サキュバスの魅力がきかないようです
最初の町を出てから、しばらく。
三人は再び街道を歩いていた。
「そういえば、昨日の宿って結構よかったな」
勝平が言う。
「ベッドも柔らかかったしな」
優太も頷く。
「でもエリーは寝不足だったな」
「……」
エリーの眉がピクリと動く。
「その話は忘れてください」
「何で?」
「何でもです!」
「でも目の下のクマ、すごかったぞ」
「忘れてくださいと言っているでしょう!」
「まあ、今日はちゃんと寝ればいいだろ」
「今日は俺たちも早く寝よう」
「なんで私が寝不足になった原因について、二人が何も理解していないんでしょう」
「原因?」
「何かあったのか?」
「……もういいです」
エリーは呆れたように前を向いた。
そんな三人の頭上を――。
ふいに、大きな影が通り過ぎた。
「何か飛んでるぞ」
優太が空を見上げる。
「鳥……ではありませんね」
エリーも空を見上げた。
青空から、何かがゆっくりと降りてくる。
長い髪。
整った顔立ち。
背中には大きな翼。
そして、腰の後ろから伸びる長い尻尾。
妖艶な雰囲気をまとった美女だった。
女性は三人の前に降り立つと、周囲を見回した。
「へえ……」
三人を見回した。
「お姫さんが男二人を連れて旅してるって聞いたから、偵察に来てみれば……」
女性は優太と勝平を見る。
「なかなかいい男を連れてるじゃない」
女性は顔を手で隠す。
しかし、指の隙間から二人をしっかり見ていた。
「……?」
優太が首を傾げる。
「いや、そっちが見てたんだろ」
「そういう問題じゃないの!」
女性が慌てて翼を動かす。
エリーが一歩前へ出た。
「優太さん、勝平さん、気をつけてください」
「何?」
「あれは――」
エリーは杖を構えた。
「淫魔のサキュバスです」
「サキュバス?」
「男を魅了して、精力を奪う魔物です」
優太の目が輝いた。
「へえ……あれがサキュバスか」
優太はサキュバスをじっくり見る。
「な、何よ……」
「いや、初めて見たから」
「そんなにじっくり見ないでよ!」
「珍しいじゃん」
「だから恥ずかしいのよ!」
サキュバスは翼で身体を隠す。
優太はしばらくサキュバスを観察した。
「……なんか想像と違うな」
「え?」
「格好は痴女っぽいけど、あんまりエロくないな」
「……」
サキュバスが固まった。
「……今」
「うん」
「なんて言った?」
「あんまりエロくない」
「二回言わなくていいわよ!!」
サキュバスの顔が真っ赤になる。
「わ、私のエロさが分からないなんて……!」
尻尾がぶんぶん揺れる。
「お、お子ちゃまね!」
サキュバスはムキになって言った。
「いいわ。そんなお子ちゃまには、私の魅力を身体で分からせてあげる!」
「勇者に、そのようなことをさせるわけにはいきません!」
エリーが慌てて叫ぶ。
「勇者?」
サキュバスが振り返る。
「この二人が?」
「はい」
答えた瞬間、エリーの顔が引きつった。
「……あ」
しまった。
勇者だと教えてしまった。
サキュバスが二人を見る。
エリーは内心で焦った。
勇者だと知られたら、ますます狙われてしまいます。
「なるほど。勇者だったのね」
サキュバスが笑う。
「でも、勇者でも男なら敵じゃないわ」
翼を大きく広げる。
「私の魅了で虜にして――」
二人を指差す。
「私の下僕として使ってあげる!」
「やめなさい!」
エリーが叫ぶ。
しかし、サキュバスはすでに二人へ手をかざしていた。
「さあ――」
紫色の光が広がる。
「私の魅了を受けなさい!」
魔力が二人を包み込む。
「……!」
エリーの顔が青ざめる。
まずい。
魅了が――!
しかも二人は、その光をまともに受けている。
「優太さん! 勝平さん!」
エリーは思わず声を上げた。
優太が振り返る。
「何が?」
「魅了です!」
「魅了?」
勝平も首を傾げる。
「俺、何ともないぞ」
「俺も」
「……え?」
エリーは二人を見る。
本当に何ともなさそうだった。
「……どうして?」
その間にも、サキュバスは自信満々に笑っていた。
「もう遅いわ」
「二人は私の虜よ」
「さあ、おいで!」
しかし、二人は動かない。
「私の下僕達!」
それでも動かない。
「……おいで?」
サキュバスが首を傾げる。
二人は動かない。
「来なさい!」
動かない。
「来なさいって言ってるでしょう!!」
それでも二人は動かなかった。
「何?」
優太が不思議そうに聞く。
「何って……!」
サキュバスの顔が引きつる。
「どうして来ないのよ!」
優太は少し考える。
「俺はケモ耳かエルフが好きだからな」
「……」
「お姉さんには、あんまり魅力を感じないな」
サキュバスの笑顔が消えた。
勝平が続ける。
「俺は引き締まった筋肉の巨乳美人じゃないとな」
勝平はサキュバスを見る。
そしてエリーを見る。
もう一度サキュバスを見る。
「……」
ため息。
「何よ、そのため息!」
「いや……」
「なんでもない」
「絶対なんか言いたいでしょ!」
「言いなさいよ!私だって胸ならあるわよ」
勝平は黙ってサキュバスを見る。
「何よ!」
「いや」
「ほぼまな板じゃん」
「…………」
サキュバスの目に涙が浮かんだ。
「……覚えておきなさい」
「?」
「このことは……」
サキュバスは翼を広げる。
「絶対にお母様に報告するからぁぁぁ!!」
そのまま空へ飛び去っていった。
「……行っちゃったな」
「なんだったんだ?」
「さあ?」
二人は何事もなかったかのように話している。
その横で、エリーは自分の胸を見る。
「……」
そっと触れる。
「……だから私は襲われなかったのか」
「?」
「何でもありません」
エリーはもう一度、自分の胸を見る。
「私はまだ成長期……」
そっと触れる。
「まだ成長期なだけ……」
もう一度。
「まだ……成長期……」
「エリー?」
「はい?」
「何してるんだ?」
「何もしてません!」
エリーは慌てて手を離した。
顔が赤くなる。
「……私はまだ二十歳ですから」
「そうだな」
「成長期です」
「……絶対です」
「何の話?」
「何でもありません!!」
三人は再び街道を歩き始めた。
優太と勝平は不思議そうに顔を見合わせる。
その後ろでエリーは――。
「……まだ成長期、まだ成長期……」
小さく呟きながら歩いていった。




