第十一章 聖剣修復
翌朝、王城の儀式の間は、白い大理石の床と、高い天井のステンドグラスで満たされていた。
部屋の中央に、長さ二メートルの作業台が据えられている。
その上に、布で覆われた長物が、安置されていた。
布が外された。
長さ一メートル二十センチ。両刃の直剣。
刃には、滑らかな波紋。鍔には複雑な紋様。
そして、刀身の中央、根元から先端に向かって、十センチほどの縦の亀裂。
古代の結合師たちが鍛え上げた、聖剣だった。
俺は、しばらく、その剣を見つめていた。
現代日本の知識で言えば、これは、複合鋼材だった。
刃の部分は炭素含有量の高い高炭素鋼。背の部分は低炭素鋼。
二種類の鋼を、古代の結合技術で、原子レベルで一体化させてある。
この技術自体は、現代の刀鍛冶の手法に近い。
ただ、亀裂の入り方が、不自然だった。
外見上は単純な縦割れだが、断面を観察すると、波打つように、内部に向かって枝分かれしている。
典型的な水素割れの痕跡だった。
誰かが、過去の修復試行で、不適切な熱処理を行った。
あるいは、保管環境の湿度管理を誤った。
その結果、水素が金属組織内に侵入し、長い年月をかけて、亀裂を進展させた。
修復は、可能だった。
ただし、徹底した予熱と、完全な水分除去、そして適切な層間温度管理が必要だ。
俺は儀式の間の見学者たちに、いつもの注意事項を、丁寧に伝えた。
「光と火花、可燃物、酸素濃度、すべてに注意してください。皆様のお命に関わることです」
王、宰相、宮廷魔導士団副団長、ルクレイア、その他王国の高官たち。
誰もが、真剣な顔で頷いた。
修復は始まった。
まず、ヤスリと回転式研削具で、亀裂を完全に取り除く。
断面を観察し、内部に残る水素を、加熱で追い出す。
ドガラムから借りた火炎魔石で、母材全体を一二〇度まで予熱する。
サーモクレヨンで温度を確認し、十五分間保持する。
ルクレイアが、俺のそばに立って、一つ一つの工程を、自分の手帳に記録していた。
彼女の手帳と、俺の手帳の文字が、二つの羊皮紙の上で、同時に走っていた。
予熱完了。
不活性魔素のシールドガス、流量確認。
雷魔石電源、安定確認。
遮光面、装着。
俺はトーチを、亀裂の根本に近づけた。
青白い光が、爆ぜた。
溶融池が、生まれた。
二種類の鋼の境目を、慎重になぞる。
高炭素鋼側に熱を与えすぎれば組織が硬化して脆くなる。低炭素鋼側に熱が偏れば溶け落ちる。
その中間を、針先のような精度で、歩かせる。
一層目、完成。
層間温度、二〇〇度。許容範囲内。
冷却を待たず、第二層へ。
第二層、完成。
第三層、完成。
第四層、完成。
最終層に入った時、俺は刀身の根本側から、先端側に向かって、逆方向のビードを走らせた。
応力を均等に分散させるためだ。
古代の結合師が、最初に鍛えた時にも、同じ方向で打ったはずだった。
ビードの跡が、それを物語っていた。
最終層、完成。
冷却。
スラグ除去。
外観検査。
ビードは滑らかに連続し、亀裂は完全に消えていた。
余盛は適切な高さ、止端部にアンダーカットの兆候もない。
外観上、申し分のない仕上がりだった。
俺はトーチを置き、深く息を吐いた。
「完了しました」
しんと、静まり返っていた儀式の間で、誰かが、息を吐いた音が聞こえた。
ルクレイアが、剣の前に進み出た。
彼女は刃を慎重に確認し、それから、両手で柄を握った。
ゆっくりと、剣を持ち上げる。
刃が、ステンドグラスの光を受けて、淡く、輝いた。
光は、ただの反射ではなかった。
刃の内部から、銀色の魔素が、滲み出してきた。
古代の結合師たちが、刀身に封じ込めた、王国守護の力。
それが、五年ぶりに、目覚めた。
「……聖剣が、目覚めた」
王が、立ち上がった。
今度は、誰よりも先に、王が膝をついた。
「結合師、芝山、陽介よ」
王は俺の名を、初めて、呼んだ。
「王国は、貴殿に、最高の敬意を表する」
会場の全員が、王に倣って、膝をついた。
俺は、頭を下げた。
声は出なかった。
胸の奥で、所長の顔が、ふと、浮かんだ。
所長、俺、五百年ものを、直しました。
心の中で、そう報告した。
ルクレイアが俺の隣に来て、小さく、囁いた。
「結合師どの」
「はい」
「あなたの仕事は、完璧でした」
俺は頷いた。
ただ、頷きながら、胸の奥で、何かが、ざわついていた。
昨夜、宿屋に忍び込んだ若手魔導士。
保管庫の換気孔のこと。
水素割れのリスク。
全部が、解決していない。
俺は儀式の間を出る前に、副団長に、もう一度、念押しした。
「副団長。修復後二十四時間、保管庫の換気孔を、絶対に、閉めないでください。これは作業者としての要請です」
「承知しております。書面通り、対応します」
副団長は、慇懃に頭を下げた。
その頭の下げ方が、なぜか、園田に似ていた。
俺は儀式の間を後にしながら、もう一度、自分の手帳を確認した。
今日の作業手順、すべての数値、保管庫換気孔開放の依頼書写し。
全部、書いてある。
何があっても、書いてある。
その夜、俺は宿屋で、深い眠りに落ちた。
達成感と、不安が、半分ずつ。
夢は見なかった。
翌朝、俺を叩き起こしたのは、ミナの悲鳴だった。




