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溶接工が異世界転生して、『裏波』で世界を救って帰還する話  作者: もしものべりすと


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第五章 ポンプを直す

翌朝、俺は井戸広場のポンプを点検していた。


 ヴェントーラ村の朝は、湿った霧から始まる。

 村人たちは早起きで、子供たちが手押しの簡易ポンプから水を汲み、桶を頭に乗せて運んでいた。


 俺は壊れた魔導ポンプを、外側から内側まで、丁寧に観察した。


 構造は、思ったよりずっと、現代の工業製品に近かった。

 円筒形の本体、内部に螺旋状の汲み上げ機構、上部に魔石を装着する受け皿。

 魔石が魔力を放出することで、内部の機構が回り、地下水を吸い上げる仕組みらしい。


 壊れているのは、汲み上げ機構の継ぎ目だった。

 螺旋状の金属板を支える支柱が、二箇所、根本から折れている。

 折れた断面を見ると、過去に何度もリベット止めで修理された痕跡があった。


「原因は、明らかだな」


 俺は呟いた。


 リベットでは、応力に耐えられない。

 長年の振動で、金属がゆっくりと疲労していく。

 ある日、限界が来て折れる。

 また打ち直す。また折れる。

 そのうち、母材自体が痩せて、もう打ち直しが効かなくなる。


 今のヴェントーラのポンプは、まさにその状態だった。


 必要なのは、リベットではなく、溶接だ。

 母材と支柱を、原子レベルで一体化させる。

 一度繋いでしまえば、何十年でも持つ。


 俺は工具袋を漁った。

 手持ちの溶加棒は、ステンレス用と、軟鋼用、それぞれ少量。

 被覆アーク溶接棒も数本。

 しかし、肝心の電源がない。


 現代の溶接機は、電気を使う。

 異世界に、電気はない。

 いや、待てよ、と俺は思った。

 魔石、というやつがあった。

 あれは、何らかのエネルギーを放出する装置のはずだ。


「ミナさん」


 水汲みの行列に並んでいたミナを呼んだ。


「魔石、というのは、どういう仕組みなんですか」

「え、と、魔素を結晶化させたもので、刺激を与えると魔力を放出するんです。魔素は炎、水、風、土、雷、それぞれの属性があって、用途に応じて使い分けます」

「雷属性のものは、ありますか」

「あります。ただ、扱いが難しくて、普通は使いません」


 ミナは怪訝な顔をした。


「雷属性で、何を?」

「アークを飛ばします。金属を、溶かします」


 ミナの隣に並んでいた、白い髭の老人が、俺の方を勢いよく振り向いた。


「金属を、溶かす、と申されたか」


 声に、震えがあった。

 老人は背が低く、肩幅の広い、頑丈な体つきだった。

 長い髭、太い腕。漫画でしか見たことのない、ドワーフという種族に、よく似ていた。


「ええ。金属を液体にして、別の金属とくっつけます」

「鋳潰すのではなく」

「ええ。現場で、必要な部分だけ、局所的に」


 老人の手が震えた。

 俺は彼の表情を、忘れないと思った。

 子供が初めて夜空の星を見たような、そんな顔をしていた。


「儂はドガラム。鍛冶を生業としておる」


 老人は名乗った。


「異邦人どの。あんた、結合師、か」

「いえ。俺は、溶接工です」

「ヨウセツ、コウ?」


 ドガラムは唇を結んだ。

 それから、ゆっくりと頷いた。


「呼び方は何でもよい。あんたが言うのは、たぶん、儂らが結合師と呼ぶ仕事のことだ」

「結合師、って、どういう仕事なんですか」

「五百年前、世界の魔導機関を創った職人たちのことだ。今では、もう、誰も技を継いでおらん」


 俺はドガラムを見つめた。

 彼の目には、何かを取り戻そうとしている人間の、特有の光があった。


「儂の鍛冶場を使っていい。雷の魔石も、半生分の貯えがある」

「いいんですか」

「あんたの仕事を、見せてくれ。それだけで儂は満足だ」


 ドガラムの鍛冶場は、村の外れにあった。

 炉、ふいご、金床、そして大量の雷魔石が、丁寧に並べられていた。


 俺は雷魔石を一つ手に取り、観察した。

 軽く、青白く、内部で電気のような光が走っている。

 これに刺激を与えれば、放電が起きるのだろう。


 俺は工具袋から銅線と、現場で予備に持ち歩いていた絶縁テープを取り出した。

 そして、ドガラムから借りた金属棒で、簡易な電極を組んだ。


 即席のアーク溶接機。

 専門の人間が見たら、卒倒するような構造だが、原理だけは合っている。


 雷魔石を電源代わりに装着し、絶縁を確認する。

 革手袋を装着し、遮光面の代わりに、現場用の保護メガネを目深に被る。

 工具袋から最後の手段として、薄い遮光板を取り出す。

 ヘルメットの内側に貼っていた、予備のものだ。


 準備が整った。


 俺はドガラムと、見学に集まった村人たちに、はっきりと言った。


「これから、強い光が出ます。直接見ると目を焼きます。絶対にこの線から内側に入らないでください」


 俺は地面に、ハンマーで線を引いた。


「火花が飛びます。乾いたものに着火する可能性があります。誰か、桶に水を用意して、線の外側で待っていてください」


 村人たちは真剣な顔で、頷いた。


 ヴェントーラの朝礼。

 俺の人生で、いちばん真剣に聞いてもらえたKY活動だった。


 俺は壊れたポンプの支柱に開先を整え、表面の汚れと錆を、ヤスリで丁寧に除去した。

 誰も急かさなかった。

 ドガラムだけが、俺の手元を、瞬きもせず見つめていた。


 準備が終わり、電極を母材に近づけた。


「アーク、出します」


 俺は雷魔石に、刺激を与えた。


 青白い光が、爆ぜた。


 村人たちが、息を呑む音が、後ろで聞こえた。

 ドガラムは膝をつき、両手で口を覆った。


 俺は光に集中した。

 溶融池が、生まれた。

 異世界の鍛冶場で、見慣れた小さな池が、確かに、生まれた。


 俺はトーチを操りながら、心の中で呟いた。


 ああ、と思った。

 ここでも、俺の仕事は、できる。

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