第一章16『夢』
『ーーゴストン、チーフ! みんなを、頼んだぜ!』
言葉を選ばずに言うと、その一言が二人のことをずっと縛り付けていた。その一言に託された意思をどのようにして継ぐのか。その答えが、二人の道を違わせた。
チーフは平和に、ゴストンは暴力に進み、両者は真反対の答えを見出した。
けれど、それでも二人の目的は同じだった。違ったのは、多分解釈の仕方だ。
マトンが成し得なかった夢ーーニンゲンとゾンビの共存。チーフはニンゲンに殺されたマトンが、それでもニンゲンとの共存を望みゾンビの未来を託したと解釈し、逆にゴストンはマトンがその夢を諦めゾンビの未来を託したと解釈した。
たった一つの解釈の違いが、二人の道を歪めてしまったのだ。
『ーー決めた。ワレはこの瘴気を取り込む』
ゴストンがそうチーフに告げた時、なぜあの時に止めなかったのかとチーフはずっと後悔していた。
もしあの時に、「もっと他の道がある」とか、「瘴気はダメだ。危険すぎる」とか、もう少しマシなことを言って止められていたならば、もう少しゴストンと別の道を選べていたはずだ。
それが、チーフがしている一番の後悔だった。もしあの頃に戻れたなら、どれだけ幸せだろうか。
マトンの殺害を止め、ゴストンが瘴気に身を委ねることもない。今もまた、三人で夢を語り合っていただろう。
だからこそ、そんな未来に変えられなかったチーフには責任がある。だからせめて、この地獄を終わらせよう。この後悔に埋もれた手で。
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倒した、のか?
レックスは技の反動で倒れ、見たところロンも戦えるほど体の調子が良さそうには見えない。おそらくブモンの治療ではまだ完治していなかったのだろう。アイゼンもハンマーを杖にしてなんとか立ち上がっているが、当然戦える状態じゃない。ブモンは見るからに戦力外だ。
となれば、今戦えるのはチーフだけだ。ここでゴストンに目覚められては勝ち目が薄い。
「けどオレは知ってるぞ。オマエがまだ立ち上がるってな」
自分でも何言ってるんだと思う。けど、物心ついた時からゴストンと共に過ごしてきたチーフだから言える。ゴストンはこの程度で死に切るような男ではないと。
「ーーどうやら、ワレとキサマの一騎打ちというわけだな」
「それにどっちも満身創痍。笑えないな」
「そうだな」
今こそこの手で決着をつけてやろう。どちらの道が正しいのか。どっちがマトンの意志を継ぐのか。今ここではっきりさせてやる。
「はァァァッッーーーッッ!! さあ来いチーフ。決着の時だ!」
「望むところだ!」
先手を切ったのはチーフ。瞬足で一気にゴストンの前まで距離を詰め、瘴気によりさらに膨れ上がったゴストンの巨躯に鋼を振り上げる。そして疲労と怪我で思うように体が動かないゴストンの体を容赦無く斬り裂く。
「がはッ……この程度ッ!」
「くっ……」
しかし満身創痍なのはチーフも同じこと。迫るゴストンの拳をチーフも防ぎ切れずに全身で受け止める。
チーフは少し怯んだ後々、瞬足でゴストンと距離を取った。
「瞬斬駆嵐!!」
今のゴストンは、生き返ってからも連戦続きで疲労が溜まり切っている。ならば、少しでも混乱させられるような技を使えばいいのではないか。そう思いチーフが取った選択が瞬斬駆嵐であった。
この技なら、ゴストンの体を何度も攻撃できるはずだ。無論、疲労が溜まる技である以上チーフも損害は避けられないが。
チーフは次々とゴストンを斬っては走ってを繰り返し、何度もゴストンを斬り裂く。その度ゴストンが拳を振りかざすが、そのどれもチーフには当たらなかった。
「火足!」
状況がまずいと悟ったのか、ゴストンは高く上空へと飛び上がった。そして体を捻って拳を後ろに引き、
「炎乱れ打ち!!」
炎の雨を何度も地面に向かって放ち続けた。疲れてボロボロのはずなのに、その威力は万全だったさっきとまるで変わらない。体力が多すぎるのか、はたまた根性だけで動いているのか。それともこれも瘴気の力か?
だがどちらにせよ、その攻撃はチーフには効かない。極限集中を扱えるチーフからすれば、全てが遅い火の玉だ。
炎の雨を全て避け、チーフは空から落ちてくるゴストンに狙いを定める。そして空にいるゴストンの元へ飛び、その巨躯の上から鋼の一撃をくらわせた。
ゴストンはわずかに防御したが、それでもその威力の半分以上は防ぎきれなかった。
そうして地へと叩きつけられたゴストンは、何やら魔法の準備をしていた。
「炎!!」
巨炎がチーフに迫る。生憎チーフは今空中におり、瞬足で逃げることもできなければ、その炎を断つほど強烈な一撃を放つこともできない。
いや、何勝手に決めつけているんだ。もしかしたらできるかもしれない。空を蹴って炎を躱すことが。今までできなかっただけで、今ならばもしかすると、
「はっ! ーーで、できた」
思いっきり体を下に捻り、力の限り足に力をこめて空気を蹴ったところ、チーフは地面に向かって加速した。成功したのだ。空気を蹴って移動することが。
そして何より好奇だ。魔法を撃った後は、わずかに隙ができる。この隙を狙って一気に撃ち込むしかない。
「瞬斬!!」
今までの速度を遥かに上回る速さで。今までの威力を遥かに上回る一撃で。今までの決意を遥かに上回る決意を持って、チーフは刀を両手で握りしめて地を蹴った。
もう迷わない。この手で終わらせるんだ。
ーーチーフの刀がゴストンの体に深く入り込み、そのまま肉を大きく、そして深く切り裂いた。
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手応えはある。今度こそゴストンを殺せたはずだ。
チーフは倒れ伏したゴストンの前で息を切らしながら、ただただ立ち尽くしていた。いやまだだ。首を切るか心臓の動きを止めるまで殺せたと断定するには早い。
「あばよ、相棒」
チーフは刀をゴストンの心臓部分に向け、そのままゴストンの心臓を抉りーー、
「はァァァァァーーー!!!」
「ーーっ!?」
瞬間、チーフの刀から咆哮をあげるゴストンの体を守るかのように黒いモヤがゴストンの体を包み込んだ。
何かがおかしいと悟り、チーフはそこから距離を取る。どうやらその勘は正しかったようだ。
ゴストンはゆっくりと立ち上がり、その体はみるみる大きくなっていく。一歩進む度に地面がひび割れ、その威圧感をより一層増してくる。
「オマエ、まさか」
信じたくないし、認めたくない。だがどうやら時間切れのようだ。
チーフの相棒アングリフ•ゴストンは、その命で破壊の限りを尽くす怪物ーー『魔人』へと成り果ててしまった。
「ゴストン、しっかりしろ!」
「ーーーーッッ」
「こんな終わり方でいいのか! 答えろよ!」
「ーーーーッッ」
どれだけ呼びかけても返答はない。どうやら本当にーー、
「いや、まだだ。今殺せば、まだ間に合うかもしれない」
仮にゴストンが本当に『魔人』になったとしても、まだなったばかりだ。今殺しておけば、まだ間に合う可能性だってある。
この手で終わらせるの決めたのだ。やってやる。
「はぁぁぁっ!!」
チーフはゴストンに豪速で飛びかかり、刀をその頭目掛けて振るう。だがその刀が頭に差し掛かることすらなく、次の瞬間にはチーフは森の木々を破壊しながら奥へと奥へと吹き飛ばされていた。
自分でも何が起きたかわからなかった。しかし遅れてやって来た腹部の痛みが、起きたことの全てを物語っていた。
「な、何が起き、た?」
骨が何本も無理やり折られたような痛み。死んだほうがマシと思えるほど強烈なそれは、十中八九あの『魔人』によって殴られた時に植え付けられた痛みだ。あれが今のゴストンの力? 馬鹿げてる。
一発殴られただけで百メートルぐらい飛ばされた……?
ひとまず戦場に戻らなければ、レックスたちが危ない。
「瞬足!」
チーフがゴストンの元へ戻ると、そこでは為す術なくやられるレックスたちの姿がーーなかった。ゴストンは頭を抱えてもがき苦しんでいた。
ひとまず安堵するも、同時にどうしてという疑問が湧く。
「もしかしてオマエ、まだ自我が残っているのか?」
「ア、ァァ……」
どうやらまだ完全に『魔人』になり切ったわけではなかったようだ。元のゴストンに『魔人』になってはいけないという信念があった以上、今体の中で瘴気に抗っているのだろう。
しかしそう長くは持つまい。今のうちに殺さなければ。
「アァァァ!!」
ゴストンの足元に赤色の魔法陣が形成される。見たところ焔の魔法陣のようだが一体何をする気でーー、
「って、オマエ……」
あろうことか、ゴストンの足元に生み出された魔法陣は、それを生み出したゴストン自身を業火に包み込み始めた。そしてチーフは、そんなゴストンを見つめることしかできない。
ゴストンは『魔人』になってはいけない。それはチーフ側からでもそうだし、ゴストンからしてもそうだ。
「チーフ、ワレを、殺せ」
「ゴストン」
「ワレが、ワレでなくなる、前に……」
ゴストンの体が震える。溢れ出る瘴気に乗っ取られないよう堪えている。
「『魔人』になれば、ワレの負けだ。だから、早く」
「……ゴストン」
「な、なんだ?」
「その……マトンによろしく伝えておいてくれ」
「ワレがマトンと同じ天国に行けるかは分からないが……分かった」
ーーゴストンの人生が本当の意味で終わりを告げるその光景を、夜の全てを等しく照らし続ける月だけが見ていた。
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後悔しているかと言われれば、素直に頷くしかない。もっと冷静になって他の方法を探していれば、まだ三人で笑って過ごせたのかもしれない。
マトンの一言。その答えは、結局最期まで分からなかった。多分、明確な答えはあいつにも分からなかっただろう。
チーフとゴストンはマトンの意思を継ぐためにどうするか、その道で違えた。二人とも叶えたい目的は同じはずなのに、たった一つの解釈の違いが、対立を産んでしまった。
もっといい方法があればよかったのにな。結局ゴストンはマトンを失った日から、ゾンビの未来がとか言ってずっと自分のことしか考えられていなかった。
マトンの復讐心を大男ではなく無関係なニンゲンに向けてしまったこと。それが、ゴストンの弱さの現れだった。
冷静に考えてみれば、レックスやロン、さらにアイゼンは明らかにいいニンゲンだ。彼らとならもう少し対話してもよかったのではないか。彼らとなら、もっといい方法を見つけられたのではないか。
「まあどれも、所詮弱者の戯言だがな」
そんな独り言を呟いても、返ってくる声はない。
ここは魂以外何もない無の世界ーー俗にいう天国や地獄というやつだ。
死んだ後に魂が還る場所。それが無の世界なのである。だから、ここにはゴストンの魂以外何もーー、
「ーーそんなことないよ。君は弱者なんかじゃない。立派なゾンビだ」
「その声……まさか」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
ずっと聞きたかった声があった。
この無の世界にいるはずがないと思っていた。
けれど、心のどこかで会えることを期待していた。
「僕が死んだせいで、迷惑かけたね。ごめん」
「そんなこと……そんなこと、今に始まった事ではないわ」
「なあゴストン。ここでチーフのことを見守らないか? あいつが今後、どんな未来を見るか」
「それは、悪くない提案だな」
この声が本物か、それともゴストンが生み出した幻か。正直そんなことはどうでもよかった。
ーーただ今だけは、この夢に浸っていたいと心から願っていた。




