第一章終幕『ロンの決意』
崩れゆくゴストンの様を、チーフはただ見送っていた。それを写す青瞳に達成感はないし、当然勝利に対する喜びもない。何も感じなかった。ただ、それを一つの現象としか見ていない自分がそこにいた。
「相棒……」
考えれば涙が出ることが分かっているから、深くは考えない。今のチーフに、その悲しさがのしかかれば、きっと壊れてしまうだろうから。
『遅いぞチーフ! もっと速くだ!』
ーーーー。
『マトンはもっとニンゲンに警戒心を持ったほうが良いのではないか?』
ーーーー。
『ーーワレら三人が揃えば、できぬことなどない。そうだろ?』
ーーーーもう、二人も揃わないじゃないか。
こうなることは分かっていたつもりだし、覚悟もしていた。なのにいざ目の前にすると……。
「後悔はあるじゃろう。込み上げてくる涙もあるじゃろう」
「……アイゼン」
後ろから声をかけてきたのは、ハンマーを杖代わりにしながらなんとか歩いて来たアイゼンだった。
「君とゴストンがどんな関係じゃったかは知らん。じゃがその様子を見るに、ゴストンは君にとってかけがえのない存在じゃったんじゃろう」
「そうだ。こいつは相棒だった」
「この勝利を喜べとは言わん。その悲しみを乗り越えろとも言わん」
「じゃあ何をーー」
「ただ、今は笑って見送るのが良いのではないか? 少なくとも、ワシはそうしてきた」
それだけ言って、アイゼンはブモンの助けを借りながら村の方へと帰っていった。
「ーーゴストン。オレやるよ。ゾンビの未来を、オレが継いでみせるよ。だから見ててくれ」
雨が降り始め、ゴストンが放った炎を次々と消していく。
しかし最後に放たれた炎だけはしばらく消えずに、相棒のように青年の笑顔をそっと見つめていた。
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あれから三日が経った。
この三日間で、チーフはゴストンの洗脳が解かれたゾンビ全員をまとめ上げ、ニンゲンと協調することを訴えかけた。
「分かったぜ、チーフ指揮官。俺たちはあんたについていく」
「みんな……ありがとう」
チーフの想いは伝わり、ゾンビはニンゲンとの協調を望み始めた。シェイク大森林に住む者同士仲良くする。まずはそのための第一歩だ。
「それで、話を聞かせてくれるのか?」
「ああ。でなきゃ、多分オレは一生過去に縛られ続ける。だから話させてくれ」
そこからさらに日は過ぎ、シェイク村の復興作業は着々と進んでいた。
そんな中、チーフ、アイゼン、ロン、そしてレックスと共に村の外れにある丸太に座って話をしている。話題は、チーフの過去についてだ。
チーフはこの身に起きたことーーマトンがシェイク村のニンゲンに殺され、ゴストンがニンゲンを殺すと誓ったこと。そしてマトンが成し得なかった夢についても。何一つ隠すことなく全てを話した。
「それが、君の過去だったんじゃな」
「ああ。そしてオレが、ニンゲンと共存したい理由だ」
「事情は分かった。そして、ワシたちも大いにそれを望んでいる。じゃがいくつか言わせてほしいことがある」
「ああ。なんだ?」
「チーフの話すそんな大男、この村に住んでおらぬぞ」
「ーーは?」
「シェイク村の村人たちがゾンビを襲ったことも、ましてや魔法を使ったなど、そんな記録はこの村には存在しないぞ」
そんなバカな。じゃああれは一体なんだったのだ?
というか、それならばチーフたちはシェイク村のニンゲンが悪者だと勘違いしていたことになる。まさか誰かによってハメられたのか?
「それにチーフが言っていたクルーク•ザキーという男。もしかするとそいつは魔王軍の手先なのではないか?」
「魔王軍……確かに瘴気を渡してきたっていうことを考えるとそうなのかもな」
クルーク•ザキー。念のためその名前を覚えておこう。
「まあなんにせよ、これで誤解は晴れたようじゃな」
「だな」
「明日にでもワシとチーフで村の住民を集める。そこで演説でもするのはどうじゃ?」
「それはありがたい話だ。是非そうさせてくれ」
疑念はある。不可解な部分も多い。しかし今はこうして手を取り合えたことが一番大事だ。
マトンとゴストンが成し得なかった夢に、一歩近づいたのだ。
次の日。チーフとアイゼンはニンゲンやゾンビの皆が集まる村の広場にいた。この広場には、真ん中に噴水がありその周りを草や花が囲む作りになっている。単純ながら美しいオブジェクトだ。
そして今日、そんな噴水の前でチーフとアイゼンはとある約束を交わす集まりにいた。内容は当然ニンゲンとゾンビの共存に関することだ。
チーフとアイゼンはそれぞれの演説を済ませ、いよいよ約束を交わす時になった。
「ここに、ゾンビとの共存を約束する!
チーフ、手を」
「こうか」
アイゼンの言う通りに差し出された手を握る。固い握手が交わされ、たくさんの拍手が二人を包んだ。
この大勢のゾンビとニンゲンの前で二人は硬い約束を交わし、この約束が永久に破られることがないことをそれぞれが願っていた。
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チーフとアイゼンが演説をした日から三日。ゾンビの助力もあり、村は落ち着きを取り戻しつつあった。
そんな中、ロンはアイゼンと共にアイゼンの家の地下にある書斎を訪れていた。探したい本があったのだ。
ロンがこの村で目覚めてから数年、おそらく彼はこの村の図書館にある本を全て読み尽くしていた。
単純に本に興味を惹かれたのもあるが、やはりあの時は何も分からなかった空っぽの自分を、本の知識によって少しでも満たそうとしていたのだろう。
だがそんなロンにも知らなかったことがあった。ーー伝説の冒険団、『ブレイド冒険団』についてだ。ロンの知る限り、それについて言及された本はこの図書館にはなかった。
ゴストンと戦っていた際、アイゼンが自分の正体を隠していたという発言をしていたが、あれがもし本当ならば『ブレイド冒険団』に興味を惹かれる。
だからこそ、ロンは知りたくなった。若い頃のアイゼンがどんな旅を送り、どんな戦場を生き抜いてきたのか。
「でも本当にいいのか? 秘密だったんだろ?」
「いいんじゃいいんじゃ。どっちみちチーフやゴストンにはバレていたんじゃ。隠そうとしても無駄だったんじゃよ。それに、今となっては隠す理由もないしな」
アイゼンは本棚にある一冊の本に手を伸ばし、ロンに差し出した。
それは分厚い緑色の本だった。表紙には、『ブレイド冒険団の伝説』と書かれている。出版は……フォーレ•アイゼン。おそらくこれは世に出回っているものではなく、『ブレイド冒険団』の彼らが書いた日記のようなものなのだろう。
「好きなだけ読んでくれ」
「ああ、ありがとう」
ーーいよいよ知れる。隠されてきたアイゼンの過去を。
一ページ目を開く。そこには目次があった。上から順に、「ブレイド冒険団のメンバー」、「この冒険の目的」、「冒険記録」、「一番強かった敵」、そして最後に「冒険の終わり」。
二ページ目、「ブレイド冒険団のメンバー」を開く。そこには上からずらりと人の名前が載っており、その右に各自のジョブが書かれている。まずは一番上に書かれているものから見よう。
団長、ジューー、
「すまない、気が変わった」
「なっ」
瞬間、団長の名前を見始めた直後にアイゼンがロンの手から本を奪い取った。
「やはりこの本を君に読ませるのはやめよう」
「な、なんでだよ」
「確かにこの本にはワシたちが旅をした世界が載っておる。しかし、それは君自身の目で見る方が良い」
「オレ自身の目で見るって……」
「レックスと共に行きたいんじゃろう?」
ーーーー。
「その顔を見たら分かる。以前の記憶をなくした君が、村以外の景色を見てみたいとうずうずしておるのが」
そうだ。ロンはこの村を出て、いろんな世界を見てみたいと願っていた。
記憶を無くしたロンにとって、この村の外はいわば別世界だ。砂の大地である砂漠も、伝説の老人が住む家も、巨大な悪の帝国も、美しい花の庭園も、なにもかもロンにとっては知らない世界だ。
しかしロンは、ロンのことを助けてくれたこの村を離れて旅をすることに少し抵抗を覚えていた。
「君のその目を、ワシは知っておる。それは若者の特権じゃ」
「アイゼンさん……」
「行ってくれば良い。何、この村にはワシも、そしてチーフもおる。何も心配することなどないわい」
ここまでアイゼンに言わせておいて、もうそれを拒むことなどロンにはできなかった。ならばーー、
「アイゼンさん、オレ行くよ。外の世界を見てみたい!」
「それでよい。それでこそ、ロンじゃ」
ロンは大急ぎで梯子を上り、家を飛び出して行った。
「もうそろそろいい頃合いだったじゃろう。今のロンなら、この過酷な世界を生きていけるはずじゃ。ーーそれに、これで約束は果たせたはずじゃぞ」
ロンの瞳に映る決意を、ただ一人の老人が祝福していた。
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荷造りは済ませた。今日にでもこの村を出よう。
当然チーフはこれからこの村に残ると言っていたし、多分ロンもそうするだろう。なにせ初めて出会った時に自分のことをシェイク村の番人と言っていたのだ。おそらくこの村を離れたくないに違いない。
本音を言えば、ロンにはこの先の旅について来てほしかったが、無理を強いるわけにはいかない。
「よう、チーフ」
「レックスか。どうしたんだ?」
まず初めに、レックスはゾンビの洞窟を訪れた。いまだにチーフ以外のゾンビが襲ってこないのが違和感でしかなく落ち着かない。
だがゾンビの洗脳は解け、本来の優しい彼らになったのだ。本来ならば恐れる理由になどならない。
「いや、今日にはここを離れようと思ってるから、その挨拶だ」
「なるほど、そういうことか。確かにレックスはこの村の住人ではないしな。冒険者か?」
「あぁ、魔王を倒すために冒険してるんだ」
「それはまた、大きな目標だな」
「チーフはこれからどうするんだ?」
「オレはこの森でゾンビの指揮官としての役目を果たそうと思う」
「分かった。頑張れよ!」
「ありがとう」
そうして一通り会話を終え、レックスはゾンビの洞窟を後にした。ーーチーフが少し身構え、その刀に触れていたことに気付かずに。
次はブモンの家に向かおう。ブモンにはゴストンとの戦いで何度か世話になったからな。きちんと最後にお礼をしなければいけないだろう。
ブモンの家を直接知っているわけではないが、ここについた初日にブモンが帰って行った方向から推測して、なんとなくどこかまでは絞ることができる。
「んで、多分この家だな」
ブモンの家は戦闘の影響を受けておらず、何一つ壊れていなかった。
レックスは扉を何度かノックし、中にいるであろうブモンを呼ぶ。そして中からブモンが出てきた。
「誰だ? ってレックスか。どうしたんだ?」
「今日でこの村を出るから、挨拶にきたんだ」
「そういうことか。それにしても急だな」
「これ以上ここにいる理由もないしな。まぁそれでもちょっと急すぎたとは自分でも思うけど」
別に急いで村を出なければいけない理由はないのだが、レックスとしては早く次の冒険に出たい。ここに長居する理由がないのだ。
「そうだ。治療の件ありがとな。まだちゃんとお礼を言えてなかったから」
「いいってことだ。それが私の務めだからな」
「それじゃあ、俺はもう行くよ。今までありがとな!」
「おうよ! またいつでも遊びにきてくれ!」
レックスはブモンの家を後にした。
「後はロンとアイゼンか」
おそらくアイゼンは彼の家にいるだろう。だがロンの居場所が分からない。思えば、ロンの家をレックスは知らない。
「とりあえず先にアイゼンの家だな」
もしかしたらアイゼンからロンの場所を聞けるかもしれない。ひとまずレックスは先にアイゼンの元を訪れることにした。
レックスは記憶の限り道を辿り、そしてアイゼンの家の前に辿り着いた。相変わらずボロボロだが、少しずつ修復されている。この調子でいけば、二週間ほどで直るだろう。
レックスは家の扉をノックする。しかし返事がない。地下室にでもいるのだろうか。レックスは家の中に入り、地下室への隠し扉を開けようと手を伸ばす。
「なんだレックスじゃったか。てっきり盗人かと思ったわい」
「げっ、びっくりした」
見えなかったし聞こえなかった。気配すらも感じ取れなかった。気がつけばアイゼンは、レックスの背後に迫っていた。
「せめて入る時はノックぐらいしてほしかったぞ」
「いやノックしたぜ!?」
「はっはっは! それは本当か。聞こえんかったわい。ワシももう歳じゃな」
相変わらずのアイゼンにレックスはどこか安心していた。
「してレックスよ。今日は何の用でここに来たんじゃ?」
「今日でこの村を出るから、その挨拶にきたんだ」
「それはまた急な話じゃの。それで、これからどこに向かうんじゃ?」
「とりあえずここから西に進んでワイド砂漠に向かおうと思う」
ワイド砂漠。ここアジャ王国の中心に位置し、国土面積の六分の一をしめる巨大な砂漠だ。魔獣が多く生息し、二つの大きな都市があるということしか知らないが、まあ大丈夫だろう。
「ワイド砂漠か。面白いところじゃが過酷な場所じゃな。気をつけるんじゃぞ」
「おう、ありがとう」
ワイド砂漠は過酷な地域なのか。十分用心を払うべきだろう。
「それと今回の件、改めてワシからも礼を言わせてくれ。ありがとう」
「別に礼を言われるようなことはしてねぇよ。当然のことをしただけだ」
「初めて会った時から、本当に君は変わらんな」
「そうだ。ロンの場所知ってたりするか?」
「まだ会ってなかったのか? ロンならさっき君を探して家を飛び出して行ったぞ」
「まじか! それなら俺も急いで探しにいかなくちゃな。ありがとうアイゼン!」
「またいつでも来てくれ。ワシらは君たちのことを歓迎する」
君、たち? レックスだけではないのか? まあいい。いずれにせよ今はロンを探しに行こう。
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レックスはアイゼンの家を出て周りを見渡していると、少し遠くにロンの姿があったのに気がついた。すぐに駆け寄り、ロンに声をかける。
「ロン」
「レックス! やっと見つけた」
ずいぶん息が上がっているが、ずっとレックスのことを探して走り回っていたのだろうか。だとしたらどうして。ロンにはまだレックスが今日旅立つことを知らせていないのに。
「俺もちょうど探してたところだ。ロン、俺は今日この村を出ようと思ってるんだ」
「今日!? 急すぎる話だな」
「悪りぃ。けど早く次の冒険に出たいんだ」
「ーーオレも、オレもついて行っていいか?」
ーーえ?
「実は、オレはこの村で生まれたわけじゃないんだ。けど、数年前にこの村で目覚めた時より前の記憶がないんだ。だから、オレは外の世界を見てみたい」
ロンはこの村の出身ではなかったのか。それに加えて記憶喪失とは。
しかしそれはそれで今までのロンの行動に合点がいく。記憶喪失のロンを救ってくれたこの村に恩返しがしたいと感じ、あれだけ必死になって戦っていたのか。
ロンはこの村以外の世界を知らない。ならば、レックスがそれを拒む理由はない。
「そうだったのか……ロンがいいって言うなら、俺も大歓迎だ!」
「本当か! ありがとう」
「そんじゃ、これからもよろしくな!」
レックスとロンの二人は固い握手を交わし、仲間となった。
「それじゃ、行くか」
「そうだな」
「そういえば、ロンはもうみんなに別れは言ったのか?」
「ああ。出発しても大丈夫だ」
よし、いよいよ出発の時だ。レックスとロンは村の西門をくぐりシェイク村を後にした。
ゴストンの死により支配下にあった魔獣の動きが落ち着いたのか、森を駆け抜けても魔獣の一匹も見なくなっていた。
にしても一匹も現れないのはおかしくないか? ゴストンとは関係なく、この森には魔獣が多く生息していたはずだ。
まぁ気にしても無駄か。
「そういえば、オレたちはどこに向かうんだ?」
「次は、ワイド砂漠だ」
「っていうか、レックスが冒険する目的は何なんだ?」
「俺の目的は、魔王を倒すことだぜ」
「そりゃまた大きく出たな! だが、悪くない」
「だろ」
必ず魔王を倒す。
そして、あの約束を果たすのだ。
ーーこれは少年が少女と交わした約束を果たすための物語だ。
こんにちは、えれべrhです。これにてフィッツインプロミス第一章は終了というわけですが、まずはここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
皆さんが読んでくださることが、私の活力にも繋がります。どうぞこれからもご愛読してくだされば嬉しい限りです。
まだまだ未熟な部分も多いですが、これからもよろしくお願いします!
それと一章が終わったので言いますと、もし最後のシーンでゴストンが一瞬で自我を失って『魔人』になっていれば、シェイク大森林は瘴気に包まれてしまい、当然レックスたちはゴストンに殺されて物語は終わっていました。




