第六章 結合師の名
俺がアーク溶接を終えたのは、正午前のことだった。
二箇所の支柱を、母材と完全に一体化させた。
ビードは滑らかで、余盛は適切な高さ、止端部にアンダーカットの兆候もない。
現場品質基準で言えば、A評価の溶接だった。
ただし、誰もこの世界では、その評価ができない。
俺は自分のためだけに、頷いた。
ポンプを組み直し、魔石を装着し、ハンドルを軽く引く。
数秒の沈黙ののち、地下深くから水が吸い上げられる音がした。
吐水口から、清冽な水が、勢いよく噴き出した。
「ああっ……!」
子供たちが、最初に声を上げた。
次に、母親たちが、桶を抱えて駆け寄ってきた。
老人たちは膝を折り、両手で水を受け止めた。
誰もが、一様に、目を潤ませていた。
ドガラムは、俺の前に膝をついていた。
白髪混じりの頭を、深く垂れていた。
「結合師、どの」
老ドワーフの声は、震えていた。
「儂は、生涯のうちに、本物の結合師と巡り会えた。これ以上の幸福は、ない」
「ドガラムさん、頭を上げてください」
「いいや。礼を失することは、儂の信条に反する」
俺は何と言っていいか分からず、立ち尽くした。
俺がやったのは、現場で何百回もやってきた、ただの修理だ。
それなのに、この村の人々にとっては、何か神聖なものを取り戻したような出来事になっている。
胸の奥で、何かが、ゆっくりと、動いていた。
夕方、村長が俺を改めて家に呼んだ。
「異邦人どの。あんたは、王都に行くべきだ」
老人は淡々と言った。
「王都には、結合師さまが残された遺産が、いくつも眠っておる。そのほとんどが、長い時間を経て、傷んでおる。王国が頼りにしておる聖剣も、五年前から割れたままだ」
「聖剣?」
「ああ。古の結合師の手で鍛えられた、王国守護の象徴だ。今は割れたまま、王城の祭壇に飾られている」
村長は俺の目をじっと見て、続けた。
「あんたなら、たぶん、直せる」
「俺は、まだ、この世界のことを何も知りません」
「ミナを連れて行きなさい。あの娘はギルド職員だ。王都までの道案内も、ギルドの紹介も、できる」
俺は迷った。
ヴェントーラ村は、もう安全な場所だった。
ここでドガラムの弟子のような立ち位置で、ひっそり暮らすこともできるだろう。
でも、村長の言葉が、頭から離れなかった。
壊れたものが、王都には、もっとある。
俺は、それを直せるかもしれない、唯一の人間だ。
翌朝、俺はミナと一緒に、ヴェントーラを発った。
ドガラムは別れ際、自分の鍛冶場の鍵を、俺に握らせた。
「いつでも戻ってきてくれ。儂の鍛冶場は、結合師どのの工房だ」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
頭を上げると、ドガラムも、村人たちも、皆、深く頭を下げ返していた。
道中、ミナは俺に、この世界のことを丁寧に教えてくれた。
ここはアルテリオン王国。中世風の社会で、王、貴族、平民、奴隷の階級がある。
冒険者ギルドは王国の半ば公的な組織で、各都市に支部がある。
モンスターは森や山に棲み、辺境では魔王軍と呼ばれる組織が侵攻を続けている。
魔法は属性ごとに分かれていて、火、水、風、土、光、闇、雷など。
古代には「結合師」と呼ばれる職人集団が、世界の根幹となる魔導機関を作り、世界はそれによって長らく繁栄していた。
しかし、ある時期から結合師の技術は失われ、現在の鍛冶師たちはリベットと鋳造でしか部材を繋げない。
「結合師の技、というのは、どんなものなんですか」
俺は馬車に揺られながら、ミナに尋ねた。
「文献では、『金属を液で繋ぐ』『火で結ぶ』と書かれています。多くの研究者は、これを比喩だと考えていました。実際にそんなことが可能なのか、誰も知らなかったから」
「実際に可能ですよ」
「あなたが、証明しました」
ミナは微笑んだ。
「私、ギルドに戻ったら、あなたを『結合師』として登録したいんです。よろしいですか」
「呼び名は何でもいいです。仕事ができれば」
ミナは頷いて、鞄から羊皮紙を取り出した。
冒険者ギルドの登録用紙、らしかった。
名前、年齢、出身地、得意な技能、希望ランク。
俺は普通に、「芝山陽介。三十歳。異邦人。職業、結合師」と記入した。
ミナは、職業欄を見て、にっこりと笑った。
三日後、王都アルテリアの巨大な城壁が、地平線に見えてきた。
高さ三十メートルはあろうかという石積みの壁。
その上に、銀色の旗がはためいている。
旗には、剣と歯車を組み合わせた紋章が描かれていた。
「歯車?」
俺は呟いた。
ミナが頷いた。
「結合師の象徴です。失われた技術への、王国の敬意の表れです」
俺は、その旗を、しばらく見つめていた。
城門の手前、街道の合流地点で、ミナは俺の名前を、ギルドの早馬に託した。
到着前に、王都ギルドへ知らせる必要があるからだという。
馬車が城門に近づいた時、その早馬が戻ってきた。
「ミナさん、ギルドマスターから至急伝言です。結合師どのに、辺境伯領のヴァン・アルテリオン家から、緊急依頼が届いています」
「もう?」
ミナが目を見開いた。
「依頼内容は」
「『聖剣の修復について、本人と直接話したい』とのことです」
俺は馬車の窓から、王都を見上げた。
まだ、王都の城門にすら入っていない。
なのに、最も古い貴族の一つ、辺境伯家から、もう依頼が来ている。
風が、少しだけ、冷たく感じた。
「行きましょう。早い方がいい」
俺は静かに言った。
ミナは黙って頷いた。




