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溶接工が異世界転生して、『裏波』で世界を救って帰還する話  作者: もしものべりすと


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第十二章 聖剣が、割れた

「結合師さん、聖剣が、割れたって!」


 ミナの叫び声で、俺は飛び起きた。


 窓の外、王城の方角で、鐘が乱打されている。

 非常事態を告げる鐘の音。

 俺は服を着替える間も惜しんで、宿屋を飛び出した。


 城門までの道、すれ違う住民たちが、一様に、青ざめた顔をしていた。

 囁きが聞こえた。


「結合師の修復が、失敗したらしい」

「邪法を使ったから、聖剣が拒絶した」

「異邦人が、王国の宝を、台無しにした」


 俺は走った。

 走りながら、頭の中で、一つの単語を繰り返していた。


 水素、割れ。


 城門で、ルクレイアが俺を待っていた。

 彼女の顔は、青白かった。


「結合師どの、今朝の刃合わせの儀式で、聖剣が、再び」

「見せてください」


 俺は短く言った。

 ルクレイアは頷き、俺を儀式の間まで案内した。


 儀式の間に、聖剣は、もう、なかった。

 代わりに、長机の上に、二つに割れた刀身が、並べて置かれていた。


 昨日、俺が修復した部分が、縦に、新しい亀裂を生んで、完全に二つになっていた。


 俺は刀身に駆け寄り、断面を確認した。


 一目で、分かった。


 水素割れ、だった。


 断面に、特有の鳥眼状の組織が、はっきりと残っていた。

 俺の溶接ビード自体に問題はない。母材との融合も、完璧。

 ただ、修復後、刀身の内部に侵入した水素が、急激な湿度上昇によって膨張し、組織を内側から引き裂いた。


 昨日、副団長に念押しした、保管庫の換気孔。

 あれが、開かれていなかった。


「換気孔は、どうなっていましたか」


 俺はルクレイアに尋ねた。

 彼女は唇を結んで、答えた。


「副団長は、夜半までに開放した、と主張しています」

「主張」

「証言する魔導士団員も、複数います。文書記録も、開放したことになっています」


 俺は刀身を見つめた。


 水素割れの進展速度から逆算すれば、保管庫の湿度は、最低でも六時間、高い水準で維持されていなければならない。

 短時間の換気では、起こり得ない症状。

 文書記録は、改竄されている。


 しかし、俺がそう主張しても、証拠がない。


「結合師どの」


 声が降ってきた。


 儀式の間の入口に、カルツェルが立っていた。

 昨日まで姿を見せなかった男が、今朝に限って、堂々と、現れた。


「貴殿の修復は、明らかに、失敗した」

「失敗ではありません。修復後の管理が、不適切でした」

「証拠は」

「保管庫の温湿度記録を、提出してください」

「すでに、宮廷魔導士団が公式記録として、王にお見せしている。貴殿の指示通り、換気孔は開放されていた、と」


 カルツェルは、薄く笑った。


「異邦人どの。残念ながら、貴殿は、聖剣を破壊した『邪法使い』として、王の前で裁定を受けることになる」


 俺は、その言葉を、聞いていた。

 聞きながら、奇妙に、冷静だった。


 怒りも、絶望も、湧いてこない。

 ただ、ああ、こういう展開か、と思った。


 ルクレイアが、俺の前に出た。


「カルツェル団長。それは、結合師どのに対する一方的な濡れ衣です」

「ヴァン・アルテリオン家、当主代行どの。この件は王国の威信に関わります。私情を挟まれぬよう」

「私情ではありません。事実認定の問題です」

「では、辺境伯家として、結合師どのの身柄を保証されると?」

「いえ」


 ルクレイアは、強い声で言った。


「保証ではなく、共同で、真実を追求します。私も、立会人として、責任を負う立場にあります」


 カルツェルの目が、ルクレイアを、嘲るように細めた。


「ヴァン・アルテリオン家の評判が、地に落ちぬよう、注意なさいませ」


 彼はそう言って、踵を返した。


 その日の午後、王の前で、緊急の裁定が開かれた。


 俺は儀式の間の中央に、両膝をついて座らされた。

 左右に、王城の衛兵が、剣を抜いて立っていた。

 正面の玉座に、王。その左右に、宰相、宮廷魔導士団長カルツェル、辺境伯家代表ルクレイア。


 カルツェルが、立ち上がって発言した。


「異邦人芝山陽介は、邪法を用いて聖剣の修復を試みたが、これに失敗した。神聖たる王国の宝を破壊した罪は、極めて重い。我が魔導士団は、被告に対して、火刑をもって処断することを提案する」


 火刑。


 俺の周りで、複数の高官たちが、頷いた。


 ルクレイアが、立ち上がった。


「お待ちください、陛下。今回の事件は、修復作業そのものの失敗ではなく、修復後の管理の問題です。被告の作業は完璧でした。私が立会人として、保証します」

「では、ヴァン・アルテリオン家は、宮廷魔導士団の管理に、不備があったとおっしゃるか」


 カルツェルが詰め寄った。


「私は、事実を述べているだけです」

「証拠は」


 カルツェルは、再び、嗤った。


「文書記録は、すべて、宮廷魔導士団の管理下で、適正に保管されている。換気孔は開放され、湿度は管理されていた。それを覆す証拠は、貴女には、ない」


 ルクレイアの言葉が、詰まった。


 俺は、頭を下げたまま、自分の懐に手を当てた。

 胸ポケットに、手帳が、入っていた。


 俺の手帳には、昨日の作業手順、すべての数値、副団長への申し入れ、依頼書の写しが、書いてある。

 ただし、それは「俺がそう要請した」という記録に過ぎず、「保管庫が実際にどう管理されたか」を証明するものではない。


 俺の手帳だけでは、状況を覆せない。


 保管庫の実際の温湿度記録が必要だ。

 そして、それは、宮廷魔導士団の管理下にある。


 王が、低い声で、宣言した。


「異邦人、芝山陽介。三日後、王城地下牢にて、火刑をもって処断する」


 俺は頭を下げ続けた。

 声は出なかった。


 ルクレイアが、何かを叫んだ気がした。

 俺はそれを、遠くで聞いていた。


 衛兵に引きずられて、俺は儀式の間を出された。

 最後に振り返った時、ルクレイアが、こちらを見ていた。


 彼女は、俺の目を、まっすぐに、見ていた。


「結合師どの!」


 彼女は叫んだ。


「私が、必ず、証明します!」


 その声を、俺は、忘れないと思った。

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