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溶接工が異世界転生して、『裏波』で世界を救って帰還する話  作者: もしものべりすと


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第七章 辺境伯令嬢

辺境伯ヴァン・アルテリオン家の屋敷は、王都の北東、城壁内の高台にあった。


 白い石造りの三階建て。広い庭園。鉄柵の門には、剣と歯車に加えて、狼の意匠が刻まれていた。

 俺はミナと一緒に、騎士の案内で、屋敷の応接間に通された。


 正面の壁に、巨大な肖像画が掛けられていた。

 白髪の壮年の男が、剣を抱えて立っている。先代の辺境伯らしかった。


「お待たせいたしました」


 扉が開いて、入ってきたのは、若い女性だった。


 二十代前半。亜麻色の長い髪を後ろで一つに束ね、銀の縁取りの軍服を着ている。

 貴族らしい繊細な顔立ちだが、目つきは鋭く、騎士の所作だった。

 手に、紙束を抱えている。


「ヴァン・アルテリオン家、当主代行を務めております。ルクレイア・ヴァン・アルテリオンと申します」


 彼女はそう名乗ると、俺の前に座った。

 お茶も、社交辞令もなかった。

 いきなり、紙束を机に広げた。


「結合師どの。これは聖剣の現状報告書です。先にこれを読んでください」


 俺は紙束を受け取った。

 羊皮紙に、聖剣の状態が、文字と簡素な図で克明に記されていた。


 亀裂の位置、長さ、進展速度。

 修復を試みた歴代の鍛冶師の名と、結果。

 保管環境、湿度、温度、過去十年の推移。


 俺は、目を丸くした。


 俺の手帳と、同じ性質の文書だった。

 数値と事実だけで構成された、徹底した観察記録。


「これ、誰が書いたんですか」

「私です」


 ルクレイアは、当然のように答えた。


「父が病に倒れて以来、辺境伯領の整備と装備管理は私が統括しています。聖剣の修復は王国の威信に関わる案件です。状態の正確な把握は、最低限の責務です」


 俺は紙束に視線を戻した。

 炭素含有量の推定、過去の打ち直しによる組織変化、現在の脆性についての考察。

 専門用語こそ違うが、内容は俺が現場で扱う技術文書と、ほぼ同じレベルだった。


「失礼ながら、ルクレイア様」


 俺は顔を上げた。


「この鋼材、炭素当量、かなり高いですね」

「タンソトウリョウ?」

「合金の硬さの指標です。これだけ硬い母材を、予熱なしで打ち直したら、まず割れます」

「……予熱、というのは、どういう」

「溶接や鍛造の前に、母材をあらかじめ百度から二百度ほど温めておくことです。冷たい母材に急に熱を加えると、内部の応力が逃げきれずに、割れる」


 ルクレイアの目が、ゆっくりと、見開かれていった。


 彼女は紙束の中から、別の一枚を取り出した。

 歴代の修復記録、と書かれていた。

 失敗した三人の鍛冶師の名と、それぞれの作業手順。


 俺はその記録を、ざっと読んだ。


「……三人とも、予熱、入れてないですね」

「はい」

「常温の母材に、いきなり打ち直してます。これは、割れます。確実に割れます」

「それを、あなたは初見で、見抜くのですか」

「俺の現場では、当たり前のことなんです」


 ルクレイアは、椅子の上で、しばらく動かなかった。


 それから、彼女は両手を膝の上に置き、深く息を吐いた。


「やっと、話の通じる人が来た」


 その声は、安堵と疲労と、少しの怒りが混じっていた。


「結合師どの。私はこの五年間、宮廷魔導士団と争ってきました。彼らは『聖剣の修復には祈りと魔法が必要だ』と主張し、私は『金属の特性を理解しない者には触らせるべきでない』と訴えてきました。父の代から続く、不毛な争いです」


 ルクレイアは紙束を畳んだ。


「あなたの仕事を、見せてください。聖剣の祭壇に、ご案内します」

「今からですか」

「今からです。一刻の猶予もありません」


 俺は頷いた。


 ミナがそっと、俺の腕を引いた。


「結合師さん、これ、思ったより、大きな話になっていますよ」

「分かってます」

「政治が絡みます」

「分かってます」


 俺は微笑んだ。


「俺の仕事は、政治じゃなくて、金属を直すことだから。そこさえブレなければ、大丈夫です」


 俺たちはルクレイアの馬車で、王城の祭壇に向かった。


 馬車の中で、ルクレイアは俺の手帳に目を留めた。


「それは、何ですか」

「俺の業務記録です。日々の作業を、自分で書いています」

「見ても、よろしいですか」

「いいですよ」


 俺は手帳を渡した。


 ルクレイアはページをめくり、しばらく無言だった。

 俺の文字は、達筆ではない。図も雑だ。

 でも、書かれている数値の量と、その精度を、彼女は理解しているらしかった。


「結合師どの」

「はい」

「あなたは、この世界に来る前の世界でも、この記録を、続けていたのですね」

「ええ」

「誰のために」


 ルクレイアの問いは、静かだった。

 俺は窓の外、流れる王都の街並みを見ていた。


「分かりません。誰かのためでも、自分のためでもない気がします。ただ、書くことが、仕事の一部だと思っていました」


 ルクレイアは手帳を閉じて、丁寧に、両手で俺に返した。


「結合師どの」

「はい」

「あなたの記録は、必ず、誰かに読まれる日が来ます。そのとき、あなたを救うのは、その記録です」


 俺は、彼女の言葉を、しばらく咀嚼していた。

 胸の奥で、何かが、もう一度、温かくなる感覚があった。


 馬車が、王城の門に到着した。


 石造りの巨大な門の上に、銀の旗がはためいている。

 その下で、五人の男たちが、俺たちを待ち構えていた。


 白い長衣に、金の刺繍。

 宮廷魔導士団。

 その先頭に、痩せた長身の男が立っていた。


「ルクレイア嬢」


 男の声は、薄い氷のような響きだった。


「お連れの異邦人を、聖剣の祭壇に立ち入らせるとの噂は、本当ですかな」

「事実です。カルツェル団長」

「許可なく聖剣に近づく者は、邪法使いとして処断する。それが王国の法ですが」


 俺は、その男の目を、初めて、まっすぐに見た。

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