第一章12『アングリフ•ゴストン』
ーーアングリフ•ゴストンとゾルト•チーフ、そしてラティス•マトンは物心ついた頃から同い年の良き友人であった。
二十年前、ゾンビとしてこの世に生を受け、生きる意味やこの世界の仕組みについて何も分からぬ幼児の頃から、三人は苦楽を共にした。親子や家族という概念がないゾンビにとって、三人の関係はまさに家族そのものだったといえるだろう。
ゾンビがこのシェイク大森林に住処を置き始めたのは、だいたい百年前からだ。そしてちょうどその頃に、ニンゲンがシェイク村を作った。だから、シェイク村のニンゲンとゾンビは、シェイク大森林に同時期に住み始めた生物同士。そう思っていた。
でも現実は違った。ゾンビはモンスターで、ニンゲンはモンスターではない。ニンゲンの世界では、モンスターは悪でニンゲンは正義。その絶対的な種族差別は、シェイク大森林に住むゾンビにも及んでいた。
そこから十年経ったある日。とある一人のゾンビが森の中で一人で歩いていたところをニンゲンに見つかり殺された。
ゾンビである限り毎日一回『回生』を使ってゾンビの集落に生き返って戻ってこられるから、真の意味で死ぬことはない。だが彼は襲ってきたニンゲンに恐怖を植え付けられ、心に深い傷を負ってしまった。それきり、彼はもう笑うことは無くなってしまった。
「ワレは、このままニンゲンがゾンビに危害を加え続けるぐらいなら、ニンゲンを皆殺しにする方がいいと思う」
ゴストンの意見に、チーフも頷く。だがどうしてか、マトンは首を横に振った。
「いや、それじゃあゾンビはこの先、長く生きていけないと思う。やっぱりニンゲンと仲良くなるほうがいいよ」
「だが、そのニンゲンがゾンビを傷つけ続けるのなら、ワレらは一方的にやられるだけだぞ」
「それは、お互い相手のことを知らないからだよ。きちんと話し合い、お互いのことを知り合えば、多分ニンゲンとゾンビは分かり合える」
「そんなの、無理ではないか? 百年ゾンビがここに住み続けて、一度たりともニンゲンと友好関係を結べていないのだ」
マトンの意見は分かるし、ゴストンもそれに乗りたくなる。だが現実は暗い闇だ。きっとゾンビの姿を見た途端、話し合う間もなく襲ってくるに違いない。
「オ、オレはマトンに賛成だ」
「おいチーフ。キサマまで……」
「だって、オレたちが揃えば何でもできる気がするんだ。それがニンゲンとの対話でも、オレたち三人が力を合わせればきっとできるよ!」
『ーーオレたちが力を合わせれば、できないことなんてない!』
よく三人で言っていた言葉だ。その言葉を言われれば、ゴストンもなぜが自信が湧いてきて、
「分かった。ワレも力を貸そう」
「ありがとな、チーフ」
流れるようにこの案に乗るのだった。
マトンは、チーフやゴストンのように武芸に長けていたわけではない。魔法も使えなければ、動物も殴れない。一人じゃ蚊も殺せないような弱者だ。
だがその社交性は、ゴストンやチーフと比べ物にならないほど長けていた。実際、マトンは多くのゾンビから好かれている。多分、ゾンビの中にマトンを嫌うやつはいない。
もしかするとマトンならば、ニンゲンとも仲良くなれるかもしれない。この頃は、そんな希望も抱いていた。
そこからさらに年月は流れ五年後、三人はもう十五歳となっていた。あの事件から毎日ニンゲンとの対話がどうすれば可能になるかずっと話し合ってきたが、結局良い案は浮かばなかった。
確かにゾンビは、毎日死んでも一度なら生き返れる。一か八かニンゲンの元へ出向き、もし死んでも集落に戻ってくることも可能だ。そこから繰り返し何度も挑戦すればいずれーー、
「いや、それじゃダメだ」
「どうしてだ?」
頭の硬いゴストンなりに頑張って考えてみたのだが、マトンにあっさりと否定されてしまった。
「これ以上ニンゲンがゾンビを手にかけてしまったら、多分僕たちも無意識のうちに次第にニンゲンのことを憎しみ始めてしまう。それだけは避けたい」
「なるほど。それはそうだな」
「頑張ってニンゲンに一度も殺されない方法を考えよう」
そこまで考えていたとは。やはりマトンは頭がいい。あと五十年かかっても、ゴストンではマトンの思考能力には追いつけなさそうだ。
その時、チーフがやけに焦った表情で走ってきた。
「ゴストン、マトン! 大変なことになった。武装したニンゲンたちが、ゾンビの集落に向かってきている」
ニンゲンから対話を望んできたとは考えられない。となれば、
「狙いは、ワレらゾンビの殲滅か」
「数は何人ぐらいだったんだ?」
「確か二十人ぐらいだった。あと十分もあれば辿り着きそうだ」
マトンは静かに考え込み始める。そして、
「とりあえず、みんなにその話を伝えて避難させよう」
「「分かった」」
集落の奥に、大きな洞窟がある。そこに逃げ込めば、ひとまず安心だろう。
そこから三人は、マトンを筆頭に集落を走り回りながら洞窟へ避難しろと叫び回った。そして瞬く間にゾンビたちは洞窟へ避難し、ニンゲンが辿り着く前に全員無事避難し終えた。
だが、マトンの行動はここからだった。
「逆に言えば、これはいい機会だ。襲撃してくるニンゲンと対話を試みよう」
「は?」
「キサマ、正気か?」
マトンの口から馬鹿げた言葉が出てき、ゴストンとチーフは耳を疑った。だがマトンは変なことは言っていないと言わんばかりに快く頷き、
「正気だよ。だって考えてみてよ。武器も何もない無力の僕たちがわざわざ危険な集落に戻って、ニンゲンと対話を試みれば、きっとニンゲンも少しは考え直すはずさ。だって、ニンゲンはゾンビが危険な存在だと思ってこんな襲撃を起こしてるんだろ?」
「それは……だが、あまりにも危険すぎる。殺される可能性だってあるのだぞ。それは、キサマが一番望んでいないことなのではないか?」
さっきチーフは言った。無意識に憎悪を募らせるかもしれないから、ニンゲンに殺されてはいけないと。
「確かにそうだね。ーー仮に、無力無抵抗の僕らをニンゲンが一方的に殺せば、僕はもうニンゲンとの対話を諦めるよ」
「ーーーー」
「僕らは、ニンゲンのことをよく知らない。だから、今ここで見定める必要があるんだ。ニンゲンは善か悪かを、ね」
マトンの覚悟は伝わった。ならば、ゴストンもそれに乗ろう。
「キサマの言いたいことは分かった。ワレもついていこう」
「オレもマトンについていく」
マトンの意見に賛成の意を示したゴストンとチーフは、これからマトンと共に集落へ戻ることになるのだーー、
「ごめん。だけど、ゴストンとチーフじゃニンゲンに怖がられるかもしれない。だから、今回は僕だけでいかせてほしい」
「っ、確かにそうだな」
「だっなら、しっかりオレたちの分まで頑張ってくれよ!」
「二人とも、ありがとう。ーー行ってくる」
避難したゾンビをゴストンとチーフに任せ、マトンは危険な集落へと走っていった。
確かにマトンが敵として出てきて対話を試みれば、少なくともニンゲンもマトンへ手を出すことはないだろう。あの見た目で危険と判断するのは無理だ。ゴストンやチーフよりかはよっぽど適任だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いいか? シェイク村の住人のフリをして、ゾンビを殺せよ。ゾンビは一度死んでも生き返る。ーーゾンビ共に、ニンゲンが対話できない化け物だということを思わせろ」
「「「はい」」」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
マトンが集落に向かってから十分が経った。仮にマトンが容赦なくニンゲンに殺されたのなら、今頃マトンはここに戻ってきているはずだ。ということは、マトンはニンゲンに殺されていないということになる。
ニンゲンとの対話が成功したとみていいだろう。
「マトン、大丈夫だよな?」
「おそらくな。今帰ってきていないということは、ヤツはニンゲンとの対話に成功したはずだ」
「そうかもなー。すごいな、マトンは」
マトンがニンゲンと仲良くなれたのだとすれば、これはまさしく快挙だ。過去百年間、シェイク大森林に住むゾンビはニンゲンと友好関係を持ったことがない。ーー否、シェイク大森林のゾンビだけではない。ゴストンとチーフが知る限り、ゾンビとニンゲンが友好関係を築いたことは一度もない。
マトンが帰ってきたら、盛大に祝福してやろう。
「っ、マトン! 帰ったのか」
洞窟の入り口付近から、他のゾンビの声が聞こえた。どうやらマトンが帰ってきたようだ。
「チーフ、行くぞ」
「お、おう!」
ゴストンはチーフをつれて、急いで洞窟の奥から入り口に向かった。ーーだが、帰ってくるのが少し早くないか?
入り口に辿り着くと、そこにはマトンの姿があった。だが、どこか疲弊した表情だ。
「マトン! どうだった?」
「……ごめん。ちょっとしばらく一人にさせて」
ゴストンとチーフの間を通り、マトンは洞窟の奥へ一人歩いていった。
その背中を見るだけで、何か不吉なことがあったということが聞かなくても分かる。
ゴストンもチーフも、今日はマトンを一人にすることにした。
夜を超え朝になった。さっきゴストンとチーフで集落を見に行ったが、あの荒廃ぶりではもうあそこに住むことはできなさそうだ。それにニンゲンに居場所がバレたのならなおさらだ。これからはこの洞窟に拠点を置くしかない。
各自貴重品等を持ち出し、早急に洞窟の開拓を進める必要がありそうだ。
「にしても、マトンは大丈夫なのか?」
あれから一度も姿を見せていない。相当落ち込むような出来事が昨日あったのだろう。
あの顔から察するに、おそらくニンゲンと仲良くなれなかったとみて間違いないだろう。ーーだけど、やっぱり話を聞くまではなんとも言えない。というか、なんとも言いたくない。
「ワレは、マトンが自分から出てくるまで待つことにする。チーフはどうする?」
「ゴストンがそうするなら、オレもそうするよ」
シェイク大森林には、ゴストンの知る限り四つの洞窟がある。大量のゾンビを一つの洞窟に全員住まわせるわけにもいかないし、いずれは四つの洞窟に集落を分散させる必要がありそうだ。
となると、ゾンビたちの区分けも必要なことになるな。
そんなことを考えてから、四日が経った。ゾンビたちはゴストンの指示に従い、皆集落から自分たちの持ち物を持ち出し、一つ目の洞窟を開拓中だ。
だがあれから一度も、マトンはゴストンたちに姿を見せなかった。そろそろ自分たちから声をかけるべきだろうか。それとも……。
「っ、マトン! 大丈夫か?」
チーフの大きな声が奥から聞こえ、ゴストンは一目散に向かう。マトンだ。やっと姿を見せてくれた。
「ごめん、心配かけて。でももう大丈夫。ーー二人には、僕が体験したことを全て話すよ」
「「ーーーー」」
立ち直ってすぐ話させるのはまずいと思っていたのだが、どうやらマトン自ら話してくれるようだ。二人は静かにマトンを見つめる。
「あれから僕は、シェイク村の住人と会った。そして、話をしようとした。……けど、ニンゲンは話を聞いてくれなかった。僕を見た瞬間、嗤いながら僕を痛ぶり、そして殺した」
「「ーーーー」」
「僕は、ニンゲンと会って理解したんだ。ニンゲンは友好関係を築けるような生物じゃない。あれは、ただの、化け物だ」
よほど受け入れたくなかったのだ。マトンはこの場にいる誰よりも、ニンゲンと仲良くなろうと努力し、そしてできると信じてきた。それを一夜にして否定されたのだ。マトンの受けた傷は、計り知れない。
それを受け入れてゴストンたちに話してくれたマトンは、誰よりも強い。
「話してくれてありがとう。マトン」
「何が起ころうと、ワレらはキサマの味方だ」
「二人とも、ありがとう」
三人で抱擁を交わした後、マトンは我に帰ったように他のゾンビたちの様子を見た。
「今、みんなは何をやってるんだ?」
「この洞窟を住処にするために、開拓を進めさせている。ワレとチーフで提案したのだが、大丈夫か?」
「もちろんだよゴストン! にしても、みんなをゴストンが動かしたなんて。まるで信じられないな」
「し、仕方ないだろう。キサマがやらないなら、ワレとチーフでやるしかないのだ」
「ははは、そうだな。ありがとう、二人とも」
良かった。いつものマトンの笑顔だ。少し安心した。今だけは、ニンゲンとの友好関係が築けないという絶望も忘れられる気がした。
「て、敵襲だぁぁぁーーー!!!」
安堵する時間は、どうやらないようだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「敵の数は二十。それも、僕のことを殺したニンゲンたちだ」
ゴストンとチーフ、そしてマトンは皆に他の洞窟へ逃げるように言った後一目散に洞窟を飛び出し、迫るニンゲンたちを遠くから分析していた。
もう敵だ。対話できる見込みはない。ここで奴らを殺す。それしか、ゾンビに残された道はない。
「チーフ。あのニンゲン共を殺すぞ」
「当たり前だ」
「ーーーー」
「マトン。キサマは戦わなくていい。ここで隠れて見ているか、皆を一緒に避難しろ」
「僕は、最後まで二人と一緒にいるよ。ーーそれに、オレたちが力を合わせれば、できないことなんてない。だろ?」
「フンッ。キサマらしい答えだ」
最悪一度死んでも、ゴストンたちはゾンビだ。ニンゲンたちの不意をつくこともできる。
この勝負。勝てるはずだ。いや、勝たなければならない。絶対に。
「行くぞ、チーフ!」
「火足!」
「瞬足!」
ゴストンは空から、チーフは地上から高速で駆け、ニンゲンの元に向かう。速さ的に、チーフの方がずっと早くニンゲンの元に辿り着く。
最初にチーフがニンゲンたちを襲撃し、そこに注意が向いた頃にゴストンが上空から迫る。こうすることにより、完全な奇襲をかけることができる。ゴストンとチーフが、この四日間で考えた戦術だ。
木々が風によって蠢く中、上空からニンゲンの部隊の姿を捉える。ちょうどチーフが一人のニンゲンを殺し、応戦しているところだ。頃合いだな。
「チーフ! そこから離れろ!」
「ん? 分かった!」
この作戦は事前に話し合ったものではなく、たった今ゴストンが思いついた策だ。だからチーフが驚くのも無理はないのだ。
だがそれでもチーフは、ゴストンの指示通り離れてくれた。これで安全にニンゲンを殲滅できる。
両腕を前方へ突き出し、開いた両手のひらをニンゲン共へ向ける。そして、両手に炎魔力を集中させ、
「炎!!」
上空から巨大な炎を、下にいるニンゲンに向けて放った。もしも森が火事になってしまえば、その時は雨が降るのを祈るしかない。今度マトンに怒られそうだ。
だがその炎はニンゲン共を容赦なく焼き尽くし、そのうちの半数を焼き尽くした。残りは、即座にゴストンの魔法に反応して防御した十人だ。
地上に降りると、案の定チーフが高速で駆けつけ、
「おいゴストン! 森が火事になったらどうするんだ!」
「返す言葉もないな」
「まあ話は後だ。今は残りのやつを片付けるぞ」
これは、ゴストンの後日談が悲惨なことになりそうだ。
残っているのは、鉄製の剣と盾を持った剣士のニンゲンが六人、杖を持った魔法使いのようなニンゲンが四人だ。
魔法使いを後ろに配置し、その前を剣士のニンゲンが守るように立っている。こちらからすると嫌な陣形の取られ方だ。
「後の責任は全てワレが取る。チーフ、全力でやるぞ」
「別にオマエに責任とってもらわなくても、オレは怒られるような戦い方はしないぞ」
「そうか。なら、ワレの罪も少しは減るというものだな」
「どうだかな」
チーフはゴストンにそう言い残すと同時に剣士のニンゲンの一人を斬り殺し、他の剣士ニンゲンと応戦する。正直、チーフ一人でも全然倒せそうだ。だがこの場にいる以上、ゴストンもただ指を加えて見ているだけというわけにはいかない。
ゴストンは再び手足に炎を纏わせ、その足で地面を蹴って剣士のニンゲンを殴り殺した。そこから休むことなく、周りにいたニンゲンもまとめて殴り殺す。
そうして、剣士のニンゲンは全員死んだ。残るは魔法使いのニンゲンだ。しかし彼らは目の前で剣士のニンゲンたちが戦っている間何をーー、
「奴らがいない。どこにいった?」
先まで剣士たちの後ろにいたはずなのに、その姿が見当たらない。ーー上か!
「チーフ! 上を見ろ」
「上? ……って、これはまずいな」
上では絵に描いたような青空が広がる中、四人のニンゲンが空に浮いて巨大な一つの魔法陣を形成している。飛んでいる原理はおそらく風魔法の応用だろうが、あの魔法陣は何だ? しかも、ほとんど完成しているではないか。
しかしこれほど大きいとは、一体何の魔法陣だ?
「チーフ、気をつけろよ。何かが来る」
「ゴストン。オレ、あの魔法陣が何の属性の魔法なのか分かるぞ」
「本当か! 何の属性の魔法だ?」
「……光だ。おそらく、あれは光属性の魔法、極光線砲。光魔法で最強の一角に数えられる魔法だ。急いで離れるぞ!」
「わ、分かった!」
チーフは生まれつき魔力がない体だ。だから、チーフは一生魔法を使うことはできない。だがそんな中でも、子供の頃からチーフは魔法に憧れていた。様々な魔法に関する本を読み、どのゾンビよりも魔法に詳しいだろう。
そんなチーフが言ったのだ。危険だと。ならば、信じるのに躊躇う理由はない。
チーフとゴストンは、互いの出せる一番早い速さで、その場を無我夢中になって走り去った。
「ここまで来たら、魔法の範囲からは外れたはずだ」
「ーー待て。マトンはどうした?」
「まずい……オレが連れ戻してくるーー」
チーフが今まさに走り始ようとした瞬間、二人の目の前を圧倒的な白い光が埋め尽くした。この範囲なら、マトンは……
「マトンーー!!」
ーーチーフの叫びすらも、豪光がそこにあるものを破壊し尽くす音によってかき消された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
過去にチーフから、魔法を放つ二つの方法について聞かされたことがある。
一つは、自分一人で発動する方法。
そしてもう一つは、複数人で協力して発動する方法。巨大な魔法陣を複数人で形成するのもそのうちの一つだ。
だが注意すべきなのは、別に魔法陣を形成する魔法が一人で出来ない、というわけではない。一人で魔法陣を作って魔法を放つ魔法使いだって中にはいる。それが、極一部の上級者にしか出来ないというだけだ。
強さのない者は、どうにかして相手を倒すために他者と協力する。魔法も同じことだ。
一人で形成するのが難しい魔法陣を、古人たちは工夫して複数人で形成する方法を編み出した。その細かな原理などは知らないが、とにかく弱者でも力を合わせれば強者の魔法を放てるということだ。
そして、そんな魔法が今目の前を吹き飛ばした。ゴストンの親友を巻き込んで。
怒りは覚える。だが、幸いマトンはゾンビだ。今頃どこかで生き返って避難しているに違いない。ここで悲しんで集中を乱せば、ゴストンたちもやられてしまう。そうなれば、ゾンビたちを守ることができない。
ゴストンは崩れ落ちたチーフの肩にそっと手を置き、
「マトンのやつなら『回生』があるから大丈夫だ。それより今は、奴らを叩きのめすのが先だ」
「そう、だよな。悪い」
チーフはゴストンを見ながら苦笑し、その場で立ち上がった。
「どうする? ヤツら空に浮いてるぞ。これじゃオレの攻撃も当たらない」
「忘れたのか、チーフ。ワレならば、空まで飛ぶことだってできるぞ」
「って、そうだったな」
チーフの瞬足は、連続して地面を蹴りながら中距離を移動し続ける技だ。故に、空を飛ぶような芸当はできない。
それに対してゴストンの火足は、一度の強烈な蹴りで長距離を移動する技。ゴストンが一度地面を蹴れば、魔法使いのニンゲンの元まで辿り着くことは容易だ。
おまけに奴らニンゲンは、ゴストンたちを仕留めたと勘違いしているはず。だったら、奇襲を仕掛けるのも容易だ。
ゴストンはチーフを肩に乗せ、空高く舞い上がる。完全にニンゲンの背後をとった。バレていない。
チーフはゴストンの体を踏み台にして、ニンゲンたちの元へ飛び去った。その振動に、思わずゴストンは空中でよろけた。というか、そのまま落ちていった。
落ちながらも、ゴストンはチーフの空中戦を瞳に映す。チーフが一人目のニンゲンを背後から斬り、その死体を踏み台にし、そしてまた次を斬り踏み台にする。ニンゲンからニンゲンを伝って、空を縦横無尽に飛び回っている。ほんと、無茶苦茶なことをするものだ。
そして間もなくして、チーフは全てのニンゲンを斬り殺して地上に帰ってきた。
「流石だな、チーフ」
「ゴストンもな」
二人で勝利の喜びを噛み締めるため、グータッチを交わす。だがまだ戦いは終わりではない。ーー他の洞窟に、他のニンゲンが襲撃していないかを確かめなければならない。
周辺にある洞窟は四つ。数日前まで住んでいた洞窟には誰もいないとして、確かめなければならない洞窟は全部で三つだ。近いところから順に回っていったほうが良さそうだ。
「チーフ。まずはここから一番近い洞窟を見に行くぞ」
「ああ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あれから近い順に洞窟を二つ回り、半数以上のゾンビが無事に避難できていたということがわかった。
残るは最後の洞窟一つだ。もう少しで着く。
「今のところ皆無事だけど」
「……やはり気になるのはマトンのことか」
「ああ」
実は、二つの洞窟を回ったものの、未だにマトンの姿を確認できていない。おそらく今向かっている洞窟にいるのだろうが、それでもどこか不安は薄れなかった。それどころか、時が経つにつれて不安は増すばかりだ。
「見えた!」
「ーーなんだ、この音」
最後の洞窟の前に辿り着いたチーフとゴストン。しかしなぜか、中から変な音が聞こえるような気がする。まるで、何かを殴るようなーー、
「何かがおかしい。チーフ、気をつけて入るぞ」
「分かった」
不吉な予感がしつつも、ゴストンは階段を下る。ここは四つの洞窟の中では珍しく、少しだけ整備された洞窟だ。無論、まだ階段程度しか整備されていないが。
ーーその瞬間だった。ゴストンの瞳にに、地獄が映ったのは。
「キ、キサマ。何をやっている?」
それは答えない。それはゴストンの問いかけに見向きもせず、淡々と作業を繰り返していた。ーーその作業が、この洞窟に避難したゾンビの虐殺でなければ、ゴストンの声もこれほど震えることはなかっただろう。
身の毛がよだつほど体の大きい大男は、ゴストンよりも二回りほど大きな体で、手足も普通のニンゲンの胴体の太さほどある。まさしく、大男という表現が似合う人物だ。
そんな大男は、その大きな腕と拳で無抵抗に逃げ回るゾンビたちを次々と殴り殺して灰にしていた。その度、洞窟の中にゾンビたちの泣き叫ぶような悲鳴が響く。
手足が震えた。この状況にも、そしてこの状況を作り出した敵にも。これが、恐怖というものなのだろう。ゴストンが生きてきて初めて感じた感情だ。
「キサマ。何をやっているかと聞いているんだ! 答えろ!!」
ようやく作業をする手が止まり、こちらへ振り返った。大男に殴られそうになっていたゾンビは、泣きながらも彼自身が出せる全力でその場から離れていった。
だがそれでも、大男は何も答えない。少しゴストンたちのことを見つめた後、再び作業に戻ろうとしていた。もう我慢の限界だ。
「チーフ。奴を殺すぞ」
「当たり前だ」
ゴストンは火足を、チーフは瞬足を用いて、大男の背後に急接近。その隙だらけの背中に、拳をぶち込んでーー、
「ハッ!」
「ーーッッ!!」
何が起きた。殴られたのか? だけど、さっきまで後ろを向いていたはずだ。瞬時に振り返って殴ったのか。だとしてもこの威力、異常だ。骨の髄まで痛みが伝う。
大男に容赦なく殴られたゴストンとチーフは大きく吹き飛ばされ、何度も地面を転がり、そして洞窟の壁に体を打ちつけた。
一撃くらっただけでも致命傷になり得る一撃。この大男、間違いなく危険だ。今まで戦ったどんな魔獣やニンゲンよりも遥かに強い。ケルベロスが十匹集まっても勝てなさそうだ。
「ま、待て。マトンはどうした」
「そういえば、見当たらない……まさか」
「やめろ。それ以上言うな。まだマトンは生きている。そうだろ?」
「悪い」
ゴストンとチーフは痛みを堪えながら立ち上がった。目の前でゾンビを殺し続ける虐殺者を殺すために。まだマトンが生きていると心から信じて。
走る。この後どうするかも深く考えず、とにかく走る。あの大男の虐殺を止めるために。勝てなくても、勝てると心から信じて。魔力を拳に通し、炎を纏う。一撃だけでもくらわせてやるーー、
「ガハッ……」
「ゴストン! 瞬斬!!」
「ハッ!」
「くッ……」
ゴストンもチーフも互いの全力を尽くすも虚しく、大男の前には無力。再び洞窟の壁に打ち付けられた。打つ手なしだ。
「やめろ! く、くるな!」
聞き覚えのある声がした。ーーマトンだ。マトンの声がした。マトンが、迫る大男の前でゾンビの子供を庇っている。
「この子はもう生き返れないんだ。だから、やめてくれ!」
やめろ。マトンも一緒だ。マトンだって、もう次はない。今死ねば、本当の意味で死ぬことになる。クソッ、動けこの体! 目の前にいる無力なゾンビも助けられないで、何がゾンビを救う、だ。動け。動け!
「僕もここまでか。ゴストン、チーフ! みんなを、頼んだぜ!」
「「や、やめろぉぉぉぉーーー!!」」
「ハッ!」
ーーゴストンとチーフの叫びも虚しく、マトンとゾンビの子供はその無慈悲な一撃によって粉砕された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そこから何があったかはあまり覚えていない。完全に復讐と殺意に支配され、チーフと共に無我夢中で戦ったのだろう。
だが、ゴストンとチーフは負けた。二人が次に目を覚ましたのは、一つ目に回った洞窟だった。殺されて生き返ったのだ。悔しさと無力さと喪失感に、何日も何日も身を焼かれた。
もしもう少しだけ強ければ、マトンを守れていたのだろうか。そんなちっぽけで夢をかき集めただけの妄想が、常に脳裏を横切った。どれだけ泣いても、マトンがいないという現実は何一つ変わらぬというのに。
二週間ほど経ったのだろうか。ほんの僅かに、ゴストンは正気を取り戻した。チーフは……まだ部屋に閉じ篭りっぱなしだ。
だがそれでも前を向かなければ。
『みんなを、頼んだぜ!』
マトンが死ぬ間際に言い放った一言に、あれからゴストンはずっと悩まされていた。今までマトンがやってきた以上のことを、ゴストンとチーフに託されたのだ。
「キサマは、無責任な男よな。やりたければ、キサマでやればいいというのに」
その時、洞窟の奥から足音が響いた。チーフが部屋から出てきたのだ。
「チーフ」
「待たせてたんだったら悪かったな」
「いや、ワレも今来たところだ。気にするな」
違う。もっと話すべきことがあるはずだ。勇気を出せ、アングリフ•ゴストン。ラティス•マトンが何を自分たちに託したのかを、よく思い出せ。
「チーフ。共にゾンビのこれからを背負っていかないか?」
「これから、か……マトンがオレたちに託したんだよな」
「そうだ」
「だったら、オレの答えは一つだ。オレは、オマエと一緒にゾンビを導く」
「キサマなら、そう言うと思っていた」
ゴストンの意見は揺らがなかった。ーーシェイク大森林に住むニンゲンを皆殺しにし、ゾンビが生き残る。殺される前に殺すのだ。
だがチーフは違った。マトンが夢見ていたニンゲンとの共存を掲げていた。だがマトンと違ったのは、それが正しいのか否かが自分でも分からないということだった。
当然だ。あんな目にあって、最愛の親友までも殺されたのだ。手放しにニンゲンとの共存を望むはずがない。
そうしてチーフは、答えを選べないままゴストンに従うことになった。
「だけど、もしオレが答えを見つけられたなら、その時はオレはオレ自身が選んだ道に従うぜ。たとえそれが、ゴストンの意見と違っていても」
「当然だ。ワレの考えが間違っていると言うなら、その時はキサマの答えを見せてくれ。……無論、そうならないことを祈るがな」
それから四年と半年が経った。ニンゲンを皆殺しにするというゴストンの意見は変わらなかったものの、特に行動を起こすということはまだしていなかった。もしかすると心のどこかで、チーフが自分の答えを見つけるのを待っていたのかもしれない。
そんな時、ゴストンの前に一人のニンゲンが現れた。全身を黒いローブで覆い、顔に道化のような仮面をかぶっていた。そして、腰には一本の剣が差されている。
どうしてか、このニンゲンはすぐに殺すべきではない。話を聞くべきだと思った。無論、ただの勘だ。
「俺の名前はクルーク•ザキー。まずは話を聞いてくれてありがとう」
「ワレはアングリフ•ゴストン。キサマ、ここに何の用だ? つまらぬことを考えているのなら、今すぐ殺すぞ」
「まあそう威圧するな。いい話がある」
「いい話? フンッ、馬鹿げたことを。ワレがニンゲンと話すことなど何もないーー」
「力が欲しくないか?」
「ーー何?」
そう言うと、道化はローブの中から一つの瓶を取り出した。中には、紫色の液体が入っている。
「ゴストン。瘴気って知ってるか?」
「ああ。確か取り込んだ者の負の感情を力に変える。そんな代物だったな」
「そうだ。そしてこの瓶には瘴気を液状にしたものが入っている。一つ、ゴストンにやるよ」
「そんな危険な代物を、ワレが欲しがるとでも?」
「いらないならいい。ただ、ゴストンはニンゲンを殺したいほど憎んでる。いや、というか殺したい。それは、負の感情だ。ってことは、この瘴気と相性がいいはずだ」
「ーーその力で、奴に勝てるのか……?」
「勝てるさ。瘴気の力は全てを凌駕する」
だが、瘴気が危険だということも知っている。なにせあの魔王軍が扱っている代物だ。決していいものではない。
確か、一度取り込めば魂を永遠に呪われるとか。ーーだが、同時にその力の強大さは本当だ。もし仮に、あの大男にすら敵うのだとしたらーー、
「少し、考える時間が欲しい」
「少しと言わず、じっくりと考えて欲しい。とりあえず、この瓶はお前にやるよ。使うか使わないかは、お前が決めろ」
そのニンゲンは瓶をゴストンに渡した後、森の奥へと消えていった。確かあの方角なら、ワイド砂漠のある方角だ。
「さて、どうしたものか」
どうやら、非常に悩ましい案件が流れ込んできたようだ。
ゴストンは、さっき起きたことを全てチーフに話した。
「というわけで、ワレは瘴気をどうすべきか悩んでいるのだ」
「確かに、それは簡単には決められないことだ」
「だが今後あの村を襲うとしても、あの大男の存在は避けては通れない」
「あ、その話なんだが、どうやらあの大男はシェイク村の住人じゃなかった」
「何? 本当か?」
驚きに駆られたゴストンに、チーフはこくりと頷く。
最近、チーフが村のことを調べているのは知っていたが、まさかあの大男がシェイク村のニンゲンではないとは。
「その代わり、あの村には一人だけ要注意人物がいる。名はアイゼン。全盛期、伝説の冒険団ーー『ブレイド冒険団』の一員だったニンゲンだ」
「なるほど。歴戦の猛者がいるのか。ならばなおさら、力が必要になってくるな」
「ーーオレとしては、そんな危険な代物扱って欲しくないけどな」
「それはワレも同じだ……だが、ワレには強大な力が必要だ」
そうだ。ゴストンはもう二度と、大切なものを失ってはならない。マトンのときのような悲劇を起こされるぐらいなら、死んだ方がマシだ。
チーフやみんなを守りたい。幸せになってもらいたい。たとえ、自分が自分でなくなったとしても。それが、マトンが命を犠牲にゴストンに託したバトンならーー、
「決めた。ワレはこの瘴気を取り込む」
「ーーそうか。辛いが、オマエが決めたことならオレは止めない」
もう何も失わない。奪わせない。そのために自我を失うというのなら、上等だ。マトンが託した思いを、この力を使って受け継いでやる。
正直、自分を失うことは怖くない。他の誰かを失う方が、よっぽど怖い。マトンなら、そんなことを正直に言っていたのかもしれないな。
ゴストンは瓶を開ける。
「もしキサマがワレを裏切り自分の道を自分で選んだとしても、ワレはキサマのことを責めない。だからじっくり考え、そして答えを出してくれ。それが瘴気を取り込む前のワレにできる最後の頼みであり、約束だ」
「分かった。ありがとな、相棒。今まで楽しかったぜ」
「まるでワレが死ぬみたいではないか。心配するな。少し、自我を失うだけだ」
ゴストンは瓶に入った紫色の液体ーー液状の瘴気を、一滴残らず取り込んだ。
魂が何かに汚染されていくのが分かる。これが瘴気の力。確かに危険な代物、だ……。
ーーワレはもう、二度と何も失わない。そして、大切なものを何一つ奪わせない。
ーーこれが、チーフの相棒アングリフ•ゴストンが死んだ日のことである。




