017
マコトたちは冒険者ギルドを出た後、宿へ向かった。
ギルドで宿の場所を訊くのを忘れたので、露店を開いているおじさんに青空亭の場所を尋ねて無事到着できたのだ。
外から見る限り二階建てで、レンガのような材質で作られていた。
扉を開けて中に入ると目の前にカウンターがあり、恰幅のいいおばちゃんが書き物をしている。
「おや、いらっしゃい。泊まりかい?」
おばちゃんが気づいて、ニコリと温かい笑顔で出迎えてくれた。
全員中に入ると、マコトはクルサから貰った証明板を出しておばちゃんに見せた。
「こんにちは。あの、今日からこちらに泊まる様にとクルサさんから言われてきたものなのですが……」
マコトの出した証明板と、こちらを交互に見て、おばちゃんは目を丸くした。
「ああ、クルサ様のお客かい。誰が来るのかと思っていたら坊やたちだったのかい。ああ、勘違いしないでおくれ。別にガッカリしているわけじゃあないからね。むしろ変に気を遣わずに安心したよ。貴族様の相手なんて碌なことになりゃしないからね!」
ガハハと豪快に笑う。
サバサバとしたおばちゃんだが、不思議と嫌な気持ちにならなかった。あれだ、商店街とかにいる馴染みのおばちゃんに近いイメージだ。
そう言うと、おばちゃんはカウンターからカードを2枚出してきた。
「はいよ。とりあえず2週間分のお代は頂いているから、それ以降もいるようなら追加で料金を払ってもらえればそのまま部屋を貸すからね。食事は朝晩の2食。そこの食堂で出しているよ。朝食は1フェンの間、夕食は6フェンの間だよ。それを過ぎるとお金をもらっていても出さないからね。もし、いらないことを先に伝えてくれれば助かるねえ。部屋は全部2階だ階だ。
言ってくれれば桶1杯のお湯と布を渡すよ。それ以上は1杯につき20ス-サだよ。ああ、部屋の鍵を無くしたり壊したりしたら10000スーサ払ってもらうから絶対に粗末にするんじゃないよ」
「あのう、お風呂とかは……」
「なんだ、坊やたちやっぱり貴族様かなにかかい? 残念だけどうちには置いてないよ。風呂なんて使うのは貴族様くらいなもんさ」
やはり、お風呂は貴族だけが使うもののようだ。
「いえ、貴族ではないのですが……わかりました。しばらく厄介になります」
お礼を言ってマコトはカードを2枚受け取った。カードには07、08と書かれていた。
1部屋だと思っていたのだが、配慮してもらったようでありがたい。
4人は早速階段を上り、数字の書かれた部屋の前に立つ。なんと、魔法式オートロックなのだ。どこまで技術が進歩しているのかよくわからない。
ICカードのようにかざすと、鍵が開く音がした。
なるほど。魔法が込められているため値段が張るのか。その分、セキュリティの水準は高いのだろうな。
マコトは扉を開けて中に入る。
中はベッドがふたつと簡素な物置台がひとつだけ置かれたシンプルな部屋だった。窓はあるが、わずかに向こう側が見える程度のガラスがはめ込まれている。曇りガラスかと思いきや、そうでもないようだ。恐らく透明の綺麗なガラスを作成する技術は発展途上なのだろう。
壁には時計の魔道具がかけられている。今は5フェン半なのでもう少しで夕食の時間が迫っている。
手荷物もないので、適当にベッドに座る。
するとドアがノックされた。ケントが開けると、カエデとサユリの2人が立っていた。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ。何もないところですが」
「文字通りね!」
「俺ら手ぶらなんだしそりゃそうだろ」
カエデはマコトと向かいのベッドに座ると、その横にサユリも腰を下ろした。
「さて、お待ちかねというべきか、僕らのステータスを確認しようか」
「おう、待ってたぜ」
「やっぱこれよね」
「はい」
マコトはルカと念じた。すると、目の前にステータス画面が現れた。
「一応確認するけど、皆ほかの人の画面が見えてる? ここら辺にあるんだけど」
マコトはステータス画面が出ている辺りを指さした。
「見えないよ」
なるほど。ステータスが見えないのは確定。では、本当に看破する魔法が見えないのかを検証したいが、持っている人はいるかな?
マコトは自分のステータスを見て微妙な顔をした。
・名前:小野寺誠・男・17歳
Lv:30
状態:良
職業:魔法師(転生者)
能力:大魔法術lv.1 魔法術lv.10 【アクアショットlv.1】【アクアlv.10】
【ウィンドショットlv.1】【ウィンドlv.10】 成長lv.10 鑑定lv.1
身体強化lv.3 杖術lv.1 鷹の目lv.1 自動翻訳lv.10 幸運lv.3
加護:アクラスの加護 オーカナーの加護
魔法をひとつと数えるなら、スキルは8個。割と平均的だ。
「マコトはどんなんだった? 俺はスキルが14くらいあるんだが」
「マジか。僕は8かな。魔法の数え方がよくわからないから、何とも言えないんだよね」
「私は少し多い感じですね。でもケントほどではないかと」
「私もかな。何か紙にでも書ければねー」
スマホを取り出すも電源がつかないので使えない。
「おばちゃんに何か書くもの無いか聞いてくるよ」
マコトはそう言って一階へ向かう。
おばちゃんに何か書けるものがないか聞くと木紙2枚と羽ペンとインクを貸してくれた。
お礼を言って部屋へと戻る。
「とりあえず借りられたよ」
「では、私が書いていきますね」
お互いのステータスを書いた。他の3人はこのようになっている。
・名前:佐倉かえで(カエデ)・女・17歳
Lv:30
状態:良
職業:魔法師(占い師)(転生者)
能力:大魔法術lv.1 魔法術lv.10【ライトショットlv.1】【ライトlv.10】【ヒールlv.1】
成長lv.10 予知lv.1 身体強化lv.2 杖術lv.1 幸運EX 自動翻訳lv.10
加護:ハティヴィルの加護 ナーシェの加護 ダンテクルスの加護
・名前:黛健斗・男・17歳
Lv:30
状態:良
職業:闘士(転生者)
能力:格闘術lv.10 抜き足lv.3 身体強化lv.4 剣術lv.1 槍術lv.2 杖術lv.3
体力強化lv.4 成長lv.10 自動翻訳lv.10 昼寝lv.10 大食いlv.10 火事場lv.2
察知lv.3 幸運lv.3
加護:オリンピアの加護 ダンテクルスの加護
・名前:古賀沙友里・女・17歳
Lv:30
状態:不良
職業:巫女(転生者)
能力:大魔法術lv.1 魔法術lv.10 【エクスヒールlv.1】【リペアlv.1】【ヒールlv.10】
【ウィンドlv.1】 弓術lv.1 成長lv.10 祈祷lv.3 神託lv.5 身体強化lv.2
自動翻訳lv.10 舞lv.6 収納lv.1 幸運lv.3
加護:カーの加護 ハティヴィルの加護 ナーシェの加護 オーカナーの加護
「わーお、私たちに合ったステータスだ!」
確かに皆の個性が含まれたステータスとなっていた。カエデの幸運がEXであることに誰もが突っ込もうとしなかった。
確認を終えてマコトは今回浮き彫りとなった問題点を指摘する。
「うーん、問題があるとすればサユリかな。多分、治癒系はチートになりかねないから、この世界がどこまで回復に対応しているのか把握してから使わないとマズそうだ」
マコトの発言にサユリは同感と頷く。
誰もサユリの状態については触れていないが、ステータスを見るまでもなく全員気づいている。しかし、ここで掘り返す話題ではないことは皆承知しているため、何も言わなかった。
「そうですね。私がどこまで傷が治せてしまうのか、それ次第でしょうか」
この【エクスヒール】と【リペア】の能力次第では一発でお尋ね者になってしまう可能性があった。スキルに関しては今後調べていく必要があるし、使う場面も考えなくてはならないだろう。
「スキルはミンスさんに訊いてみるのが早いかもね」
「解説書いてくれればいいのに」
カエデが愚痴る。
「そうゲームのようにはいかないのかもな」
「なあ、マコト。鑑定ってどう見えるんだ? テンプレで言えば万能なんじゃねえのか?」
「ああ、やってみるか」
インクの小壺を手に持って、鑑定と念じてみた。
・インク(黒)
ランク:2
所有者:マーラ
説明:黒い液体。
流石にこれはないだろ。表示されたものを見て、マコトは落胆した。
「どうだった?」
「予想の斜め上を行ってた。判明したのは名前、そのランク……まあ、レア度だろうね。あと所有者、説明の四項目だけど、説明が酷いよ。これじゃあ、まったく説明になってない」
「まじか。だけど所有者わかるってやばくね?」
「確かに。これがあると盗みとかすぐばれるかも」
恐らく、鑑定があるおかげで窃盗の被害は少ないのだろう。
「マコトのレベルが低いから見えないとか?」
「それは大いにあり得るな」
「レベルを上げるにはどうしたらいいの?」
「ひたすらいろいろなものを鑑定してみたらいかがでしょう?」
「ああ、経験だな」
マコトは部屋にあるものを手当たり次第に鑑定していく。
すると、ピコンと聞きなれない音がして、
『レベルが上がりました』
無機質なアナウンスが脳内に響いた。
「レベルが上がった……」
「ずいぶんと早えな」
ルカを見れば、鑑定lv.2となっていた。おそらく成長lv.10があるから成長が早くなっているに違いない。もう一度インクを鑑定してみるも、特に変わった様子がなかった。
「レベルが上がっても鑑定の中身は変わらないのか……」
「えぇ。うそでしょ!」
かえでが落胆したような声を漏らす。
「……もしかしたら、マコトの知識と連動しているのかもしれませんよ?」
「そのパターンなら、図書館とか書物を漁る必要があるね」
知識に依存する鑑定も確かに話に出てきた。
ふと気になったので皆に鑑定を試みる。
しかし、スキルは何も反応を示さなかった。どうやら別のスキルが必要なようだ。やはり、この鑑定渋いというか扱いにくい。かつて世に溢れていたファンタジーのお約束が都合のいいものだったのか改めて実感した。
「さて、いろいろ疑問も増えてきたし、これからの動きどうするか決めようか」
「差し当たっては、資金の確保ですね。あと各自スキルの検証でしょうか」
「あとは、市場調査かな。回復薬とかあるみたいだし」
「そうね。じゃあ、明日は午前にスキルや鑑定用の情報と市場の情報収集をして、午後は初依頼を達成しに行こうか」
「それでいいんじゃねーか?」
「だね。じゃあその方向で」
まとまったところで、かえでが小さく呟いた。
「あとは……帰る方法かな」
沈黙が走る。
今まで誰も触れてこなかった話題だが、皆心の底で思っていたことだった。
マコトは冷静に考えてみて、転生したきっかけが隕石によるものだとすれば地球上での僕らは死んでしまっているのではないかと推測している。
そこで、この異世界転生となったのではと。
だが、もし戻れるのであれば戻りたいと思う。もしひとりだったらと想像するととてもつらい。皆がいたからどうにかメンタルを維持できている。だから……
「そうだね、それも探していこう。魔法があるということは転移できるかもしれないし」
「うん」「ああ」「そうですね」
暗い表情から一変し、皆明るさを取り戻した。
「とりあえず、この世界にいる間はファンタジーを楽しまなきゃね!」
カエデが元気に言った。
自然と笑いが起こる。
さすがムードメーカーだ。
「じゃあ、行動方針も決めたことだしそろそろ夕飯食べに降りようか」
「賛成!」
「この世界の食事はどうなのでしょうか?」
「まずくないといいんだが……」
異世界の食事に思いをはせ、4人は食堂に向った。
1階に降りるといい匂いが漂っており、一気に食欲が湧いてきた。
横を見れば、ケントは限界とばかりに獣の顔になりつつある。
「うわー、おいしそうな匂い!」
カエデも年甲斐もなくはしゃいでいた。
食堂の中に入るとそこまで広くない。丸テーブルが6つとそれに椅子がついている簡素なものだった。
「おや、来たかい。じゃあ、4人分追加だね」
他のお客の配膳していたおばちゃんがこちらに気づいて、にかっと笑った。
「よろしくお願いします」
「あいよ。適当に座ってな!」
そういうと、おばちゃんは奥に引っ込んでいった。恐らくそちらがキッチンなのだろう。そういえば、この宿おばちゃん以外従業員を見ないけど、まさかひとりでやりくりしているのだろうか?
4人は空いている席に腰かけて、料理が来るのを待つ。
「あれってさ、冒険者だよね」
「というか、冒険者しかいない」
カエデはそっと周りにいる人たちを見て言う。恰好はラフなものの腰には武器を吊るしている彼らを冒険者以外なんと呼ぼうか。
「あまりじろじろと見るのは失礼ですよ?」
「うー。わかっているんだけど、好奇心が」
口をすぼめてカエデが言う。
「どうせ多くの冒険者を見ることになるのだから今はいいだろ」
「はーい」
しばし待つと、トレーに乗せて4人分の食事を抱えたおばちゃんが出てきた。
「はいよ。おまち」
4人の前に同じ料理皿を置いていく。メニューは黒パンが二つとシチューだった。
「ありがとうございます」
「パンはひとりひとつだけお代わりできるからね」
「わかりました」
頷くと、おばちゃんは玄関のほうへ去っていった。
「じゃあ、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
*
あっという間に平らげ、4人は各々の部屋へと戻り、翌朝まで自由行動とした。
カエデとサユリは部屋に戻る前にお湯と布をもらってから上がってきた。
制服を脱ぎ捨てて、全身を濡らした布で拭っていく。やはり現代人として風呂がないのはどこか物足りなかったが、しばらくは我慢しなくてはならないだろう。
しばらくは互いに無言で身体を拭っていた。
それぞれの処理が終わって二人分の後片付けをしていたサユリは、背中に柔らかい感触を感じた。
カエデが腕を回し、ぎゅっと抱きしめてくる。……この包容力はマネできないですね。
「……ねえ、サユリ」
「わかっているわ。彰のことでしょう?」
「うん」
今まで表情に出さないようにしていたようだが、落ち込んでいるのは明白だった。だが、この問題はどう取り繕って言葉を重ねても何の慰めにもならない。せめて愚痴を聞いてガス抜きすることくらいしかできないことはカエデも理解していた。思い人がいなくなることの体験はないし、どう声を掛けていいか決めあぐねていると、サユリは静かに続けた。
「カエデが慰めようとしてくれるのはわかるし、ありがたいとは思うの。けれどこれは私の気持ちの問題だから……。いつかは折り合いをつけなくてはならないわ。けど、心の奥底では生きていて欲しい、叶うならこの世界のどこかにいて欲しい。そう願ってならないの」
手に持つ布をサユリは額に当てる。
「うん」
「だからね、カエデ。私みたいに後悔する前にきちんと気持ちを伝えてね」
「ふぁ⁉」
突然の攻撃に、カエデは素っ頓狂な声をあげた。
「なななな」
「ふふ。 ……ごめんなさい」
わずかに笑顔を見せるも、それが無理矢理作ったものだとカエデは感じた。
「もー、おりゃ!」
「きゃ!」
カエデは立ち上がるやサユリを引っ張って一緒にベッドへダイブした。
「ちょっと、どうしたの?」
困惑する彼女の言葉は無視して、サユリの頭を胸に抱いた。
「ねえ、サユリ。……今は私しかいないじゃん。親友じゃん。幼馴染じゃん。家族同然じゃん。だからさ、そんなに強がんないで、貯め込んだものわーって吐き出しちゃいなよ」
「……うぅ」
「よしよし。辛いよね。思い人を失う気持ちはさ、同情すること自体おこがましいからしないよ。だけどさ、私やマコト、そしてケントも親友を失ったのは同じなんだよ。あいつらも内心は沈んでるし、私もそう。だから、せめてその辛さは共有できると思うんだ」
「――――!」
嗚咽が続き、静かに涙が胸を濡らしていった。
「ごめん、なさい」
ぽつりと出た謝罪に、カエデは何も返さない。サユリの頭を優しく撫でる。
「わたしは……」
懺悔を繰り返すサユリが眠るまで、カエデはただただ彼女の頭を撫で続けたのだった。




