第2話 くたびれた男
土曜日のお昼は忙しい。それは喫茶店ならどこでもそうだ。街中でひっそりと佇む隠れ家的喫茶店の「おとぎ喫茶」も例外ではなく、店長とアルバイトの真蛭間彰吾は忙しくしている。
テーブル席にお茶を運び、カランコロン、「こんにちは、すきな席へどうぞ!」、レジでお会計……。
こう忙しいと、カウンターのお客様とお話しもできない。それがこの店の特長なのに。彰吾は少し悔しく思う。忙しいと知りながら、土曜日のお昼のシフトに入ったのはひとえに店長を助けたいという思いからだ。
「はい、ご注文を承ります!」
店内にはたくさんの人がいる。誰もがひと時の安らぎを求めてこの喫茶店にいるのに、従業員が忙しなく動いていても休めるものなのか? 彰吾は不思議だった。
カランコロン。
「はい、すきな席へどうぞ!」
また、新しくお客様が入ってきた。彰吾はテーブル席の学生から注文を取ると、カウンターの方へ向かった。カウンター席は全て埋まっていた。新しく来たお客様が手前から二番目の席に座ったのだ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
そう言いながら、彰吾は彼に近づこうとした。
「真蛭間くん!」
キッチンから店長の呼ぶ声が聞こえ、彰吾は慌ててキッチンに向かった。
「どうかしましたか?」
彰吾は聞いた。店長に何かあったのかと思いキッチンに来たが、なんでもなさそうだ。
「いや、どうもしてないんだけどね。話忘れたことがあってさ、真蛭間くんに。」
「はぁ。」
「カウンター席の方、見えるね? この店のルールなんだが、あの二番目のカウンター席はいわくつきなんだ。だから、人を座らせないようにしてる。けど、どれだけ気を付けていていも座る人がいるんだ。そういう場合、そのお客様には注意してほしいんだ。」
「わかりました。」
よくわからない話だったが、彰吾は返事をした。わざわざ、それを言いに来させたのか? 店長の話しぶりは真剣そのものだったが、どうも信じきれないものがあった。
「まあ、注意しときます。」
彰吾はカウンターに戻っていった。
二番目の席に座った人には気を付けろ。なるほど、そうかもしれない。彰吾はいわくつきの席に座るお客様を盗み見て、そう思う。
そのお客様の姿は土曜日だと言うのにスーツ姿。しかもネクタイを締めておらず、よれよれのシャツを着ている。顔には深い疲労の色が見え、顎にはうっすらと髭が生えている。
「コーヒーをもらえないか?」
「すみません、うち、コーヒーはないんです。」
「喫茶店なのに? まじか。あー、なんか目の覚めるものがないか?」
「ええ、でしたら、紅茶はどうでしょう? きっと目が覚めますよ。」
「じゃあ、それで。」
彰吾は伝票に紅茶と書いて、カウンターに戻って紅茶を入れる。紅茶には詳しくないが、ダージリンというものらしい。
そうしていると、何やら煙草の匂いが急にしてきた。彰吾は振り返ると件の席に座った彼が煙草をふかしている。彰吾は入れた紅茶を渡すとともに、
「すみません。禁煙なんです。」
「あ? あー、ごめんなさい。こうでもしないと寝てしまいそうで。紅茶、有難うございます。」
二番目の席のお客様は煙草を消すと、紅茶を飲んだ。彰吾はカウンターでその様子を見ていた。まあ、確かに注意をしたわけで。店長もこれで落ち着くだろう、彰吾は思った。
あのお客様は見るからに焦っているのが見て取れた。左足で貧乏ゆすりをしながら、意味もなくメニュー表を開いたり閉じたり。ほかのお客様も彼を横目で見て、様子を伺っている。
その時、彼の電話が鳴った。
彼はまるで喫茶店にいることを忘れたかのように、すぐに電話に出た。
「もう終わった?」
「あの、すみません。電話はお控えいただけると。」
彰吾は彼に言ったが、彼は静かにして、といったジェスチャーをして電話を切らない。
「今、喫茶店にいて、話は早くしてくれるとありがたい。」
「あの……。」
「大事な電話なので、すみません。」
お客様は電話に戻る。
「昨日から寝てないんだ。君のことが心配で、死んじゃうんじゃないかって。まだ痛い? そりゃそうか。お腹を切られたからね。」
彰吾はお客様の前に立ちながら、電話を終わらせるのを待つ。しかし、話している内容は何やら不穏だ。死ぬ? 腹を切られた?
お客様の姿を見ると誰から逃げて来たかのようにも見える。もしかして反社会的勢力から?
「今からこっちに来るって? 馬鹿言うなよ。こっちが行くから。場所を教えて。わかった。気を抜いて死なないでよ。」
お客様は電話を切って、彰吾のほうを向き直った。
「ごめんなさい、電話してしまって。」
「その……いいですよ。何やら大事な内容でしたので。」
「いえ、もう終わったことですから。」
お客様の顔からは疲労の色が消え、希望に満ちたものとなっていた。
「その、失礼な質問だと分かっているのですが……。どうかされたのですか?」
それを聞くと、お客様は笑いだした。
「大したことじゃないですよ。僕が父親になったんです。」




