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暗渠街の糀寺さん 〜冤罪で無法地帯に堕ちましたが実はよろず屋の若旦那だった同級生に求婚されました〜  作者: 縁代まと
第六章 蛇のはかりごと

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202/210

第202話 口下手と聞き上手

 申佑シェンヨウは本来なら今年で四十歳だという。

 ただし封印されていた間は新陳代謝など生物らしい活動は一切止まるため、その間の加齢はされていないとのことだった。時間が止まっていたようなものだ。


 それでも柚良ゆらの二倍近い時間を暗渠街あんきょがいで過ごしてきた申佑の話す逸話はどれも興味深いものだった。

 暗渠街生まれ暗渠街育ちなら普通すぎてなにも感じない話題も混ざっていたのだろうが、柚良にとってはどれもまだまだ新鮮な話である。


 そして申佑が自己申告した通り、彼は話すこと――会話が不得手のようだ。


 なにせ途中でしどろもどろになったり、単語をど忘れしたように固まったり、謎の間があったり、話が終わったのかわからない無言の時間が流れたりと枚挙に暇がないほどである。

 そこで柚良は適度に相槌を打ちながら質問を挟んで会話を軌道修正し、聞く側も話す側も楽しめる場にしようと試行錯誤した。


「ははあ、昔はホクオウ地区の人工川に虹色の大橋が架かってたんですか。夜中とか明るそうですねぇ……」

「ああ、うん、遠目でも目にうるさかったな」

「でも今はもうないんですか? 何度か足を運んでるのに話に出たことがないんですけど。いや、でもホクオウ地区も広いみたいだから知らないだけかな?」


 申佑はふるふると首を横に振る。

 黒髪の低い位置に付いた玉飾りの重みのせいか、縛った髪だけが首の動きに取り残されていた。


「あれは私が封印される四年前に落とされた。……というより人工川ごと潰された」

「川ごと!?」

「人工川とはつまり水路だ。あの地区のとある組織が先導して作り、物資の運搬などに使用していた。しかしそれはホクオウ地区を拠点にしている『アングルボザの厄災』の許可を得ておらず、何年もイザコザが続いた末に後者が勝ったわけだ」


 人工川と虹色の橋に関しては万化亭ばんかていが扱っている情報なのか、申佑は今までとは比べ物にならないほどスラスラと説明する。


 アングルボザの厄災は万化亭や天業党てんぎょうとうのような地区の元締めをしている組織であり、人工川を作り凄まじいセンスの橋を架けたのは比較的新しい組織が五つほど寄り集まったものだったらしい。

 つまり同盟だ。


 そんな同盟は勢いがあり、しばらくの間はアングルボザの厄災に抵抗し存在し続けていたが、徐々に端から削り取られるようにして弱らされ——人工川と橋の崩落と共に終止符を打たれたそうだ。


「せっかく集まったのに残念ですね……」

「それまでも方向性の違いでモメていたそうだが」


 なんでも七色の橋は同盟内でも評価が二分していたらしい。

 しかも光らせるために大量の魔石を使用していたため、センス以外の面でも反感を買っていたそうだ。


「橋の件を軸に不和を招き、あとは女性関係の拗れ、家族関係の問題――」

「ふむふむ」

「――金絡みのトラブル、同盟内での小さな犯罪、それらを使って瓦解させた」

「ふむ……ふむ!? あっ、万化亭がですか!?」


 申佑はなんてことのないように頷く。

 つまり同盟の基盤を脆くするために情報を利用して揺さぶりをかけ、時には真実に嘘を混ぜて流布して組織として弱らせていったのだ。

 アングルボザの厄災からの依頼だったからよく覚えている、と申佑は言った。


 そんな話をホイホイとしていいのだろうかと柚良は心配になったが、蒼蓉ツァンロンと結婚済みということはすでに柚良は万化亭の人間である。しかも中心に近い位置に存在していると言っても過言ではない。

 だからこそ万化亭の守秘義務は不要であり、申佑はすべて開示したのだろう。

 むしろ逆にこれだけ深くにいる人間がなにも知らないのは問題なのだ。


「そうやって狙われちゃうなんて同盟も一長一短ですね~……こないだの戦闘でウチも同盟を組んだんですよ、これは報告で聞きましたよね」

「初めは耳を疑ったが――その件に関しては大丈夫だろう。参加している組織はどれも暗渠街の均衡を保つことを重要視している巨大なものばかりだ」


 だからこそ同じ方針の組織とは連携し慣れている、と申佑は頷く。

 急ごしらえの同盟ではあるが、必要な基礎はもう何年も前からできているわけだ。


 そういえば知ってる人も多かったし、その人たちの知り合いもいっぱいいたみたいだもんなぁと柚良が納得していると申佑が「だが」と続ける。


「それぞれ個々に個性の強い……くせ者ばかりの組織だ。なにが原因で隙ができるかわからない。気をつけろ」

「ですね……隠世堂かくりよどうを率いている人が結構ねちっこいので警戒しなきゃです。とはいえ思わぬ角度からやられちゃうとどうしようもないんですが」


 やられた時のための備えも必要ですねと柚良は頬を掻いた。


 そうして会話を重ね、ようやく申佑が慣れてきたところで唐突にもごもごとしだす。まるで一気に初めの状態に戻ったかのようだ。

 柚良が「どうしました?」と促すと申佑は少し迷った末に棚の上の花瓶に視線をやった。——正しくは花瓶に挿されたガーベラに。


「……あの花は君が持ってきてくれたと聞いた」

「! はい。目覚めた時に花があったほうがいいかなと思って」

「その、……私の妻については聞いているだろうか」


 柚良がガーベラを選んだのはまったくの偶然だ。

 しかし申佑の部屋に持っていく段階でイェルハルドからその話に僅かに触れるようなことを言われていた。奥様の好きな花だから喜ぶ、と。


 そう説明すると申佑は「イェルハルドはよく見ているな」と僅かに視線を下げた。


「妻はあの花が、そして色が好きだった」

「――そんな花でお義父さんが喜ぶということは、蒼蓉くんが言うほどお義父さんはお義母さんのことを蔑ろにしていたわけではなかったんですね?」


 柚良の問いに申佑は首を横に振る。

 それは先ほど見せた仕草よりも否定が強く表れたものだった。


「蔑ろにしていなかったとは口が裂けても言えない。……糀寺こうじ氏、いや、……」

「柚良でいいですよ」


 笑みを浮かべた柚良がそう言うと、申佑は小さな声で続けた。


「柚良さん、……妻と息子のことに向き合うために、私自身の話も聞いてもらってもいいだろうか」

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