第十八章 戦場の結合師
辺境の砦、グレイモール要塞は、丘陵地帯に築かれた王国最後の防衛線だった。
俺たちが到着した時、要塞はすでに半分崩れていた。
石積みの城壁に、複数の大穴。
城門の鉄扉は変形して、閉じられない状態。
内部の防衛魔導機関は、すべて停止していた。
城内は負傷者の呻き声と、武器の破損で混乱していた。
王国軍の指揮官、白髪の壮年の男が俺たちを迎えた。
「ヴァン・アルテリオン家、ご到着、感謝します。ですが、見ての通り、要塞はもってあと数時間です」
指揮官の声は、疲労で嗄れていた。
「魔王軍は丘の向こう。先鋒がもう五百メートルまで迫っています」
「指揮官」
俺は前に出た。
「結合師、芝山陽介。要塞の修復、お任せください」
「修復、と言われても、もう時間が」
「短時間で最低限の防衛機能だけ、復活させます。城壁の補強、城門の固定、防衛魔導機関の応急修理。三十分、いただければ」
指揮官はしばらく俺を見つめていた。
それから深く頷いた。
「お任せします、結合師どの」
俺は即座に、現場のKY活動を始めた。
まず、要塞内の負傷者を、安全な区画に移動。
可燃物を作業区画から撤去。
城壁の崩壊リスクを、視覚的に識別。
修復の優先順位を決定。
最優先は城門。
次に防衛魔導機関の中核部分。
城壁の大穴は瓦礫を組み合わせて、応急で塞ぐ。
ルクレイアが聖剣を抱えて、俺の隣に立った。
「結合師どの。私は何を」
「ルクレイア様は聖剣の使い手として、城門の前に立ってください。先鋒との接敵を、可能な限り遅らせてください」
「分かりました」
ルクレイアは聖剣を抜いた。
刃が朝の光を浴びて、銀色に輝いた。
その光が、要塞内の負傷者たちを照らした。
誰もが目を見開き、立ち上がろうとした。
聖剣が復活したと、誰かが囁いた。
その囁きが要塞中に広がった。
「結合師どの。聖剣をどうやって」
指揮官がルクレイアの剣を、震える声で見つめた。
「時間がありません。後で説明します」
俺はトーチを握った。
雷魔石、火炎魔石、不活性魔素、すべて最大量を準備していた。
ヴェントーラから馬車二台分、運んできた。
城門の固定から始めた。
歪んだ鉄扉を一度、ハンマーで叩いて、形を整える。
蝶番の根本を、雷魔石アークで再溶接。
扉の閉鎖機構を、即席の梁で補強。
現場で何度もやってきた、応急修理。
手は震えなかった。
城門の修復が終わった。
所要時間、八分。
次に防衛魔導機関。
要塞の中央、地下にある大型の動力炉。
ヴェントーラの井戸ポンプの、十倍の規模。
しかし、構造の原理は同じ。
俺は亀裂が走っている、主要な接合部を特定した。
四箇所。
すべてリベットで打ち直された痕跡があり、疲労が限界に達していた。
四箇所を順次溶接。
所要時間、十五分。
動力炉が唸りを上げて、再起動した。
要塞の防衛魔法障壁が、淡い銀色の膜を、城壁の周囲に展開した。
「結合師どの、敵、城門前、二〇〇メートル!」
ミナが外から叫んだ。
俺は城壁の大穴に駆け寄った。
大穴は四箇所。
時間がない。
俺は要塞内の兵士たちに、指示を出した。
「皆様、瓦礫を運んでください。木材も鉄筋も、何でもいい、城壁の穴に詰めてください」
兵士たちが一斉に動いた。
俺は瓦礫を組み合わせ、要所を雷魔石アークで点付け溶接していった。
完全な強度は出ない。
でも応急で、敵をしばらく足止めできる。
城壁の応急修復、完了。
所要時間、七分。
全工程、ぴったり三十分。
俺は汗を拭った。
城門の前で、ルクレイアが聖剣を構えていた。
彼女の前に、魔王軍の先鋒、千を超える兵が迫っていた。
城門の上から、王国軍の弓兵が矢を放った。
弓兵の指揮官が振り返って、俺を見た。
「結合師どの、防衛魔導砲、生きていますか」
「生きています! 砲弾、装填してください!」
要塞の上層、複数の防衛魔導砲が再起動した。
砲弾が一斉に、敵陣に降り注いだ。
魔王軍の先鋒が、一瞬で崩壊した。
「結合師さま、万歳!」
兵士たちが叫んだ。
その声は要塞中に響き渡った。
「結合師さま!」
「結合師さま!」
俺は頷きながら、次の指示を出していた。
城壁の補修箇所が、敵の攻撃で再び崩れ始めていた。
「補強班、こちらへ!」
「魔導砲、第二射、用意!」
「城門前のルクレイア様、援護!」
俺の声は現場の指揮官のそれだった。
ヴェントーラの井戸ポンプを直していた数日前の俺と、同じ人間とは思えなかった。
戦場で俺は無自覚に、現場を統括していた。
ルクレイアの聖剣が敵の中央を、銀色の閃光で薙ぎ払った。
彼女の動きは剣士というより、騎士団の指揮官だった。
数時間後、魔王軍は後退を始めた。
要塞は落ちなかった。
兵士たちが城壁の上で、雄叫びを上げた。
その時、地面が低く唸った。
誰もが足を止めた。
地震ではなかった。
地下のもっと深い場所から、何かが軋む音だった。




