騎士ミッシェル
ミッシェルには、一つ気になることがあった。
部屋の中に漂う、妙な空気。
そして、正座している優太と勝平。
「……姫様」
「はい」
「先ほど、何か物騒な言葉が聞こえたような気がしたのですが」
「…………」
エリーが目を逸らす。
「……気のせいです」
「そうですか?」
「はい」
ミッシェルは納得しきれない様子だったが、それ以上は追及しなかった。
「では、私は姫様のお隣の部屋を取ってきます」
「え?」
エリーが驚く。
「この二人と同じ部屋に泊まるおつもりでしたか?」
「四人部屋しか空いていなかったので……」
「なりません」
「え?」
ミッシェルは即答した。
「姫様を、この二人と同じ部屋に泊めるわけにはいきません」
「でも、もう夜ですよ?」
「問題ありません」
ミッシェルはエリーの荷物を持った。
「行きましょう、姫様」
「え、ちょっと……」
エリーが引っ張られていく。
「ミッシェル?」
「姫様の安全が最優先です」
「でも……」
「大丈夫です」
ミッシェルは優しい笑顔を浮かべる。
「私が一緒にいれば安心です」
「……」
エリーは少しだけ嬉しそうな顔をした。
「じゃあ……お願いします」
「はい」
二人はそのまま部屋を出ていった。
「…………」
「…………」
残された優太と勝平。
二人は閉じた扉を見つめる。
「……行っちゃったな」
「行ったな」
「俺たち、そんなに信用ないのか?」
「ないんじゃないか?」
「お前はもう少し否定しろよ」
「何で?」
「……」
優太はため息をついた。
「寝るか」
「そうだな」
こうして二人は、妙に広くなった部屋で眠りについた。
◇
翌朝。
宿の庭。
朝日が昇る中、二人の男が木剣を振っていた。
「せいっ!」
ヒュン!
「せいっ!」
ヒュン!
優太と勝平が素振りをしている。
「やっぱり朝は運動だな」
「筋肉も目覚める」
「勇者らしくなってきたな」
「そうだな」
そこへ、エリーとミッシェルが庭へやってきた。
「おはようございます、優太さん、勝平さん」
「おはよう、エリー」
「おはよう」
二人がエリーに声をかける。
その気安いやり取りを見て、ミッシェルの眉がぴくりと動いた。
だが、今は何も言わない。
ミッシェルが二人に視線を向ける。
「……ほう」
二人の素振りを見て、少し感心したように頷いた。
「朝から素振りとは感心ですね」
「だろ?」
優太が嬉しそうに振り返る。
「勇者として鍛えてるんだ」
「素晴らしい心掛けです」
「ミッシェルも分かってくれるか!」
「ですが」
「ん?」
ミッシェルの表情が変わった。
「その型は何ですか?」
「え?」
「全くなっていません」
「……」
「踏み込みが浅い。腰が浮いている。腕だけで振っていますね」
優太と勝平が顔を見合わせる。
「……厳しくない?」
「俺もそう思う」
ミッシェルは二人の前に立った。
「剣を振るというのは、腕力だけで行うものではありません」
足を開く。
「こうです」
木剣を構える。
次の瞬間――。
ヒュッ!
空気が鳴った。
「……」
優太と勝平が目を丸くする。
「もう一度」
ヒュン!
今度はさらに速い。
「……すげえ」
優太が呟く。
「速いな」
勝平も素直に感心する。
「では、同じように」
二人も構える。
「せいっ!」
ヒュン!
「せいっ!」
ヒュン!
「違います」
「早っ!」
「まだ一回しか振ってないぞ!」
「その一回で分かります」
ミッシェルは容赦がない。
「足!」
「腰!」
「肩!」
「全部!」
「全部!?」
エリーはその光景を少し離れたところから見ていた。
「……ふふ」
「姫様?」
「いえ」
エリーは笑いを堪える。
「今まで二人には散々迷惑をかけられましたから」
ミッシェルを見る。
「もう少しやってもらってもいいと思います」
「姫様……」
ミッシェルの目が輝いた。
「お任せください」
「……?」
二人の顔が引きつった。
◇
「せいっ!」
「せいっ!」
「せいっ!」
「もっと腰を!」
「せいっ!」
「踏み込み!」
「せいっ!」
「遅い!」
「せいっ!」
「まだまだです!」
「……」
「……」
しばらくして。
優太の腕が震え始めた。
「……きつい」
勝平も肩で息をする。
「……俺も」
「まだ百回程度ですよ?」
「百回!?」
「この程度で疲れているようでは話になりません」
「……」
「……」
二人は歯を食いしばる。
「勇者なのに……」
「筋肉が……」
「ん?」
ミッシェルが振り返る。
「どうしました?」
「筋肉が足りない」
優太が呟いた。
「俺たちの筋肉が……」
勝平も拳を握る。
「この世界には……」
二人が同時に空を見上げる。
「タンパク質が足りない!」
「……」
エリーが固まった。
「そこですか?」
「重要だ」
「筋肉を作るには食事が必要だ」
「確かに……」
ミッシェルまで真剣な顔で頷く。
「……言われてみれば、勇者様方のような身体を維持するには相応の食事が必要でしょうね」
「だろ?」
「この世界には筋肉にいい食材はないのか?」
勝平が尋ねる。
「ミッシェル、知らない?」
「申し訳ありません。私は存じません」
「エリーは?」
「私も知りません」
「……」
三人が考え込む。
やがて、エリーが何かを思い出した。
「あ」
「何?」
「王都の王立図書館なら、世界中の食材や魔物、薬草について詳しく書かれた資料があるはずです」
「王立図書館?」
「はい」
「そこにいけば分かるのか?」
「ええ。知識に関しては、この国でも一番でしょう」
優太の目が輝いた。
「じゃあ、そこ行こう!」
「そうだな!」
「筋肉のためだ!」
エリーが呆れたように二人を見る。
「……勇者が王都へ戻る理由が、食材探しでいいんでしょうか」
「いいだろ」
「重要な問題だ」
「そうですか……」
エリーは小さく息を吐いた。
「では、王都へ戻りましょう」
「よし!」
「筋肉を救うぞ!」
「大げさです!」
◇
二日後。
四人は王都へ戻ってきた。
「……久しぶりです」
エリーが巨大な城壁を見上げる。
しかし、王都へ入った途端――。
「姫様が戻られたぞ」
「本当だ。あの二人が噂の勇者か?」
「上半身裸だ……」
町人たちの視線が、優太と勝平に集まる。
「俺たち、また見られてるな」
「有名人だからな」
「嬉しくないです……」
エリーが頭を抱える。
ミッシェルが二人を見る。
「……やはり、この二人を連れていることが問題なのでは?」
「ミッシェルまで!」
その騒ぎの中、一人の町人が王城へ向かって走っていった。
「王女様が戻られたことを、王様に知らせろ!」
◇
王立図書館。
四人は巨大な扉の前に立っていた。
「ここか……」
優太が見上げる。
「でかいな」
勝平も首を上げる。
建物そのものが、本の世界を閉じ込めたような巨大さだった。
「ここなら、筋肉に必要な食材が分かるかもしれないな」
「食材だけでなく、薬草や魔物についても調べられます」
エリーが説明する。
「なら、全部調べよう」
「そうだな」
「何を食べれば、もっと筋肉がつくのか知りたい」
「……」
エリーが二人を見る。
「本当に、それだけのために戻ってきたんですね」
「当たり前だ」
「筋肉は裏切らないからな」
「その言葉、誰から聞いたんですか?」
「俺たち」
「自分たちで言ってるだけじゃないですか!」
エリーが思わず突っ込む。
ミッシェルは小さく笑った。
「では、入りましょう」
ミッシェルが扉へ向かう。
「はい」
エリーも続く。
「よし!」
「筋肉の真実を探すぞ!」
「……本当に図書館の使い方として合っているんでしょうか」
エリーは苦笑しながら、三人とともに王立図書館の中へ入っていった。




