第八章 邪法の烙印
カルツェルという男の目は、薄い灰色だった。
四十代後半。長身、痩身。長く伸ばした白髪を後ろで束ね、白い長衣の襟元には金糸で結界の意匠が刺繍されている。
宮廷魔導士団長。王国の魔法行政の頂点。
俺は彼を見て、奇妙な既視感を覚えた。
この男の表情、立ち姿、目の動かし方が、なぜか園田を、思い出させる。
国も世界も違うのに、人を見下す目つきだけは、どこも同じらしい。
「カルツェル団長」
ルクレイアが冷静に応じた。
「結合師どのは、私が当主代行として、辺境伯家の正式な依頼で招いた職人です。法に則っております」
「結合師、ね」
カルツェルの口元が、薄く歪んだ。
「五百年前に絶滅したはずの職人が、突然、異邦人として現れた。そして辺境伯家が即座に依頼を出した。実に、できすぎた話だ」
「事実は、できすぎていることもあります」
「なるほど」
カルツェルは俺に向き直った。
俺はヘルメットを外し、両手を腰の工具袋にかけたまま、彼を見返した。
「異邦人どの」
カルツェルの声は、慇懃だった。
「失われた結合の技を、再現できると主張しているそうですな」
「そう主張したことはありません。直せるものを、直すだけです」
「では、結合師ではない、と」
「呼び方の問題は、俺にはどうでもいい」
カルツェルは小さく笑った。
「では、こちらでお決めしましょう。あなたは『邪法使い』です。許可なき魔導機関の修理は、本来、聖籍認定を受けた魔導士のみに許される行為。あなたは、その資格を有していない」
「邪法、ですか」
俺は思わず、首をひねった。
「俺がやっているのは、ただの溶接ですよ」
「ヨウセツ、なるものを、あなたは祈りなくして行うのでしょう。ならばそれは、神聖を欠いた行為。すなわち邪法です」
ルクレイアが、一歩前に出た。
「カルツェル団長、屁理屈はおやめください。聖剣を直せる人間が、五年間、王国に現れなかった事実を、あなたはどう説明されますか」
「それは、神が試練をお与えになっているのです」
「五年も、ですか」
ルクレイアの声が、低く尖った。
「五年の間に、辺境では魔王軍の侵攻が三度ありました。聖剣がなく、防衛魔導機関も劣化したまま、私の領民は何人死んだとお思いですか」
「それは別の問題」
「同じ問題です」
俺は、ルクレイアと宮廷魔導士団長の間で、しばらく黙っていた。
政治的な議論に、口を挟むつもりはなかった。
俺は職人だ。
俺の言葉は、技術にしかない。
「カルツェル団長」
俺は、ゆっくりと言った。
「では、こうしませんか。試験をやりましょう」
「試験、と?」
「俺の技術が、本当に聖剣を直せるものなのか、まずは小さい題材で証明します。失敗したら、俺は王都を出ます。成功したら、聖剣に挑ませてください」
カルツェルは、しばらく俺を見つめていた。
その目に、嘲りと、わずかな興味が、半々で混じっていた。
「面白い」
彼は頷いた。
「では、王城地下に眠る古代の魔導機関、その小型試料を題材としましょう。三日間、修復の機会を差し上げる。三日後、機関に魔力を流し、稼働すれば成功。停止していれば失敗。どうか」
「結構です」
俺は答えた。
その夜、俺はギルドが手配してくれた宿屋の一室で、手帳を広げていた。
昼間、ルクレイアから受け取った試料の事前資料を、何度も読み返す。
古代の魔導機関、その動力部の試料。直径五十センチほどの円盤型構造体。中心部に螺旋管。外周にリベットと、別の何かで接合された支柱。
別の何か。
文書の挿絵を見ると、それは、明らかに溶接ビードの痕跡だった。
五百年前の結合師たちは、確かに、俺と同じ仕事をしていた。
窓の外、二つの月が銀色に光っていた。
扉が、ノックされた。
「結合師どの。少し、よろしいですか」
ルクレイアの声だった。
俺は扉を開けた。
彼女は、夜の街路に一人で立っていた。護衛もつけずに。
「ご無礼を。少しだけ、お話させてください」
「どうぞ」
俺は彼女を部屋に通した。
ルクレイアは椅子に座ると、両手を膝の上で組んだ。
「結合師どの。私はあなたに、謝らなければなりません」
「何をですか」
「あなたを、この王都の政治に巻き込みました。本当は、もっと静かに、辺境伯領で仕事をしてもらうべきでした」
「俺は、そういう仕事の方が好きですけど」
俺は微笑んだ。
「でも、聖剣が割れたままだと、領民が死ぬんですよね」
「はい」
「なら、ここでやるべき仕事を、やります。それだけです」
ルクレイアは、しばらく俯いていた。
灯りの揺れる中、彼女の長い睫毛が、影を作っていた。
「結合師どの。一つだけ、お願いがあります」
「何でしょう」
「明日からの三日間、私を、立会人にしてください。あなたの作業を、私が見届けます」
「立会人?」
「カルツェル団長は、必ず、何かを企んできます。私が常にそばにいれば、不正な妨害を抑えられます」
俺は頷いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
ルクレイアは静かに頭を下げた。
彼女は出ていく前に、窓辺に置いた俺の手帳を見て、もう一度、微笑んだ。
「あなたの仕事を、私はちゃんと見ていますからね。安心して、書いてください」
扉が閉まった。
俺はしばらく、彼女の言葉を反芻していた。
ちゃんと見ています、か。
誰かにそう言われたのは、人生で、所長と、ルクレイアと、二人目だった。
眠ろうと布団に入ったが、なかなか寝付けなかった。
目を閉じると、なぜか、園田の顔が浮かんだ。
『お前のその、慎重ぶった感じ、いい加減やめろよ』
無線越しの声が、頭の中で再生された。
俺はそれを振り払うように、寝返りを打った。
夢の中で、俺はあの夜、配管の中に置いてきた裏波を、いつまでも見つめていた。
誰にも見えない、滑らかな波。
あれは、たぶん、爆発の現場で、今も、無傷のまま、誰かに発見されるのを待っている。




