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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第六章 蛇のはかりごと

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第209話 仮面を被ったまま語れるはずがない

「ボクはもちろん父からボクへの接し方に怒っていた。しかし怒りの主体はボクではなく母の処遇であって、自分のことのみを軸に据えることはできなかった。なぜかわかるかい」


 そんな問い掛けから始めた蒼蓉ツァンロンは言い終わると柚良ゆらに視線をやった。

 なぞかけをしている気分になりながら柚良はしばらく考え込み、答えを口にする。


「……蒼蓉くんは謝られたくないから?」

「そうだね。父を赦すか否かの判断することを任されるなんて御免だった。それだけどうだってよかったんだ。今あるのは過去の怒りの残滓であって、……今のボクは父の行動に怒っていない」


 そういう風には見えないけれど――と柚良が感じたことを蒼蓉もわかっているらしく、絡んだ部分を解きほぐしていくように言葉を続けた。


「なにせ厳しい教育は万化亭ばんかていの維持には必要なことだからね、今なら納得できる。ただ、それは後継者であるボクに関してだけだ。……母の件は怒り続けていた。その怒りを持て余していた」


 しかし、と蒼蓉は視線を下げる。

 ほんの少し下を向いただけだというのに、両目の緑色がわからなくなるほど影が落ちた。その暗い瞳の中には様々な感情が渦巻いているように見える。


「――母は陰ながら愛されていたわけだ」


 絞り出したような声音だった。

 まるで息苦しさに喘いでいるかのようだが、そんなことはないとでも言うように蒼蓉はすぐにそこへ続く言葉を紡いでみせる。


「イェルハルドの話でそう理解したところで『今のボク』が思ってしまった。じゃあなぜボクは愛されなかったのかと。怒りの軸が自分自身になってしまったんだ」

「それが普通ですよ」

「でも許せなかったんだ。……ボクだって父に愛されたかった、父と一緒に母と過ごしたかったと怒るには大きくなりすぎた」


 蒼蓉は自身の体躯を指すと少し表情を崩して肩を竦めた。

 それでも柚良は蒼蓉にはそれを口にする権利があると思ったが、当の本人はまったくそういう風には思っていない様子だ。


 歯痒く思いながら柚良は「伝えれば聞いてくれます」と言い重ねたが――蒼蓉は意見を変える気はないらしい。


「ああいうのはね、小さな子供の特権さ。成人前とはいえ一人前の人間として万化亭を回している人間が言えるようなことじゃない」

「蒼蓉くん、――いいえ、それは誤りです。駄々をこねるのは小さな子供の特権かもしれませんが、抱いた感情を今みたいに分析して、それを口に出して伝えることは大人でも許されます」


 私は許されてきました、と柚良は続けた。


 帝国のお抱え魔導師として口にすることは許されない事柄もあったが、少なくとも家族に関しては口にすること許してくれる人が存在したのだ。

 実家に帰りたいと言えば許され、久しぶりに父母と出掛けたいと言えば許された。

 忙しさからその頻度が落ちたこともあったが、口にすれば聞いてもらえただろう。


 だから私は蒼蓉くんのその想いを許したい。

 柚良はそうはっきりと伝える。


「それに私……今回はお義父さんに加担している形ではありますが、お義父さんが蒼蓉くんと向き合うことを放り出したことや、お義母さんがお義父さんの気持ちを汲んだとはいえ真実を蒼蓉くんに伝えなかったことには怒ってるんですよ」

「君が?」

「だってあんまりでしょう、ここが暗渠街あんきょがいだからとかは関係ありません。ここでも愛情を注げる人はいます。環境の影響でその愛情が歪んでる人も多いかもしれませんが、お義父さんは……逃げたんですもん」


 申佑シェンヨウは向き合うことを恐れ、嫌われることを恐れて逃げたのだ。

 自立した大人ならまだしも、まだ幼かった蒼蓉は取り残されたような形になった。


 それに関して柚良は申佑本人を強く責めるつもりはない。

 言うとしても今よりもっと長い時間をかけて彼の人となりを知って、人間関係を構築してからだ。蒼蓉の味方だけをして強く責めて悪影響が出たとして、その責任を取れる程度の立場になっていないのなら口にすべきではない。


 しかし蒼蓉の境遇になにも思わないわけでも、昔のことなんだから水に流しましょうよと言うつもりでもなかった。


「だから私は蒼蓉くんが自分のことでお義父さんに怒りを抱くことを肯定しますよ」

「……」

「そして、その怒りの感情は蒼蓉くん自身からも肯定してあげましょうよ」


 話し合いを勝負として捉え。

 聞いた話を情報として捉え。

 蒼蓉も万化亭の若旦那の仮面を被って冷静でいようとしていた。


 しかし、この感情は他でもない蒼蓉という人間個人のものだ。

 それを仮面を被ったまま語れるはずがない。


 だからこそ仮面を捨てよう、と。

 その手伝いをすると柚良は蒼蓉の頬を撫でた。


「う〜ん、しかしこれ、私めちゃくちゃ八方美人みたいになってますかね? 蒼蓉くんとお義父さんに仲良くしてもらいたいだけなんですが……」

「――いや、君のそういう明るいところがボクは好きなんだ。遠慮容赦なく周囲の人間を焼き尽くしてくる」

「それって褒めてます!?」


 思わず柚良はツッコミを入れたが、蒼蓉の表情が少し穏やかになっていることに気がつくと微笑む。

 どう受け取られたにせよ、蒼蓉の気が楽になったのなら柚良も嬉しいのだ。


「でも柚良さん、ボクはまだこれを口にするには心の準備が――」


 そう蒼蓉が言いかけた時だ。

 つい先ほどふたりが歩いてきた側の廊下から人の気配がした。

 荒い息をして肩を上下させ、壁伝いに近づいてきたのは――他でもない、背を向けたばかりの申佑だった。

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