驚いてる暇はない。やるぞ、レックス!」
「当たり前だ。何回でも倒してやるよ!」
ケルベロスの低い咆哮が、腹に響く。そして森中にも響き、近くにいた鳥たちが一斉に森から逃げ出す。
ケルベロスを倒すために、レックスはケルベロスの右に、ロンは左へと走り始めた。
危機のはずなのに、どうしてか。レックスにはまるでそんな気がしなかった。
レックスがロンと初めて出会った日、それはケルベロスと戦っていた時だった。初めて出会ったやつに助けられて、そして初めて会ったやつと一緒に強敵を倒した。今となってはいい思い出だ。
そしてなにより今は、その頃よりも互いを信頼し合っている。だからこそこの戦い、絶対に負ける気がしない。
「雷剣。くらえ!」
右手を通じて剣に雷魔力を送り、剣に雷を纏わせる。ーー信じられないことが起きた。
またレックスは軽くしか魔力を込めていない。にも関わらず、剣にはすでに膨大な雷が纏われている。この数日でレックスが急成長したとも考えにくい。となれば考えられるのは、それがこの剣の能力だということに他ならない。
剣に込めた魔力を膨れ上がらせる。それがこの剣の能力なのかもしれない。それに思えばこの剣、今までレックスが使ってた剣よりも軽い気がする。いい剣じゃねぇか。
レックスは剣をケルベロスの横っ腹に突き刺し、連続でケルベロスの体内に雷魔力を送り続ける。雷の猛攻を受けたケルベロスの体は感電して痺れ、完全に身動きが取れなくなった。
「ロン! 今のうちに全部の頭を潰してくれ!」
「任せろ! 火拳!!」
ロンの炎を纏った拳は、一つ、また一つと逃げられないケルベロスの頭を潰していき、一瞬にして全ての頭を潰した。ケルベロスの体は支える力もなくなり崩れ落ち、巨大な死体となった。
前ならこれほど早く倒すことなどできなかった。無論、レックスの剣が強かったのもあるが、それ以上に互いを信頼し合う絆が大きな要因だろう。そう思うと感慨深いものである。
「やったな。ロン」
「余裕だったな」
ロンとのグータッチ音が、辺りに響くーーん? 何が変な音が聞こえる。まるで何か大きなものが迫るような、
「って、レックス。後ろ……」
「ーーは?」
ロンが指差す先。そこにいたのは紛れもないケルベロスーーそれも二匹だ。別の個体がまだ森に潜んでいたということか。流石に二体同時はまずい。
二匹のケルベロスの鉤爪がレックスとロンへ迫る。ロンはともかく、剣を鞘に直したレックスは間に合わない。
「雷足!」
この技がなければ危なかった。間一髪、レックスはケルベロスの攻撃を背後に避けた。だが、
「ロン!」
「くそっ、まずいな」
ケルベロスの攻撃を正面で受け止めたロンは別だ。いくらロンでも、ケルベロスの馬鹿力を押し返すのは難しい。それも上から押さえつける攻撃は特にだ。
このままではロンが持たない。だがもう一匹のケルベロスがレックスに注意を向けていて、助けに入るのも難しい。今からレックスのことを睨んでいるケルベロスを一瞬で倒して、そこからロンを助けに行くか? いや、三つの頭を切らないと死なないケルベロスに、それは難しい。
一体どうすればーー、
「ーー瞬斬」
ロンを襲うケルベロスの三つの頭が、地面に転げ落ちた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ーー答えは出した。約束を果たす時だ。
「チーフ。一晩中帰らないと思えば、無事だったか。その顔は……どうやらキサマ、答えを出したようだな」
「ああ。生憎このタイミングになったけどな」
もう相棒とこうして話すのも最後になるのか。だが、もう決めたことだ。迷いはない。
「それで、キサマの答えを聞こうか」
「ーーオレは、オマエのやり方だとゾンビを幸せにできないと思う。ニンゲンとゾンビは手を取り合うべきだ」
分かっている。それが無理だったから、ゴストンも断念したのだということを。しかし、チーフにはどうしても諦めれられなかった。
ニンゲンとゾンビの共存。それは何年にもわたるゾンビの夢だった。けれどこれまでのニンゲンはゾンビを迫害し、理解しようとすらしなかった。
ニンゲンがこれまでしてきたことは決して許されることではない。しかし、ゾンビがニンゲンにしたこともまた許されることではない。
だからこそ、チーフはニンゲンとの交渉が必要だと考えた。そうでなくては、この先ゾンビが幸せに生き続けることは難しいだろう。だからーー、
「オマエが考えを変えないことも分かってる。だから……」
「キサマの言い分は分かった。ワレは嬉しいぞ。ようやくキサマが、キサマなりの答えを出したのだから」
その瞬間、ゴストンの賞賛とは裏腹に洞窟の空気が一気に重くなった。上から強く押さえつけられる重圧のようなもの、それがチーフの体にまとわりつく。
まるで、目の前にいるのがもはや変わり果てた相棒ではなく、ただの化け物かのように。ゴストンから漏れる瘴気が濃くなったのか?
「だが、これでワレにも迷いがなくなった。ーーチーフ、ワレはキサマを敵とみなす。精々悔いの残らないようにすることだ」
炎を両手に纏っている。ゴストンは、ここでチーフを殺す気だ。
左腕から、炎が迫る。その大きさも速度も、今までとは段違いだ。
「くっ」
分かっていた悔しさを噛み殺しながら瞬足を用いて横に避ける。だがーー、
「っ、しまった」
移動した先に、もう一つの炎が既にあった。チーフは急には止まれず、炎が一切の容赦なくチーフのお腹を貫いた。
ゾンビだから、感覚的な痛みはない。だが、ゴストンの迷いなき殺意がチーフの心を貫き、心が痛む。
「今夜、ワレは一人でシェイク大森林に住むニンゲンを皆殺しにする。チーフ、覚悟しておけ」
「じ、上等だ……ッ」
チーフの体は限界を迎え、灰になった。
さて、予想はしていたがまずい状況だ。今日の戦い、チーフはもう生き返れない。
ゾンビの能力ーー『祝福』の一つである『回生』を一日一回まで使えるは、明日になればまた補充される。だが、ゴストンは今夜皆殺しにすると言った。当然、明日まで待ってはくれないだろう。
となれば、チーフは生き返りなしでゴストンを倒さなければならない。となれば頼れるのはーー、
「あいつらか」
チーフは村に近い森の中で生き返り、安全に夜を待つことにした。
決戦の夜になった。森の中にいる魔獣も、他のゾンビと同じくゴストンの支配下にある。闇雲に森を走り回るのは得策ではない。
大きな物音がすれば、そこにレックスとロンがいるはずだ。だから、その音が鳴るまで待とう。
音がした。北の方角だ。
「行くか」
チーフの得意技ーー瞬足は、一回だけ蹴る力を強くする技だ。チーフは移動に使っているが、応用すれば蹴り技にも使える。しかし、連発はできない。一回発動するごとに一秒ほど時間が必要なのだ。
だがなんと言っても今日は綺麗な満月。月光を浴びると強化されるゾンビにとって、今日は最高の日だ。そしてもちろん、それはチーフも例外ではない。ーー無論、ゴストンも。
月光下でなら、チーフはほとんど休むことなく瞬足を発動できる。レックスとロンに追いつくのもあっという間のはずだーー見えた。二人のニンゲンと二体の大きな魔獣だ。
「なるほど。二匹のケルベロスに襲われているのか」
右足に力を込め、刀を上に掲げる。そして、
「ーー瞬斬」
チーフはロンを襲っているケルベロスの三つの頭を、鋼の一閃で全て切り落とした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
急にケルベロスの力が弱くなったと思い上を見ると、そこには見慣れた人物が剣を振るっていた。だが同時に、ロンには信じられないことでもあった。
「なっ、チーフ」
そこにいたのは、昨夜ロンと一戦を交わした敵だったのだから。そいつは、昨日までロンと殺し合っていた敵だ。ましてやそんなやつがロンのことを助けたなど、信じられるはずがない。
「後ろだ」
「あ? 後ろーー」
チーフの言った方向に向くと、そこにはもう一体のケルベロスが唸り声を上げながら走ってきていた。まずい、ロンもレックスも、おそらく間に合わない。せめて炎の拳をくらわせてーー、
「瞬斬駆嵐」
途端チーフの姿は消えケルベロスの周りを砂埃が舞う。そして次の瞬間には、ケルベロスの片足が切り落とされていた。目で追えない動き。チーフの仕業だ。
目に追えぬ速度で嵐のように駆け回りながらケルベロスを翻弄し、隙あらばその巨軀を刀で切り付ける。やっていることは分かるも、ロンにはチーフが刀を振るう姿さえ認識することができない。速すぎるのだ。
片足、前足、右頭に左頭と次々とケルベロスの体を切り落とす。ケルベロスも手足頭で反撃するも虚しく、その攻撃は一発も当たらない。
そしてチーフは、瞬く間に最後の頭を切り落とす。ケルベロスの原型すらない体は崩れ落ち、その場にはケルベロスの死体の上に立つチーフの姿しか残されていなかった。
「す、すげぇ……」
「ロン、レックス。頼みがある」
呆気に取られていたレックスと、チーフの存在を警戒するロンは息を呑む。
「ーーオレと一緒にゴストンを殺してくれないか?」
シェイク大森林の魔獣の王とまで呼ばれたケルベロスを踏み台に、チーフはゾンビ史上類を見ないニンゲンとの共闘を申し出てきた。
「チーフ。いくらなんでもその言葉をオレたちに信じろってのは無理があるぜ」
チーフが自分の運命を決めれず迷っていたことはロンも知っているし、今この瞬間の前にいるのが答えを出したチーフだという可能性も大いにある。
だがそんな都合のいい言葉を鵜呑みにするほど、ロンも馬鹿ではない。ゴストンと共に挟み撃ち、ということも全然あり得る。
だから、チーフのことを信じたい気持ちをかき消してでも、ロンは慎重にならなければならない。
「分かってる。だから、信用してもらうために、オレもそのための材料を用意した」
「材料?」
「オレはオマエたちに、ゴストンを殺すための情報を全て開示する」
「……なるほど。情報か」
そう来たか。確かに情報は戦闘において重要な材料だ。ゾンビかつ副指揮官のチーフならば、ロンたちの知らない情報も多く持っていることだろう。それはきっと大いに役立つに違いない。
どうするべきか。情報は欲しいが、それが正しい確証もない。一か八かに賭けるのも悪くないが、今始末しておかなければ後で後悔するかもしれない。
取れる選択肢は二つに一つ。迷ってる時間もあまりないーー、
「ほんとか!? ありがとな、チーフ」
ロンの隣にいた少年は、チーフの言葉を鵜呑みにしていた。
「なっ……おいレックス。もう少し慎重に考えろよ」
「いいじゃねぇかロン。それにもしチーフが俺たちを殺そうとしてるなら、奇襲を仕掛けることもできたはずだ。それをしねぇってことは、俺たちに敵意がねぇってことじゃねぇか?」
「それは……」
レックスの言う通りかもしれない。今チーフがケルベロスを殺したことや、アイゼンから聞いたゾンビのカラクリを踏まえても、チーフがここで奇襲を仕掛けずロンたちのことを助けたのは妙だ。となれば、信用していいのかもしれない。
「分かった。チーフ、お前の話を聞かせてほしい」
「分かった」
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ーーこれでいい。これで、これでいいはずだ。もう後戻りはできない。楽しかったあの日の思い出も、共に復讐を誓って戦い合った日々にも、もう戻れない。
あいつ自身が選んだ道だ。それは否定できない。瘴気を取り込む前に、ゴストンはチーフと約束した。自分の道を選べ、と。だから、いずれはこうなることも分かっていた。
チーフは心置きなくゴストンを殺しに来れる。なにせゴストン自身が、チーフを一度殺したのだから。迷いはないはずだ。
ゴストンには、どちらの考えが正しいのか分からなかった。だから、ゴストンはニンゲンを殺しゾンビが生き残る道を、命をーー否、魂を犠牲に選んだ。
おそらくチーフは、レックスとロンを仲間につけてゴストンを殺しにくるだろう。それがチーフの選んだ道だ。
ゴストンとチーフの道は分たれた。決別の時だ。たとえどちらが死んだとしても、どちらかがゾンビのこれからを背負っていかなければならない。
ゴストンの支配下にある無関係な他のゾンビは全て洞窟に避難させておいた。巻き込まれる心配はないはずだ。そしてチーフたちの元には、同じくゴストンの支配下にある魔獣を仕向けた。少しは奴らの体力を削ってくれることだろう。
共存か殺戮か。ゾンビの未来には二つに一つしかない。
「始めるぞ。相棒」
決意が固まり迷いを捨てた瞬間、ゴストンを支配する瘴気が今までとは比べ物にならないほど濃くなった。こうなれば、ゴストンはもはやただのゾンビには戻れない。
「……これが、迷いを捨てた瘴気の力か」
これほど瘴気が濃くなれば、安定した自我を保つことさえ難しい。下手すれば、瘴気によって自我を失った化け物ーー『魔人』にでもなってしまいそうだ。しかしそれでは仮にゴストンが勝ったとしても、ゾンビのこれからを指揮していけない。
だが、その分沸き立つ力は今までとは比べ物にならない。瘴気を全身に纏った今ゴストンならば、できないことはないとまで思えてしまうほどだ。これが、全能感というものなのだろうか。
「そろそろチーフが奴らと合流した頃だな。ワレも出るとするか」
上るのが最後になるかもしれない洞窟の階段を上り、ゴストンは暗闇と静寂が包み込むシェイク大森林に解き放たれた。
ーー徹底的に奴らを殺す。それが、この残酷な運命を受け入れた『瘴屍』アングリフ•ゴストンが魂に刻みつけた決意と覚悟だ。




