表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
溶接工が異世界転生して、『裏波』で世界を救って帰還する話  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/25

第十章 王都の影

古代魔導機関の修復から三日。


 俺の名前は、王都中に広がっていた。


 道を歩けば、商人や住民が立ち止まって振り返る。

 子供たちが「結合師さま!」と駆け寄ってきて、母親に止められる。

 ギルドのカウンターには、修理依頼の山が積み上がっていた。


 俺は、戸惑っていた。


 現場で十年働いて、誰一人、俺の名前を覚えた客はいなかった。

 なのに、この世界では、俺の通った後ろで、人々が頭を下げる。

 居心地のいいものでは、なかった。


「結合師さん。少し、おそろしいですか」


 ミナが、ギルドのカウンター越しに、心配そうに尋ねた。


「ええ、まあ」

「気持ちは分かります。でも、ここでは、あなたの仕事は、本当に求められていたものなんです。受け止めてください」


 俺は頷いた。


 午後、ルクレイアの屋敷で、聖剣修復に向けた最終打ち合わせが行われた。

 長机に、大量の資料が広げられていた。

 聖剣の現状報告書、過去の修復試行記録、保管庫の環境データ、母材の化学組成推定値。


 すべてルクレイアと、彼女の文官たちが用意したものだった。


「結合師どの。修復作業は、明朝から開始します。場所は王城の儀式の間。立会人は、王、宰相、宮廷魔導士団の代表三名、そして辺境伯家の代表として私」

「カルツェル団長は、立会人ですか」


 俺は資料に目を落としたまま、尋ねた。


「いえ。彼自身ではなく、副団長を派遣すると申し出てきました」

「ふうん」


 俺は、その点に、引っかかった。


 あれだけ反対していた男が、本人は来ない。

 代わりに副団長を寄越す。

 現場が成功した時の責任を回避するためか、あるいは、別の何かを企てているのか。


「ルクレイア様」

「はい」

「保管庫の管理権限、誰が持っていますか」

「保管庫?」

「修復後の聖剣を、しばらく安置する場所です」

「ああ。それは、宮廷魔導士団の管轄ですね。聖剣保管庫は、彼らの専門領域です」


 俺は資料の中から、保管庫の図面と、過去の温湿度記録を取り出した。


「保管庫の換気は、誰が管理しますか」

「魔導士団の若手が、毎日、決められた時刻に開閉します」

「外気の取り入れ方は」

「専用の換気孔があります」

「換気孔の開閉は、扉と連動?」

「いえ、別系統です」


 俺はじっと、図面を見ていた。


 保管庫は石造りで、密閉性が高い。

 もし、修復後の聖剣を保管庫に納め、扉だけ閉めて換気孔を閉鎖すれば、内部の湿度は急速に上昇する。

 残留水素のある溶接箇所が、湿気の中で長時間放置されれば、水素割れのリスクが、跳ね上がる。


 現場で言うところの「遅れ破壊」だ。

 現代日本の溶接管理では、絶対に避けるべき条件。


「ルクレイア様」

「はい」

「修復後の聖剣の保管、できれば、辺境伯家の倉庫を使わせてください」

「それは、難しいかもしれません」


 ルクレイアは眉をひそめた。


「聖剣は王国の象徴です。保管場所を変更するには、宮廷魔導士団と議会の承認が必要です」

「では、せめて、保管庫の換気孔を、修復後二十四時間は開放してほしい。それだけは、譲れません」

「分かりました。それは私の権限で、依頼書に明記します」


 ルクレイアは即座にペンを取った。

 俺はその姿を見ながら、彼女が「分かりました」と言ってくれることに、奇妙な安堵を覚えていた。


 この世界で、俺の言葉を、即座に技術として理解してくれる人間は、彼女一人だった。


 夜、宿屋に戻った俺は、ルクレイアと一緒に、もう一度資料を読み直した。

 彼女は、紅茶を一杯飲むと、椅子の背に身を預けて言った。


「結合師どの。一つ、私の話を聞いてくれますか」

「どうぞ」

「私の弟は、五年前、辺境の戦いで戦死しました。聖剣がない時の戦いでした」


 ルクレイアの声は、平坦だった。

 感情を抑え込んだ平坦さで、その底に、深いものがあるのが分かった。


「父はそれ以来、自分を責め続けて、心を病みました。私が当主代行になったのは、その時です」

「お辛いですね」

「辛さの問題ではなく、責任の問題です」


 ルクレイアは紅茶を見つめながら、続けた。


「私は、聖剣を直したい。それは弟のためでも、父のためでもなく、これから死ぬかもしれない、辺境の若い騎士たちのためです。彼らに、聖剣を持って戦ってほしい。私と同じ思いを、もう誰にもさせたくない」

「分かりました」

「あなたが来てくれて、本当に、よかった」


 彼女は、俺の目を、まっすぐに見た。


「だから、明日は、絶対に成功させましょう」


 俺は深く頷いた。


 ルクレイアが帰ったあと、俺は手帳を広げ、明日の手順を、もう一度すべて書き出した。


 予熱温度、保持時間、シールドガス流量、層間温度、各層の入熱、冷却条件、検査項目。

 全二十三項目。


 書き終わって、ペンを置いた時、窓の外で、何かが動く気配があった。


 俺は明かりを落とし、窓に近づいた。


 屋根伝いに、影が一つ、宿屋の方へ忍び寄っていた。

 白い長衣の裾が、月光に光った。

 宮廷魔導士団の若手、らしかった。


 俺は息を殺した。

 影は、俺の部屋の窓下を素通りして、別の窓に近づいた。

 ミナの部屋の窓だった。


 影はミナの窓の鍵を、何かの呪文で、内側から操作するような所作をしていた。

 窓が、ゆっくりと開いた。


 俺は、自分の部屋の扉を、静かに開けた。

 廊下に出て、ミナの部屋の前まで、足音を消して歩いた。


 部屋の中で、男が、ミナの机の上に置かれていた俺の依頼書類を、慎重に閲覧していた。

 保管庫の換気孔開放を要求した、あの依頼書を。


 俺は、扉の隙間から、その光景を見ていた。


 男は依頼書を素早く写し、紙片を懐にしまうと、来た時と同じく窓から出ていった。

 ミナは、ぐっすり寝入っていた。


 俺は自分の部屋に戻り、深く息を吐いた。

 心臓が、嫌な音を立てていた。


 明日、何かが起きる。

 その確信が、ようやく、形になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ