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第1話 モヒカン男

 カウンターから見える大きな窓に雨粒がせわしなく打ち付けている。窓の向こうの十字路に設置された街灯の白い明かりだけがぼおっと外の暗闇から顔を見せた。

 客のいない店内で、蔵闇くらやみ信也しんやは店の奥の調理場に引っ込んでスマートフォンを触っていた。

 時計はすでに十二時を回り、営業時間も残すところ、あと一時間となった。ワンオペで事足りるほど深夜は人が来ない。その間の暇な時間はこうしてスマートフォンを見て時間を潰すしかないのだった。ネットニュースでは昨今の政治について罵詈雑言まじりの論争が続いている。


カランコロン。

 出入り口の扉の開く音がした。信也はスマートフォンをポケットに突っ込むと、調理場から出入り口の方へ小走りで向かった。

「こんばんは。」

信也は言った。ここでは店長の拘りから「いらっしゃいませ」という言葉は言わないのだ。

 入ってきた客は男だった。男はモヒカン頭で、ずぶ濡れ。両手をポケットに入れ、真っ黒なトレンチコートを着ていた。その客は出入り口の扉の前で何をするでもなく、立っていた。

「あの……。どうされました?」

目の前に出てきた信也に気づかない様子で、男は店内をぐるりと見渡していた。

「まあ、何処にでも座ってください。」

信也は言い、カウンター内に戻った。

 男はもう一度、店内を見渡すと、カウンターの手前から()()()()()に座った。この店にはある噂がある。それはカウンターから二番目の席に座る客には注意しなければいけないというものだ。

「注文があれば、言ってください。」

信也は言ったが、男は黙ったままだった。


「君、ひとり?」

「はい?」

男はだしぬけに言った。あまりにだしぬけだったので、信也は聞き返した程だった。

「まあ、一人ですね。」

信也はそう答えながら、男が何を言いたいのか分かりかねていた。男の奇抜な姿を見た時に度肝を抜かれたが、その言動も奇抜だった。喫茶店に入ったと思ったら、扉の前で空いている店内を何度も見ていたし、黙りこくっていたと思ったら急に一人か聞いてくる。男には悪いが、明らかに不審者だということは明らかだ。

「そうかぁ。」

男は口の端からよだれを垂らしながら返事をした。よだれは重力に従って垂れ、糸を引き、落ち、テーブルに着いた。少しおかしい奴だ、信也は思った。

 男はまたキョロキョロと何かを探すように周りを見まわし始めた。今度は店内というよりも天井の方を見ている。

「監視カメラ、ないのぉ?」

男は言った。男が喋るたびに口からよだれが垂れてくる。

「ちょっと、わかんないですね。」

信也は当たり障りのない笑顔で答えた。男が天井を探していたのは監視カメラの有無を探っていたのか。いずれにしても尋常な理由でここに来ているわけではなさそうだ。早く帰ってくれないだろうか。

「あの、注文をなさらないのでしたら、ご退店の方を……。」

男は急に笑い始めると、

「じゃあ、襲われても誰もわかんないねぇ!」

大声で言い、ポケットに突っ込んでいた両手をカウンターのテーブルに叩きつけて、信也の方へ身を乗り出してきた。

「ねぇ! そうでしょう!」

男の右手にはナイフが握られて、刃先を信也に向けている。信也は反射的に逃げようとしたが、突き付けられた刃物への恐怖が体を凍り付かせる。男が店内を仕切りに見渡していたのは()()()がいないかどうかを確認していたのだ。

「ねぇ! わかんないよねぇ!」

男は独りで盛り上がって大声を張り上げる。もはや気狂いだ。信也は間近に迫る死の気配に背筋が凍りつく。何とかして生き残らなくては!

「ねえええ!」

「分かんないです!」

信也が答えると、男は急に白けてしまったかのように黙ってしまった。刃先を向けていたナイフもポケットに戻した。男は席を立つと、そのまま店を後にしてしまった。


 その後、信也は警察に連絡して、事の顛末を話すことになった。

 ナイフを持っている以上、危険人物だが、それ以外に問題がないと言うのが警察の見解だった。ただし、警察の見回りはしてくれることで、おとぎ喫茶は少しの安心を得たのだった。


 後日、モヒカンで黒のトレンチコートを着た男が世間を賑わすこととなった。

 男は昼間のスクランブル交差点でナイフを持って暴れたのだ。死人は出なかったものの、多くの負傷者が出ることとなった。この事件がセンセーショナルを巻き起こしたのは現場にいた人の映像提供によるところが大きい。

 犯人の男は現在の政治に不満を持っており、()()()()()()()()ためにこのような事件を起こしたと語っている。

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