筋肉禁止令が出ました
王立図書館を追い出された五人は、王都の大通りを歩いていた。
「……追い出されたな」
「追い出されたな」
「俺たち、別に悪いことしてないのにな」
「本を探してただけだしな」
「けど最後はエリーがうるさかったからな」
「それは言わないで下さい」
エリーは少し不満そうに二人を見る。
「それより、北へ行くんですよね?」
「そうだな」
「北の町にある食材を探すんだろ?」
「はい。特殊な食材があるそうです」
「だったら、まず服を買いましょう」
「服?」
「北は寒いんです。今の格好では耐えられません」
二人は顔を見合わせた。
「確かに」
「そもそも服を着てませんよね」
◇◇◇
服屋に入ると、店員が厚手の上着を何着か並べた。
優太は一着を手に取る。
「……重いな」
勝平は別の上着を手に取った。
「こっちの方が軽い」
「動きやすそうだな」
「北は寒いんだから、暖かい方がいいんじゃない?」
エリーが二人を見る。
「何をするつもりなんですか?」
「魔物が出たら戦うだろ」
「それはそうですけど……」
「じゃあ、こっちにするか」
二人は試着する。
「どう?」
「普通ね」
「普通だな」
「ちゃんと服を着ると、二人とも普通の人に見えますね」
「それ、褒めてるのか?」
「褒めてますよ」
アリンは二人の格好を見て、穏やかに笑った。
「似合ってますよ」
「本当?」
「はい」
「じゃあ、これにするか」
「俺もこれでいい」
「何でアリンの反応で決めるんですか」
エリーは頬を膨らませた。
「エリーは細かいな」
会計を済ませ、二人は新しい上着を着たまま店を出た。
ところが――。
「……」
通りを歩いていた人たちが、二人を見る。
「……誰だ?」
「あの二人、どこかで見たことがあるような……」
「さあ?」
優太と勝平は顔を見合わせた。
「なんか、さっきから見られてないか?」
「俺も思った」
「服を着たからじゃない?」
「そういう事か」
優太が納得する。
「そうかもしれないけど、なんか違う!」
エリーが叫ぶ。
その声に、通りの人々も振り返った。
「あっ、エリー様だ!」
「本物の王女様だ!」
「じゃあ、あの二人が噂の勇者?」
「けど服着てるから違うか?」
優太が周囲を見る。
「服着てたら勇者に見えないみたいだぞ?」
「それは大事だ」
「それ関係あります?」
エリーが疲れた顔で答える。
「……」
二人は新しい服を見る。
そして、周囲を見る。
「じゃあ、脱いだ方がいい?」
「やめてください!」
エリーが即座に止めた。
「今度は別の意味で目立ちます!」
「難しいな」
「本当に難しいですね」
アリンが楽しそうに二人を見る。
「お二人は、服を着ても脱いでも目立つんですね」
「確かに」
「それ、褒められてるのかな?」
「たぶん違います」
ミッシェルが二人を見る。
「そろそろ脱ぐつもりでしょう?」
「分かる?」
「もう分かります」
「じゃあ、これ持ってて」
優太が上着を脱いで、ミッシェルへ渡した。
「はいはい」
ミッシェルは普通に受け取る。
勝平も上着を脱ぐ。
「俺のも頼む」
「分かりました」
エリーが目を丸くする。
「……ミッシー、二人の扱いに慣れましたね」
「ええ」
ミッシェルは二人の上着を腕に抱える。
「最初はかなり警戒していましたけど、もう気を遣う必要もないかなと」
「それはどういう意味ですか?」
「この二人にいちいち気を遣っていたら、こちらが疲れますから」
「確かに」
優太が納得する。
「ミッシェル、最初は怖かったもんな」
「そうだな」
「今は?」
「普通だな」
「よかった。ただし――」
ミッシェルが二人を見る。
「姫様を泣かせたりしたら斬ります」
「そこは変わらないんだな」
「当然!」
◆
その後、五人は北へ向かって歩き続けた。
しばらく進むと、街道沿いに小さな飲み物の店が見えてきた。
「ちょっと休みませんか?」
エリーが店を指差す。
「いいな」
優太も店を見る。
「飲み物あるぞ」
五人は店先の椅子に座り、それぞれ好きな飲み物を選んだ。
「これ、うまいな」
勝平が果物の飲み物を飲んで目を細める。
「それ、甘いですよね」
「エリー、こういうの詳しいな」
「王都でもよく飲みますから」
「さすが王女」
「王女だから詳しいわけじゃありませんよ」
「じゃあ、ただの食いしん坊?」
「違います!」
優太が別の飲み物を手に取った。
「エリー、これも好きそう」
「……なんで分かるんですか?」
「甘いもの好きそうだから」
「そんなことありません」
そう言いながら、エリーはその飲み物を手に取った。
一口飲む。
「……」
「好きじゃん」
「うるさいです!」
勝平が笑う。
「エリーって、意外と分かりやすいな」
「何がですか?」
「嫌なものは嫌って言うし、好きなものは好きって言う」
「普通でしょう?」
「俺たちには分かりやすくて助かる」
エリーは少し笑った。
そして、ふと思いついたように二人を見る。
「二人の好きなものも、私には分かりますよ」
「何?」
「二人とも、お肉でしょう?」
「正解」
「即答なんですね……」
「じゃあ、私の勝ちですね」
勝ち誇るエリーだが、二人は何のことか分かっていない。
「何の勝負?」
「今のは私が二人をいじったんです」
「そうなの?」
エリーの笑顔が止まった。
「はい」
「エリー、いじるの下手だな」
「なんでですか!」
ミッシェルが思わず笑う。
「ふふっ……」
「ミッシーまで!」
「申し訳ありません。ですが、姫様が二人をからかおうとしている姿が可愛らしくて」
「もういいです!」
「姫様、飲み物はこちらです」
「今はそれどころじゃありません!」
「では、私がいただきます」
「ミッシー!」
エリーが慌てて飲み物を取り返す。
その様子を見て、アリンまで楽しそうに笑った。
◇
店を出て、五人は再び北へ向かって歩き始めた。
しばらくすると、街道の先に荷馬車が止まっているのが見えた。
「どうしたんでしょう?」
エリーが足を止める。
荷馬車の車輪が、道の端の窪みにすっぽりとはまっていた。
「動かせないのか?」
優太が近づく。
「ええ。何人かで押してみたんですが、びくともしなくて……」
御者の男が困った顔で答える。
「じゃあ、俺たちの筋肉に任せろ」
「え?」
優太が荷馬車の後ろへ回る。
「勝平、そっち頼む」
「任せろ」
「ちょっと待ってください」
エリーが慌てて二人を見る。
「何をするつもりですか?」
「押す」
「見れば分かります!」
二人が荷馬車に手をつく。
「せーの!」
グッ!
荷馬車が動く。
「おお!」
御者が驚く。
しかし、車輪はまだ窪みから抜けない。
「もう一回筋肉に気合いをいれろ!」
「おう!」
二人が力を込める。
ズズズッ――。
今度は車輪が少し浮いた。
「いけるぞ!」
「もう一回筋肉だ!」
さらに力を込める。
ガタンッ!
荷馬車が窪みから抜けた。
「おおおっ!」
御者が声を上げる。
「助かった! 本当にありがとう!」
「どういたしまして」
優太が手を振る。
「これくらいなら――」
「筋肉があれば余裕だな」
勝平が言った。
エリーは額を押さえた。
「もう……」
「何だ?」
「いえ」
エリーは気を取り直して歩き出す。
ところが、その直後。
「お姉ちゃん!」
荷馬車に乗っていた小さな女の子が、エリーへ声をかけた。
「え?」
「お姉ちゃんたち、すごいね!」
「え?」
「男の人二人で荷馬車を動かしちゃった!」
エリーは少しだけ嬉しそうに笑った。
「そうでしょう?」
そして二人を見る。
「勇者ですからね」
「まあな」
「自慢の筋肉だ」
「……」
エリーの笑顔が止まる。
「俺たちならもっと重いのも――」
「それ以上は禁止です」
エリーが手を上げた。
「え?」
「今から、禁止します」
「何を?」
「筋肉です」
「筋肉?」
「はい」
エリーは二人を指差した。
「筋肉禁止令です」
「なんでだよ」
「何かあればすぐ筋肉筋肉うるさいからです」
「それは俺達に息をするなと言う事か」
「違います! とにかく筋肉の話しは禁止です」
指を立てて注意するエリー。
「青空が気持ち良いな、せっかくの筋肉日和なのに」
「言ったそばから! 現実逃避もしないで下さい」
「わかったよ、しばらく言わない事にするよ」
五人の前には、遠くまで続く街道と、青い空が広がっている。
◇
筋肉禁止令からしばらく。
エリーの心は、久しぶりの安息状態だった。
「……異世界に来たのに、案外魔物って出ないもんだな」
優太が前方を見ながら言った。
「そんなしょっちゅう出てきませんよ」
エリーが気分よくニコニコした笑顔で答える。
「そういうのをフラグって言うんだぞ」
勝平が言った。
「フラグ? なんですか、それ?」
「……」
「……」
直後。
森の中から、巨大な影が飛び出してきた。
「ブモォォォォッ!」
「……」
「……」
「やっぱりきたか、あれがフラグってやつだ」
「だからフラグってなんですか!」
「それよりあれは何て魔物だ?」
「あれは、ただのボアです」
「美味しいのか?」
「そこそこ美味しいですけど、食べる気ですか?」
「食べてみたいな。よし、俺が倒す」
優太がボアへ向かって走る。
「ちょっと、優太様!」
ボアが突進してくる。
優太は両手で角を掴んだ。
「うおおおおお!」
巨体が地面を削りながら迫ってくる。
「俺の筋肉、頑張れ!」
「優太様!」
エリーが叫ぶ。
「筋肉禁止です!」
「あっ、そうだった!」
優太の力が抜けた。
「え?」
次の瞬間。
ドンッ!
「うわぁぁぁぁ!」
優太の身体が宙を舞った。
「優太様、何やってるんですか!」
ミッシェルが呆れた顔をする。
「……優太は馬鹿なのか?」
「今のは忘れてくれ」
優太が地面から起き上がる。
「優太の仇は俺がとる」
「死んでませんよ!」
勝平がボアへ向かって走った。
「おらぁ!」
角を掴む。
「うおおおおお!」
そのままボアを投げ飛ばした。
ドサァッ!
「唸れ、俺の……身体!」
「それ筋肉の話ですよ!」
「危なかった」
勝平が真顔で口を閉じる。
アリンが感心したように二人を見る。
「お二人とも、本当に素晴らしい……身体ですね」
「アリンさんまで筋肉と言いかけましたね!」
「ごめんなさい」
アリンは少し首を傾げた。
「ちょっと試してみたかったんです」
「何をですか?」
「エリーさんが『筋肉』という言葉を聞いたとき、どんな反応をするのか」
「試さないでください!」
◇
「それにしても、結構でかいな」
優太が倒れたボアを見る。
「今は腹減ってないし、後で食べるか」
「そうだな」
アリンがボアの前へ歩いていく。
「では、解体しておきましょうか」
「できるの?」
「はい」
アリンが杖を向ける。
魔力がボアを包み込む。
次の瞬間。
肉。
骨。
内臓。
毛皮。
それぞれが綺麗に分けられ、地面へ並んだ。
「……」
優太が少し顔をしかめる。
「なんか思ったよりグロいな」
「綺麗に分けたつもりなんですが……」
アリンが少しだけ頬を膨らませる。
「いや、解体がすごいって意味だよ」
「そういうことでしたか」
アリンはすぐに笑顔へ戻った。
「では、収納しておきますね」
アリンが手をかざす。
ボアの肉や毛皮が光に包まれ、次々と消えていく。
「すげえ!」
優太が目を輝かせる。
「本物の魔法だ! すごい! 異世界っぽい!」
「魔法がですか?」
「いや、そうなんだけど!」
アリンは穏やかに笑う。
「簡単な収納魔法ですけどね」
「すげえな……」
優太は本気で感動している。
エリーが少しだけ不満そうな顔をした。
「私だって魔法使えるのに……」
「エリーも?」
「はい」
「すごいな」
「でしょう?」
エリーの顔が明るくなる。
「でもアリンの魔法、すげえな!」
「なんなんですか、この扱いの差は!」
ミッシェルが優太を見る。
「優太」
「ん?」
「姫様も褒めて差し上げてください」
「ちょっと、ミッシー! 何言ってるの!?」
「姫様が褒めてほしそうだったので」
「やめてください! 普通に恥ずかしいから!」
優太がエリーを見る。
「なんだ。エリーも褒めてほしかったのか」
「だからやめてぇぇぇ! 私が憐れになるから!」
勝平が吹き出す。
「笑わないでください!」
「いや、だって……」
「勝平まで!」
アリンはそんな三人を眺めながら、楽しそうに笑った。
「やっぱり皆さん、仲がいいですね」
「どこがですか!」
エリーの声が街道に響いた。
その手元には、アリンが収納したボアの肉がある。
特殊な食材を探す旅は、まだ始まったばかりだった。




