第十七章 聖剣、再び
謁見の間が騒然となった。
王は即座に、王国軍幹部に軍の動員を指示した。
辺境の砦群が、次々と陥落しているという。
魔王軍の規模は、過去五十年で最大。
聖剣がない王国軍は、すでに後退戦を強いられていた。
「結合師どの」
ルクレイアが俺の隣に立った。
「聖剣、もう一度直せますか」
「直します」
俺は即座に答えた。
「ただし、今度は絶対に割れない方法で直します」
「教えてください」
「ヴェントーラのドガラム老人の鍛冶場を、使わせてください。神殿の不活性魔素とエリス様の浄化術を組み合わせれば、保管庫の問題は根本から解決できます」
ルクレイアは頷いた。
王が俺たちの会話を聞いていた。
「結合師どの。何が必要か」
「陛下」
俺は王に向き直った。
「聖剣を即座に、ヴェントーラ村まで移送してください。私の鍛冶設備がそこにあります」
「許可する」
「それから、ルクレイア様、ミナ様、シスター・エリス様、三名の同行を」
「許可する」
「最後に、王国軍の出陣を半日、遅らせてください。私が直し終わるまで、辺境を支えてください」
「半日、か」
王は唇を結んだ。
「保証はできぬ。しかし王国軍の最善を尽くす」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
その日のうちに、俺たちは王都を発った。
馬車は王国の最速便。
護衛は辺境伯家の精鋭騎士団。
半日かけて、ヴェントーラ村に到着した。
ドガラム老人は村の入口で、俺たちを待っていた。
まるで最初から、俺がここに戻ってくることを知っていたかのように。
「結合師どの。鍛冶場の準備は整っておる」
「ありがとうございます、ドガラムさん」
俺たちはドガラム老人の鍛冶場に、聖剣を運び込んだ。
鍛冶場の中央、金床の上に二つに割れた聖剣を並べた。
俺は工程を、頭の中で組み立てた。
まず、亀裂部分を完全に削り取る。
断面の水素を、加熱で追い出す。
予熱を徹底的に行う。一二〇度で十五分、ではなく、二〇〇度で三十分、保持する。
シールドガスは、神殿の不活性魔素を二重に充填。
多層盛りの間、層間温度を厳密に管理。
最終層の後、後熱処理を行い、水素を完全に追い出す。
冷却は徐々に、自然冷却。
「皆様」
俺はルクレイア、ミナ、エリス、ドガラムに向き直った。
「これから十二時間、ぶっ通しで作業します。途中で止められません。皆様、それぞれの役割をお願いします」
俺は役割を割り振った。
ルクレイアは層間温度の計測と記録。
ミナはシールドガスの流量管理と、外部の警戒。
エリスは神殿の浄化術で、母材の魔素的な不純物を追い出す。
ドガラムは火炎魔石の予熱管理と、冷却の補助。
俺はトーチを握った。
現代日本の現場で十年、磨いてきた、ただ一つの技術。
配管溶接の、初層の、裏波形成。
誰にも見えない内側の、滑らかな波。
その技術を今、世界の宝に刻み込む。
「アーク、出します」
俺は雷魔石を刺激した。
青白い光が爆ぜた。
溶融池が生まれた。
時間の感覚が消えた。
一層、二層、三層、四層、五層。
ドガラムが温度を、ルクレイアが数値を、ミナがガスを、エリスが浄化を。
全員が無言で、それぞれの仕事を果たし続けた。
夜が明けた。
窓の外、ヴェントーラの空が薄く青く、染まってきた。
最終層が完成した。
俺はトーチを置き、後熱処理に入った。
二五〇度で一時間、保持する。
その後、ゆっくりと自然冷却。
冷却中、誰も口を開かなかった。
ヴェントーラの鳥の声が、外で響いていた。
冷却が完了した。
俺は聖剣を、慎重に持ち上げた。
刃が朝日を受けた。
刃の内部から、銀色の魔素が滲み出してきた。
今度はゆっくりとではなく、堂々と力強く輝いた。
二度目の修復は完璧だった。
水素割れの可能性はゼロ。
今後五百年、割れる心配はない。
「ルクレイア様」
俺は聖剣を、彼女に差し出した。
「これを、辺境へ」
「結合師どの」
ルクレイアは聖剣を、両手で受け取った。
「あなたは、どうされますか」
「俺も行きます。聖剣を現場でメンテナンスする者が、必要です」
「危険ですよ」
「分かっています」
俺は微笑んだ。
「でも、自分が直したものが戦場でちゃんと働くか、現場で見届けるのが職人の責任です」
ルクレイアはしばらく聖剣を見つめていた。
それから深く頷いた。
「分かりました。ご一緒に」
俺たちは馬車を乗り継いで、辺境へと向かった。
道中、ルクレイアが俺の手を軽く握った。
俺はその手を握り返した。
異世界に来てから初めて、誰かと手を繋いだ気がした。




