第205話 他者のことを理解するのに
柚良と申佑による作戦会議、及び父と息子の話し合いシミュレーションはそう複雑なものではない。
まずは予想される話の流れと蒼蓉から投げられそうな質問及び会話例を洗い出し、それらを想定して申佑の苦手とする部分の対策を考えていく。
その過程で蒼蓉が言いそうな言葉は柚良がピックアップした。
虱潰しとも言える労力が必要だったが――そこは万化亭の大旦那。
出された対策は一度聞いただけで記憶し、紙にメモすらしていない。
柚良は「役者さんに向いてそう……」という感想を抱いたが、申佑は自分に代替わりしてからずっと万化亭の大旦那役を演じているようなものだ。向いているどころではなかった。
(蒼蓉くんもそういう節があるけど、お義父さんは輪をかけてその傾向が強いなぁ)
もし表の世界で生まれていればきっと別の生き方をしていただろう。
そう感じさせる才能だったが、表の世界で生まれたならば備わっていなかった才能にも思えた。万化亭が選び抜いてきた血筋だからこその才能である可能性も高い。
柚良は複雑な気持ちになりながらも作戦会議を続け、不安要素をひとつずつ潰していく。
話し合いの目標は『蒼蓉に本心を伝える。その際、可能な限り信じてもらえるように試行錯誤する』と『今後は良好な関係になりたいことを伝える』のふたつ。
途中で見失わないように込み入った部分は敢えて省略してあるが、蒼蓉が話題に出したならすぐに反応できるようにとシミュレーションはしておいた。
大旦那の座についても恐らく話すことになるだろう。
そうして様々な想定を繰り返し――あまり長居をすると蒼蓉くんの反感を更に買ってしまうかもしれないので、と柚良は申佑の部屋を後にすることにした。
「すみません、私が幻覚魔法を上手く使えれば本物に近い蒼蓉くんを相手に予行練習ができたんですが……あっ、専用の薬を作れば頭の中で出来たかな? でも見る幻覚対象を絞るのって難しいし、まず材料の分量を間違うと廃人一直線だしなぁ……」
「い、いや、そういうものは不要だ。脳内シミュレーションでなんとかなる」
家族の反応など不得手なものを想定をするのは下手だが、何パターンもの失敗例を想像して備えることには慣れていると申佑は苦笑する。
申佑は当日まで予想されるパターンをすべて脳内でシミュレーションし続けると言い、そのまま柚良を見送った。
帰り道の廊下で腕組みをした柚良は唸る。
(まだ対策し足りない気がする……イェルハルドさんや璃花さん以外にも古くからお義父さんと蒼蓉くんを知ってる人がいればいいんだけど、オルタマリアさんは命知らずな人たちを狩りに出てて大変そうだもんなぁ)
万化亭で起こったことの細部は漏れていないが、万化亭で騒ぎがあったことは周辺のこまごまとした組織にも情報として出回っている。
そこで愚かにも「弱っている万化亭なら首を取れる!」や「今なら盗みに入るのに最適だ」などという考えを抱き、敷地内に忍び込もうとする輩がいたのだ。それも複数である。
それはそのまま彼らの死因になった。
いくら負傷者が出て敷地にもダメージがあったとはいえ、そう易々と普通の無法者が足を踏み入れられるような場所ではない。蒼蓉たちにとっても襲撃は特に痛手ではなかった。
が、いくら痛手でなくとも邪魔なものは邪魔だ。
愚者に群がられるのは蚊に延々とまとわりつかれているようなものである。
そこでオルタマリアがジャクシモドキの姿で万化亭の外周のパトロールを買って出たわけだ。警備団の団長のようになったオルタマリア曰く「自分で何度も忍び込んだので警備の甘い場所は熟知してますわ!」とのことだった。
頼りになるが、あまり頼りにしたくない。蒼蓉はそんな顔をしていた。
とにもかくにもそういった理由でオルタマリアは気軽に質問をできる状態にない。
邪魔をするのもいけないしなぁ、と柚良が唸り続けていると――なにもない空間からヒラヒラとメモ用紙が落ちてきた。
影に潜んでいるらしいイェルハルドだ。
『あまり手を出しすぎず見守れ』
『大旦那ならあれで大丈夫だ』
『あと若旦那のために早く戻って休め』
……と、次から次へと落ちてくるが本人は姿を現す気はないらしい。
姿を見せなければ助け舟を出していることにはならない――ってわけじゃない気がするんですが? と思いながら柚良はくすくすと笑ってメモ用紙を束ねた。
「イェルハルドさんはお義父さんのことを本当によくご存知ですね。ここに来た時から親しかったんですか?」
『? 親しくはない』
「今もお義父さんのことをよくわかった感じでしたし、それに好きな花やその理由も把握してたじゃないですか」
柚良がそう言うとメモ用紙が出てこなくなった。
イェルハルド式の無言の間である。
しかし数秒して手元に一枚の紙が舞い込んできた。
『他者のことを理解するのに親しくある必要はないだろう』
――じつにストイックでありながら、どこか温かさを感じる考え方だった。
柚良は新しい文化に触れたように感心し、にっこりと笑うとイェルハルドのいそうな影を見る。
「私、イェルハルドさんのそういうところが好きですよ」
『殺されるからやめろ』
そんな返事のメモ用紙は真後ろから落ちてきたという。
***
蒼蓉は柚良が父親に会いに行ったことを把握していたが、特に言及することなく普通に部屋に戻り、いつも通り柚良と共に眠りについた。
柚良が父親の『味方』をするのは別にいいと蒼蓉は考えている。
最終的にどちらにつくか切羽詰まった選択を迫られるようなことがあれば、柚良は自分につくという自負があるのも大きいが――柚良が家族仲を取り持とうとする気質があるとわかっているからこそだ。
蒼蓉は柚良には柚良らしく生きてほしい。
その上で、この暗渠街という場所で自分の手の届く範囲に囲っておきたいのだ。
命の危険があることならともかく、彼女が自分で考えて行動した結果なら責める気はなかった。相応に気遣われている自覚もあるため蔑ろにされた気もしない。
だからこそ、愚痴を言ってもいいと促した柚良になにも話さなかったのは――怒っているからでも機嫌を損ねたからでもなかった。
単にそんな気分にならなかっただけだ。
(……まあ、今更父親と重苦しい話をする必要が出て気が重いだけだけれど)
そっとしておいてくれれば良かったのに、という気持ちも少しある。
そして父親の前では自分の制御ができなくなることへの恐怖に似た感情もあった。
まったくもって万化亭の若旦那らしくない。柚良にも見抜かれていた。
明日はそんなヘマはしない。
そう思いながら眠りに落ちた蒼蓉は――ほんの少しだけ母とのなんでもない日常を夢に見て、いつものように起床した。




